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04 獅子




 『イヴァンと獅子』は最も貴族街に近く赤と金色の装飾を施した店である。

 二人は目当ての賭博場へ着いた。


「支配人はどこにいる」


 受付に支配人の居場所を強引に聞き出すミラ。

 あちらですと言われた先、“スタッフオンリー”と書かれた扉を開け、廊下を進む。

 通る度にチェダーチーズの匂いが彼方此方で充満しており、ミラの苛立ちは益々高まっていく。


「おいおいおい、勝手に入って良いのか」


 グレアスの注意も無視して階段を上がる。

 その先、一番奥の部屋の赤い札のついた扉を、ミラは蹴り上げて部屋の中に強行していった。

 中にいた男は驚く事なく、椅子から立ち上がり、軽く会釈を此方にしてきた。


「これはこれはロドラーク嬢。いらっしゃいませ」

「あら私の事を知っているのね」


 堂々と入ってきても、余裕の笑みを浮かべるこの男が、この店の支配人アベレ・ポラロールである。

 ミラは一方的に知っていたつもりだが、どうやら向こう側もミラの事を知っていた。

 支配人の部屋はとても輝かしい。さぞお金を持っているそうだが、飾っている祭壇は国教のものではない。

 彼は異教徒なのだろうとミラは考えた。


「会員様のご親族は徹底してお調べしております。しかし、いくら貴女様でも、扉を壊すのは───」

「支配人」


 話の主導権は私にあると言わんばかりに一歩だけ前に詰めた。


「今日は話に来たの」

「と言いますと」

「彼、雇ったよね」


 ミラは背後にいる一人の男を指さす。それはミラの同伴者、グレアス・ヴァレンタインである。


「ホッホホ、仰る事がよくわかりませんなあ───その方を私は初めて見ますよ」


 顔色を変えず、まるでミラの言っている事を虚構だと遠回しに言う支配人。


「雇う事を責めてはいないわ。でも蜥蜴の尻尾切りじゃない?」


 ミラの目は大きく見開き、口元は笑ってなどいない。まるで家族を殺されたかのように強く睨まれていると支配人は思った。


「……尻尾ですか」


 支配人の右手がテーブルの上でゆっくりと動く。

ミラはその様子をしっかり捉えていた。一枚の緑の布切れの上に乗ったのを確認したのである。


 ミラにはその布切れが見覚えがあった。初日に泊まった宿屋の一階、酒場『ロクスレイのロビン』のバンダナだ。チケットに代わりに使われるもので、独特な色合いの深緑に弓矢のロゴマークが目印となっている。

 それがないと店には入れない、謂わば会員制の酒場である。


 ミラはこれを今日、何処かで見ている。それはグレアスと喫茶店で出会った時、彼の右手に巻かれていたのと同じものだ。

 今も彼の右腕に巻かれているバンダナは、弓矢のロゴマークが付いテイル。


「支配人、あなたの両手の甲をしっかり見せてください」


 ミラがにっこり笑い、徐に手の甲を支配人に見せて話す。先程までの帯びた足しい殺気を抑えているミラに、グレアスも支配人も同様を隠せなかった。グレアスは唾を飲み、支配人は声を出す。


「……て、手の甲ですか?」


 支配人は両手を少し上げて、ミラに手の甲を見せようとする。

 その隙にミラは、右手の人差し指を動かして、緑の布切れを宙に浮かせて引き寄せる。

 しっかりと布切れを捕まえ、大きく広げる。


「ああ、それはっ!」

「黙って。あとで返すから」


 ミ手に取ったバンダナの模様をしっかり見て酒場のものだとミラは確信する。

 支配人の前で魔術を使ってしまったが、異教徒ならバレても問題ない。


「やっぱりね」


 ミラはゆっくり息を吸い、支配人の顔をまじまじと見つめる。

 怒りは多少治ってきたがそれでも彼の犯罪行為は許されたものじゃない。


「な、何か……」

「どうしたミラ」


 ミラは再度、深呼吸を整えてから、真っ直ぐに言い切る。


「今回の事件、全部貴方が仕組んだことですね。賭博場カジノ支配人アベレ・ポラロール」


 ミラは右手で支配人を指し、堂々と事件の全容を語り出した。


 ───まず、始まりは一昨日の夜、グレアスは酒場『ロクスレイのロビン』で呑んでました。私がいないのを見計らい、ガバガバとガバガバと呑んでいたのでしょう。そこで支配人、貴方と出合った。

