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第65話 ホワイトデー


 期末テストが終わり、終業式を待つ間。

 この期間は学校全体の雰囲気が弛緩する。


 そもそも授業がないし、あるのは卒業式の準備だけ。

 登校したとしても、友達と仲良く会話して帰るのみだ。


 そういうわけで、この時期は必然的に冬華と接する機会が減る。


 朝陽はベッドに仰向けになり、一人物思いに耽っていた。 

 お隣とはいえ、理由がなければ会う事も話す事もない。

 学校はほぼ春休み状態で、ひたすら冬華が家に来る週末を待つだけだった。


 そんな状況を朝陽は冷静に受け止める。


 そして、


 ――もたもたしてると、ライバルが追ってくるから頑張れよ。


 千昭の言葉が脳裏に過った。


「……そんなことは俺だってわかってるよ」


 片や元"氷の令嬢"で、片やサッカー部のイケメンエースだ。

 二人が()()()話していれば、それだけで噂が立つ。


 積極的に話し掛け、関わりを持ち、時には冬華の好きな恋愛小説に触れたり。

 朝陽が踏み出せないアピールを龍馬は行っていた。 


 一方で、朝陽はゆっくりと距離を詰めていく。


 もちろん、焦る気持ちはある。

 それでもなお、自分のペースで歩み続ける。

 慎重過ぎることも自覚している。

 それ以上に、今の距離感を大事にしたかった。


「けど、背中を押された以上は動かなきゃな」


 朝陽はゆっくりと立ち上がり、キッチンへと向かう。

 元より、今日は勇気を出して少しだけ前に進むと決めていた。


 既に、布石となるメッセージを送っている。


『三月十四日、家に来てほしい』


 その返事は、即既読に即答だった。


「……これ、全部朝陽くんが一人で?」

「ああ、そうだ」


 夕方を少し過ぎた頃。朝陽宅の食卓を見て、目を輝かせる少女が一人。

 その美しいカラメル色の瞳に映るのは、豪華絢爛、酒池肉林――とは言っても酒の代わりにお茶だが――といった感じの料理の数々だ。


「本当に頂いてもいいのですか?」

「メッセージで言ったろ。今日はバレンタインデーのお返しに夜飯を御馳走するって」

「でも、こんなに豪華な料理、私のと釣り合っていない気が……」

「いいんだよ。ホワイトデーは十倍返しって言うだろ」

「聞いたことありませんけど」

「母さんに言われた」

「なるほど」


 妙な納得が得られたのは、それだけ冬華が透子という人間を理解している証明だろうか。

 二人がどれほど連絡を取り合っているのか気になるが、その興味は今は心の隅に置いておく。


「それに、釣り合わないなんてことはない。冬華が作ってくれたチョコ、本当に美味しかった。だから、文字通りお返しにと思って作ったらこうなったんだ」

「……そう言ってもらえると嬉しいです」


 朝陽の本心からの言葉が伝わったのか、冬華は少し俯いて控えめに頷く。

 長い髪から覗く小さな耳が、若干赤くなっているような。


 確かに、チョコレート数個とテーブルいっぱいの料理では物量的に釣り合ってはいない。

 もちろん、味を基準にしても朝陽と冬華ではどうしても差があるだろう。

 当然のことながら、かかっている金額も両者には開きがある。


 しかし、こういうので一番大切なのは気持ちだと朝陽は知っている。

 それを知っている上で、朝陽の口から少しだけ本音が漏れた。


「むしろ俺の方こそ、これでいいのかって感じだけどな。ホワイトデーって言ったら、何か気の利いたプレゼントをするべきなんだろうけど……」

「そ、そんなことはないです!」


 久々に聞く、冬華の大きな声。


 急で珍しいその声に思わず振り向くと、ぴったり冬華と目が合った。

 その表情は少し寂し気というか、困り顔というか。

 朝陽の言葉を否定して、伝えたいことがある。そんな強い意志を感じた。


「朝陽くんの料理、大好きですから。お返し、とても嬉しいですよ?」

