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第82話 もしもし


 一緒に中華街を回ろうと、二班で合流した矢先にはぐれてしまった朝陽と冬華。

 暫く辺りを捜索してみたが、同じ学校の生徒は見かけるものの、目当ての友人を見つけることはできなかった。

 

「……電話、でませんね」

 

 耳から携帯を離した冬華が困り顔で呟く。

 連絡先は日菜美だったのだが、反応はなかったようだ。


 単に気付かなかっただけか、それとも充電が切れてしまったのか。何にせよ、団体行動中なので早く合流しなければならない。

 日菜美からの折り返しを待つ手もあるが、それだといつになるか見当がつかなかった。


「とりあえず千昭にかけてみるわ」

「お願いします」


 メッセージアプリから千昭のアカウントを探し、朝陽は電話のボタンを押す。すぐにコール音が鳴り始め、やがてガサガサとした雑音に切り替わった。


「繋がったっぽい」


 朝陽が小声で伝えると、冬華は同じく小声で「よかったです」と呟く。

 

「もしもし?」

「こちらの電話番号は現在使われておりません」

「……は?」


 抑揚のない男性の声が聞こえ、それっきりプツンと電話は途切れてしまう。

 朝陽が反応のない携帯を呆気に取られて見つめ、その様子を冬華は不思議そうに伺った。

 

「どうしました?」

「こちらの電話番号は現在使われておりませんって」

「それはタイミングが悪いですね……。吉川さん、いつの間に番号を変えたのでしょう」

「いや、あいつとは昨日電話したばっかだし、変えたなら俺らに教えるだろ」

「それなら何故……」

「さっきの声、完全に千昭だった」


 少しだけ声を変えていたが、実際に携帯から流れる機械音には程遠い。それに電話が切れる直前、特徴的な日菜美の笑い声が聞こえたので確信犯だろう。

 

 どうやらバカップルの悪戯心を刺激してしまったらしい、と朝陽はそっとため息をつく。それから冬華と相談し、他のメンバーに電話をかけようと話していると、タイミングを図らったように朝陽の携帯から着信音が鳴った。


「誰からですか?」

「宮本」

「むっ……」


 正直に答えると、冬華の目が細くなり、僅かながらに頬が膨らむ。

 何か言いたそうだったが、今置かれている状況を顧みたのか、冬華はコクリと一度頷くに止まった。それを電話を取れという促しと捉えた朝陽は、着信ボタンをスライドして「もしもし」と決まり文句を呟く。


「あっ、かがみん? 今どこいる?」

「千昭たちと合流した場所に戻って来た」

「おっけー、りょーかい!」


 向こうからかけてきたこともあり、明日香とは電話と話が通じるらしい。

 しかし、どう合流しようか相談しようとしたところで何やら風向きが怪しくなった。


「下手に動くとすれ違う可能性あるし、そっちは動かず待っててほしいんだけど……あれ、聞こえてるか?」

「……ん? あー、うん」


 曖昧な返事に、朝陽は嫌な予感がよぎる。


「お前らがいる場所を教えてくれ」

「……あれ、今喋った?」

「だから、お前らがいる場所を――」

「あっれー、おかしいなー? 電波が悪いのかなー、全然聞こえないやー」

 

 明らかな棒読みに、朝陽の顔に青筋が浮かび始める。


「お前の声ははっきり聞こえるんだが?」

「……はて?」


 わざとらしいとぼけ方に、朝陽は悪ふざけを誤魔化す日菜美と似たものを感じた。つまりは確信犯というわけだ。


「おい、宮も――」

「後でまた連絡するからそれまで二人で楽しんでって!」


 朝陽が問い詰める前に、電波が悪いとは思えないクリアな音声を通して明日香が早口でまくし立てる。次に朝陽が口を開こうとした時には既に電話は切れていて、代わりにまたしてもため息をつくことになった。

 電話が切れる間際、今度は龍馬の声が聞こえた気がしたが、内容までは把握できず。朝陽は何の収穫も得られなかった携帯電話を一旦ポケットに戻した。


「その様子ではダメだったみたいですね」

「後で連絡するから、それまで二人でだってさ」

「な、なるほど……」


 明日香の言葉を伝えると、冬華は何故か少し表情を明るくさせた。


「どうする?」

「どうするとは?」

「まだ他の奴に連絡するか、それとも二人で暫くぶらつくか」


 班行動中なので、複数班での行動は許されど、はぐれて少人数での行動となれば話は違う。先生に見つかれば面倒くさいことになるし、他の生徒に見つかればもっと面倒くさいことになるに決まっている。


 そういった場合を冬華も考慮しているのだろう。右手を顎に当てて、考える素振りを見せた冬華は、やがて晴れやかな顔で口を開いた。


「せっかくですし、どこかのお店に入りませんか?」


 その誘いは、朝陽にとって願ってもないものだった。

 店内なら先生の巡回もないだろうし、知り合いと出会う可能性も低くなる。

 

「いいね、俺もそう言おうと思ってた」


 偶然か必然か訪れたこの機会に、冬華ともう少し二人でいたいという思いは当然あった。

 朝陽が言葉を返すと、冬華は嬉しそうにやんわりと笑う。

 

 それから携帯で良さそうなお店を探した二人は、カランカランと音を立てて扉を開けた。その先に、見知った顔がずらりと並んでいるのを見て、一瞬その場の時が止まる。


「……ふふっ」


 最初に笑ったのは冬華だった。

 次に日菜美と明日香が、そして千昭が続く。

 朝陽も呆れたように笑みを浮かべ、龍馬はどこか安心したような表情を見せた。


「合流出来ましたね」

「そうだな」


 意図せず目的を達成して良かったはずが、朝陽はその偶然を少しだけ残念に思った。

 しかし、今日はもう十分すぎるほどに嬉しいことがあった。


「日菜美、千昭、宮本、お前ら後で携帯チェックな」

 

 普段通りに切り替えた朝陽の言葉に、指名された三人はブーブーと抵抗を見せる。

 いつの間にか、皆が笑顔を浮かべていた。


 そんな楽しい浮かれた雰囲気は、校外学習の終わりまでずっと続いた。




  

 



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― 新着の感想 ―
[良い点] はやく付き合ってほしいけど、付き合う前のこのもどかしい距離感も好き。 [一言] twitterで書影を見かけて面白そうだなと読み始めて気付いたら最新話まで読んでた。 最高。この調子でずっと…
[一言] 面白いです。 良い物語をありがとうございます。
[一言] 龍馬君は冬華がすぐ戻ってきてくれて安心したことでしょう 正直2章入ってから 自分から何もしようともしてない朝陽より 積極的に行動して努力してる龍馬君の方に報われて欲しいと思っている
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