 支配人も相当、好きそうですよね。今もお酒の匂いがほんのり漂ってきますよ。

 なぜ仲良く慣れたのかわからないですが、貴方とグレアスは親睦を深めていく内に貴方は知ったのです。

 グレアスという男は見た目の割に、腕はとても器用で細かい動作に慣れていることを。翌日にはギルドを通してグレアスに依頼を出したのです。


 グレアスにはあらかじめ麻薬入りの飲み物を渡しておいたのでしょう。

 この街で流行っているミルク好きになる麻薬です。ご存知ですよね。

 麻薬の効能は時間の感覚を阻害すると言うもので、使用から数時間は曖昧な物にするんです。

 本人にその自覚は無いもはないなく。効果が切れる無性に乳製品を取りたくなる。


 グレアスは今日もチーズを食べていましたわね。

 ここの店にもあるでしょチーズ。恐らく無意識だったのでしょう。何せ彼は元々チーズが嫌いでしたから。


 グレアスはディーラーとしてルーレットを回していたのでしょう。

 そこで当然のようにイカサマをしていたのでしょう、恐らく店単位で。

 問題はそれが露天したことです。義眼の女性、私の伯母であるエミリー・ロドラークに。


 正義感が強く不正は絶対に許さない頑固なお人です。

 不正を見つけた伯母は直ぐに貴方に報告したのでしょう。

 だから貴方はやすやすとグレアスを解雇した。

 解雇を告げる前に彼に麻薬を大量に使って眠らせ、時間感覚を鈍らせたのでしょう。


「これが全てよ」

「……しょ、証拠はあるのか!」

「今は有りません。でも無実であるなら、その机の書類を筆跡鑑定に回してもよろしいですか?」

「な、なんで」

「ギルドには貴方が偽名で依頼した書類が残っています。無実なら筆跡は合わないですよね」

「……くそ」


 支配人は堪忍して地面に伏せて、肩が震わしている。

 ミラは戦闘になるかもしれないと、たかを括っていたが杞憂だったようだ。


「なるほどな、全くひどいもんだぜ」

「……グレアス?」


 口の中のチーズを飲み込んだグレアスは立ち上がった。


「俺は為体ていたらくで堕落した人間でな、行儀が悪いんだ」

「───ぐはッ!」


 グレアスは支配人に向けて一発、顔を蹴り上げた。

 支配人は吹き飛び机を壊し、頭から血を流して気絶した。


「ねえ、グレアス」

「……あー、スッとしたぜ」


 グレアスは支配人を蹴り飛ばしたことで、実に調子が良いようだった。


「衛兵が来ても私は知らないわよ」

「……あ」


 ミラはグレアスが勝手にやったことに対して一切責任をとらないと心に決め、賭博場を後にした。

 グレアスは部屋で少し立ち止まってあたふたし、逃げようとした矢先、受付の女性と遭遇した。


 女性の悲鳴、軍服を着た兵士。グレアスは額に汗をかいている。






 翌日。

 ミラは新聞を見ながら溜息を付いた。

 新聞にはこう書かれていた。───賭博場カジノ『イヴァンと獅子』支配人暴行傷害事件、冒険者グレアス・ヴァレンタイン容疑者(17)を暴行傷害罪の疑いで現行犯逮捕。グレアス容疑者は「ムカついたから蹴った」と容疑を認めているそうだ。


「休日が長引くわね……」


 ミラ・ロドラークはチーズ入りサンドイッチを頬張った。

 いつ食べてもこの臭いには慣れないとミラは考えながら。






ご愛読ありがとうございました。


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