「……ならよかった」


 大好き、という言葉にそこはかとない恥ずかしさを感じて、言った方も言われた方も若干頬を染めて目を逸らす。


 もちろん料理に対する好意なのだが、どうしても意識してしまうのが恋という厄介な感情だ。

 気持ちが大事と理解しつつも、ネガティブな考えをしてしまったのも恐らく相手が冬華だから。


 それでも、その冬華本人が肯定してくれるのなら。

 朝陽の中で、怖い物は何一つない。


「「いただきます」」


 三学期は二人だけの時間が少なくなったために、積もる話が沢山あった。


 朝陽は千昭と日菜美の馬鹿でラブな行動をネタにしたり。

 冬華は一変した学校生活のことや、透子の話も口にした。


 そうした和気あいあいとした会話の中で、「おいしい」という言葉が何度も紡がれた。


 その度に、朝陽の心にじんわりと温かい熱が流れ込む。


 気の利いたプレゼントは自分にはできない。

 あれだけ一緒にいたのに、冬華の趣味嗜好をほんの少ししか知らないのだ。

 そんな自分の不甲斐なさを恥じつつ、冬華の好きな食べ物なら誰よりも知っている自信があった。


 だから、バレンタインデーのお返しとして卵料理を中心としたご馳走を作ると意気込んだ。


「この卵スープ、やっぱり凄くおいしいですね」


 冬華が魔法の言葉と共にやんわりと笑う。

 その笑顔は朝陽にとって、最高のプレゼントだった。


(何かまた、お返ししなきゃな……)


 そんな馬鹿らしい考えを真面目にしているうちに、食事は終わりに近づいていた。

 切り出すなら今、朝陽はそう覚悟を決めてポケットに手を突っ込む。


「……実は夕飯の他に、渡したいものがあるんだ」

「えっ……?」


 朝陽の顔は少し強張り、明らかに緊張が見られた。

 その様子を冬華は驚きの表情で見つめる。


「これを私に?」


 朝陽から差し出された二枚組のチケットを、冬華は丁重に受け取った。


「春休み、時間あればどうかなと思って」


 言いながら、朝陽は伝えるべき言葉を思い出す。


 俺と一緒に、そう誘うべきなのに。

 いざ言葉にするとなると、中々言い出せない。


 それでも背中を押されたからには足踏みしていられない。


「よかったら――」

「じゃあ、朝陽くんと行きたいです」

「俺と……えっ?」


 確かに今、自分の名前が聞こえた。

 その声の主を見れば、穏やかな笑みが浮かんでいる。


「日菜美とか、他の友達じゃなくていいのか?」


 自分で誘おうとして、冬華に誘われた。

 その事実に驚きを隠せず、朝陽は戸惑いながら確認をする。


「はい。朝陽くんがいいんです」


 即答だった。

 何の迷いのない即答。


 そして、「どうして」と聞く前に答えが提示された。


「朝陽くんとなら、絶対に楽しいです」


 それはきっと、冬華の本心なのだろう。

 意中の相手からのお誘いを、朝陽は疑いようもなく、また、断りようもなかった。


「……予定、後で合わせよう」

「そうですね。楽しみにしています」


 天使の様な純粋な笑みが、朝陽の胸を高鳴らせる。

 その裏に潜む特別な感情に、朝陽はまだ気付かない。


 今はただ、小さな小さな幸せを二人で噛み締めていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 山田がんばれー!
[一言] 気が付いたら目の前に白いアレが... えっ?別に液体じゃないよ?サラサラしてる粉だよ? 舐めてみたら甘いから砂糖だと思うけど。 ナニと勘違いしたの?ん?
[良い点] 「朝陽くんとなら、絶対に楽しいです」 この言葉の破壊力よ。 積み重なった信頼の大きさをうかがわせますね。 どこに行こうと、何をしようと、二人ならより楽しい。 デート回が待ち遠しいですね…
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