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03 ギルドと屋敷




 着いたのは冒険者ギルドだった。

 冒険者と言っているが、今ではその活動は多岐に渡る。

 元は旅する者達への仕事斡旋所であり、情報交換の場でもある。

 今代におけるギルドでは魔物専門狩人や地域調査員達が多数在籍しており、対魔物戦闘の要となっている。

 ゆえに今日も飲んだくれ共の怒号が鳴り響いている。

 ミラは門を潜ると、掲示板には向かわずに受付所まで足を運んだ。

 受付カウンターのついに金髪で丸眼鏡をかけた少女がいる。


「どうもミラ様、グレアス様、本日はどのようなご用件で?」

「アリシア、彼が受けた依頼を見せて」

「え、俺?」


 受付嬢アリシアは裏の戸棚から帳簿の束を取り出し、中からを一枚一枚めくっていく。

 目当ての物を見つけると、ミラに帳簿ごとを見せる。


「なんだ、これ」

「受けたでしょ?」


 その項にはグレアス・ヴァレンタインと正式な署名がされた依頼書がある。

 日付は昨日の朝で、依頼主はジェームズ・スミス。内容は店の掃除だ。


「……ああ、酒に酔って記憶にねえな」


 まあグレアスが覚えているかいないかよりも、ミラは依頼主の筆跡が気になった。

 変に癖を潰しており、明らかな偽名である。そしてこの依頼には大きく罰印が書かれている。


「失敗扱いなのね。酔いすぎたんじゃない?」

「面目ねえ……」

「アリシア、この依頼主、他の依頼を出していないかしら」

「えっと……しばしお待ちください」


 アリシアは別のギルドの子に声をかけた。その子が戸棚を指して何か小言で会話していた。

 アリシアは帳簿をもう2冊取り出し、パラパラ捲る。


「この三週間、スミスさんからの依頼はたくさん来ていますね」


 アリシアが見せる頁にはグレアスが受けた依頼と同じ内容の依頼があった。

 筆跡はかなり癖があるが、同一人物だろう。

 それも二、三日に一度のペースで新しいのが出されており、定員数はまちまちだ。

 報酬金も人数によって倍率が変わっている。

 何枚も見ていくミラには依頼の達成率は低いよう感じた。


「不思議なんですよね」


 アリシアは腕を組みながら呟いた。


「何回か掲示板に貼った事はるんですけど、この人の依頼は張り出した途端に定員が決まるんですよ」

「受注者に共通点はある?」

「んー……剣士の方が多いですかね。それも細い短剣を使う器用な人達ばかりだと思います」


 そう言えばグレアスも手先は器用だったとミラは思い出した。


「助かったわ、ありがと」


 ミラは紙をアリシアに返してギルドの出口へ足を運んだ。ここで集める情報はないと判断したのである。


「あ、ミラ様!」


 咄嗟にアリシアに名前を呼ばれ、ミラはその足をとめた。


「……?」


 ミラが首を少し傾げる。

 今のアレシアの大声で、辺りは一瞬にして凍ってしまった。

 誰かのコソコソとした噂話だけが浮き彫りになる。

 ”何、あのドレスコードの女の子”と言う声、

 ”ミラって、ミラ・ロドラークか?”と言う声、

 ”ロドラークは男だろ、聞き間違えだ”と言う声。

 もっともグレアスもミラも噂の内容までは聞き取れない。

 ミラはたわいのない噂話の事より、アリシアに声を掛ける。


「何かよう?」

「実は仕事の依頼がありまして……」


 アリシアの言う依頼とはミラにしか出来ないような依頼の事を言うのだろう。

 このギルドでミラを魔術師と知るのはアリシアを含めた数名のギルド職員とグレアスだけである。


「あら、ごめんなさいアリシア。私、今日は休みなの。日を改めて伺うわ」

「……っ! ありがとうございます」


 丁寧な断りを入れ、ミラは歩みを再開する。

 静まり返ったギルドの中は、二人が去ってしばらくするまで騒ぎ始めなかった。


 ミラは次の目的地を言わずに歩みを進める。グレアスは目的地より、依頼に付いて気がかりになっていた。


「賭博場と何か関連しているのか」

「確証は無いわ。けれど貴方が隠し事をしていない事がわかったわ」

 

