第13話 雨のち氷
一人暮らしをしているといえど、朝陽は親に養ってもらっている。
学費や生活費に月一の仕送りと、何一つ不自由が無い快適な生活を送れているのは当たり前のことではない。
その自覚と親への感謝があるからこそ、朝陽はなるべく無駄遣いを避けて生活していた。
千昭のご所望通りビーフシチューを振る舞った翌日、生憎のにわか雨の中、肉も野菜も尽きた冷蔵庫の中身を潤そうと近所のスーパーへ向かったのも意識的な節約の一環だった。
視界が悪くなるほどの土砂降りで外出は躊躇われたが、特売とタイムセールがある以上背に腹は変えられない。
少しお高めの大きな傘で上半身は完全に守りつつ、地面から跳ね上がる水で下半身はびしょ濡れになりながらようやく目的地に着く。
そこに、グレージュの髪を雨風に靡かる少女の姿があった。
「……何してるんだ」
「見れば分かるでしょう。雨宿りです」
目が合ってしまったので一先ず声を掛けると、相変わらず素っ気ない言葉が返ってくる。
無視をされないだけマシだが、同時に気を許されている訳ではないと明確に感じることができる声音だ。
恐らく、買い物中に雨が降り出したのだろう。
ビニール袋片手に雨を眺めて佇んでいる冬華は傘を持っていない。
そして、仮に傘を持っていたとしても似たような状況になることが予想できた。
「怪我、間に合いそうなのか」
「……間に合う、と思います」
保健室で会った時は大丈夫とはっきり言っていたが、やはり利き手を全く使わず安静にというわけにはいかないのだろう。
朝陽の問いかけに対する若干の間と不透明な答えから冬華の怪我の度合いが伺える。
包帯とテーピングで固定された右手は可動域が狭いながらも動かせるようで、その微妙に可能な動作が却って怪我の回復を遅らせているようにも見えた。
「一応聞いておくけど、傘入ってくか? 暫く待てば止むだろうけど、その間に冷えてまた風邪を引いたら最悪だろ」
例によって、朝陽はお節介を焼いた。
ただ、今回は遠慮しますと断られたらそれっきりにしようと考えていた。
前回は自分でも理由が分からず、無理やり強引に手を伸ばしたが、本来は決して好まれたものじゃない。
善意を押し付けるという行為は相手からすれば悪意に近い。
その反省もあって、今回朝陽は大人しく引き下がるつもりだった。
土砂降りが続くとなると話がまた違ったかもしれないが、にわか雨なら待てば何とかなる。
もちろん身体が冷える心配は消えないが、その場合は店内に入るよう一言促せばいい。
そうして、ほとんど断られる前提で朝陽は手を差し伸べた。
まさか、その手が握り返されるなどとは微塵も思ってもいなかった。
「……では、お言葉に甘えさせていただきます」
「驚いた、やけに素直なんだな」
「ここで断ると、勝手にタクシーを呼ばれそうですから」
「俺に対するお前のイメージはどうなってるんだ」
「……お節介が過ぎる隣人、ですかね」
口元に包帯を巻いた手を当てて、少し考える素振りを見せた冬華から告げられた言葉は的確に朝陽の立ち位置を表していた。
お節介が過ぎるというのはこれまでの行動から否定のしようがないし、隣人はただの事実でしかない。
前者はどちらかというとマイナスなイメージが付きまとうものだが、冬華の言葉からは迷惑というニュアンスは感じなかった。
「まあ、褒められていないのは確かだな」
「褒めてませんから当然です」
珍しく素直に善意を受け取られたといっても、相変わらず言葉の切れ味は抜群だった。
「どうして褒められると思ったのですか」と続けてばっさりと斬られてしまえば苦笑いを浮かべるしかない。
「じゃあ、俺はさっさと買い物を済ませてくるわ」
「わかりました。私はここで待っていますね」
「どうせなら中入ればいいのに。外より大分暖かいぞ?」
「……いいんです。雨を見るのは好きですから」
「ふーん。別にいいけど、なるべく身体冷やすなよ」
善処します、と短い返事を聞いてから朝陽はスーパーの中へと進んだ。
冬華と話していたために数分ロスしたが、時間に余裕を持って家を出たお陰で店内は丁度タイムセールが始まったところだった。
事前に用意していたメモを眺めながら、次々とかごに食材を入れていく。
スーパーの配置を完全に記憶している事に加え、夜ご飯のメニューが決まっているために必要な物は直ぐに揃った。
「次の方ー」
レジ係に買い物かごを渡しながら、朝陽は奇妙な縁があるものだなと冬華の姿を思い浮かべて少し笑った。