 坂道の先にあった門を潜ると人気が少ない。ここは貴族街と呼ばれる場所だ。

 高級感ある黒い毛皮を身に纏っている人とすれ違い、グレアスはここが別世界ではないかと思い始める。

 先程までの区域がとても密集しているのに対して、ここの住宅はゆとりある空間に建っていることが伺える。

 広大な庭を持ち、高さは二階建てが多い印象を受ける。領主の建物もこの街にあるらしい。


「着いたわ」


 そう言ったミラの顔は一つの建物を門前から眺めていた。グレアスも続いてその建物を見上げる。


「ここは?」

「私の家よ」


 ミラの家と言っても、恐らくは実家のことだろう。

 丸い低木や均等な芝生は誰が観ても正確に整えられており、三階建ての豪邸の壁面は、一つの汚れもなく磨かれ輝いているようだった。

 どこぞの石煉瓦だけで作られた安宿とは比べ物にならず、赤や白に染まった内装を見ただけで、グレアスは魅惑の世界に引き釣られる。

 言葉にならない魅力がそこにはある。


「お帰りなさいませ。ミラ様」

「コレット、サミュエルをここに呼んできて」

「かしこまりました」


 女中メイドはすぐに奥へ向かった。グレアスとミラは応接間に来ている。

 応接間はロングソファが対面しており、間にロングテーブルが置かれている。

 壁には2つの顔の彫刻が置かれ、窓の外からはこの家の園庭が見える。グレアスは内装に圧倒され、彫刻をじっと眺める。


「すごい部屋だな」


 グレアスはふと呟いた。それに対してミラは何も答えなかった。

 ほんの二分もしない内に、執事サミュエルが姿を見せる。


「これはこれは───お帰りなさいませ。ミラお嬢様」

「サミュエル、貴方は伯母様の外出した際は同伴しているわよね」

「はい勿論でございます」


 サミュエルはエミリー・ロドラークの専属秘書である。オールバックの白髪に眼鏡をかけた初老の爺さんである。


賭博場カジノに行ったのはいつ?」

「入店は午前十一時十五分、退店は午後一時三〇分と記憶しております」

「なぜ伯母樣は賭博場に行ったのかしら」


 正義の塊と言える伯母は賭場に行くはずがないという先入観をミラは持っていた。


「ロレンツ様の到着が遅れるとの事で、余暇を楽しんでおりました」

「へえー。義伯父様、帰ってきたのね」


 伯母は予定通り動いていたらしい。

 暇を持て余し、賭博場へ出向いたということか。

 義伯父様が帰ってきたという事はまたこの街で大きな商談があるということかも知れない。


「最近出回っている麻薬に付いて何か情報はあるかしら」


 ミラは続けて質問をした。麻薬に関してロドラーク家は何を知っているのだろうかと思ったのである。

 ロドラーク家は色々と詳細に知っていた。

 流行している麻薬は使用すると時間の感覚が鈍るというもので、一週間前の昼食を昨日の事のように思ったりするものだという。

 そしてその麻薬は、子供に対してはその作用が効かないという。代りにミルクをよく飲むようになるという。


「ありがと。じゃあ出かけるわ」


 そう言って部屋を後にしようとするミラ。しかしグレアスはというと彫刻に夢中になっている。


「……グレアス、行くわよ」

 

 ミラは指を鳴らすと、グレアスはミラの方を見た。

 グレアスは自分が何故この部屋にいるのかがわからなくなった。

 しかし、きっとどうでもよい事だろうと、ミラに続いてやしきを後にした。

 サミュエル達は二人が見えなくなるまで礼をし、仕事へと戻っていく。


「貴方が言った賭博場カジノはどこにあるの?」


 貴族街を抜け、ミラはグレアスに質問をした。

 そのイントレーションはどこか不自然さをグレアスは感じ取った。


「娯楽街にある『イヴァンと獅子』って店だ」

「そう」


 ミラはそれだけ言うと、さっさと道を歩いて行った。

 おかしいとグレアスは思う。

 家を出てからだ。ミラは何か思い当たったかのように、握りこぶしを作って坂道を下っていた。

 実際にミラは少し苛立っている。もしこの仮説が正しければと思えば思うほどに、歩みは加速する。

 空はまだ曇ったままだ。




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