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02 不正行為




 街で大衆向けの娯楽といえば、歌劇や競馬、闘技大会もあるがやっぱり賭博が一番人気だと思うんだ。

 他と違って自分も積極的に参加できることが売りで、俺ものめり込んだわけよ。


「そこでお金を擦ったということね」


 ミラは遮って呟いた。聞いておきながら新聞を広げたまま、けれど話はしっかり聞くのがミラ・ロドラークという女であり、魔性の女だ。図図しい態度が気にくわないと、遮られたグレアスは少し苛立つ。


「まだ話の途中なんだが」

「でも当たっているでしょ?」


 ミラが紅茶に口を付けて飲み干し、断言する。少しずつ飲んでい多はずのカップの中身は空になっている。



「……ああ」


 その通りだと認めたグレアスに対し、ミラの顔は嘲笑っていた。

 ミラはカップを小皿に置き、金色のティースプーンを裏表ひっくり返す。

 すると、側にあったティーポットがゆっくりち宙に浮かび上がった。通常では考えられないその挙動も、グレアスにとっては今や日常的にも感じる。

 幸いにもこの店には他に客は三名しかおらず、その誰もが此方を見ていない。いや二人の存在を認識すらしていない。

 ポットから紅茶がカップに注ぎ込まれると、またゆっくりとテーブルの上に乗っかる。

 その様子を見てか、店主はそのポットと入れ替えるように新しいティーポットを持ってきた。


「ありがと」


 ミラが見せる微笑み、それはグレアスにはあまり見せないであろう優しい微笑みで、店主はご機嫌に微笑み返してくれる。

 それら一連の行為を側から見るグレアスは、肘をついては手に顔を乗せている。目は若干、薄めてミラを見ている。


「続けていいか?」

「どうぞ」


 グレアスは語る。

 俺は今朝、賭博場カジノへ足を運んだ。名前は『イヴァンと獅子』って所だ。

 内装は派手で今時って感じの場所さ。ポーカーにブラックジャック、チェック・ア・ラック、キノ───色々あってどれもお触り程度にやってみたが面白かった。

 特にポーカーってのは俺には向かないと思う。だって人の心を読むなんて芸当が俺にできるわけない。


「そうね、脳筋だもんね」

「うっさい」


 まあ、そんな俺が一番、楽しく遊んだのがルーレットだ。

 ルーレットは回転する円盤に球の入るポケットがあって、そのポケットの番号を当てるっていうシンプルかつ配当の上手いゲームだ。当選時の配当は最高が36倍、最低でも2倍、勿論外せば0倍だ。だから何枚かを分けてリスクを分担させながら賭けていくのが大事なのさ。

 初めは何回か様子を見ながらやっていた。

 他の客やディーラーの動きを見て、どこを狙うか考えていたのさ。おかげで、見事に当てた時の資金は八倍にまで膨れた。その後も何度かちまちまやって結局は資金は元手の三倍になってルーレットを後にしたんだ。


「所がさ、換金にしようとしたら没収されて、出禁を食らたんだよ。不正行為をしたとか言われて」

「でも心当たりがないと?」

「ああ、おかしくないか?俺はだだ、俺の考えたその場所に賭けただけだ」


 ミラは新聞を畳んで紅茶を一口飲み、グレアスの目を見た。

 グレアスの顔は誰が見ても赤く染まっており、その口振りは一種の劇のように感じるほど狡猾な喋りだった。かなり主観的表現が多く客観的な全体像を感じ取れないとミラは思う。


 もしグレアスが真実しか話していなければ確実な冤罪になる。


 そんなグレアスとミラ、二人の話に耳を立てる人がいる。

 店主である。彼は皿を一枚一枚吹いていたのだが、途中からその手が遅くなっている。彼もまたミラの推理に興味を持っているのである。


「それで貴方はどうしたいの?」


 ミラはグレアスの目的を聞いた。


「俺の無実を証明してくれ。できれば元手だけでも取り戻したい」


 元手というのは賭博場で使った資金の事である。

 この街において、不正行為の資金没収は当然だが、冤罪だった場合はお金を取り戻せる。だが証拠集めとなれば圧倒的に不利だろう。


「もう少し具体的に話して。例えば同じテーブルに座っていた人たちの特徴」


 グレアスは”どうだったかな“と、うろ覚えながらも客の特徴を列挙していった。

 一人は紳士な老人だ。

 短い口髭と短まとめた白髪頭が特徴的だった。手に高級なアクセサリーをつけて、ネクタイは白の蝶ネクタイ、服もタキシー度だったな。

 賭け方はこまめで保険もしっかりしていた。あと名前はジータと言ったか。


「それって偽名よね」

「あの店は特殊なんだ。仮装する客もいたしな」

「匿名性を売りにしているって事?」


 仮装パーティでも行なっているのかとミラは思う。

 事実、貴族の社交界で仮面を付ける事を義務付けた物がこの街では密かに行われていることを、ミラは小耳に挟んだ。

 爵位非公開の社交界───そこに出席するのは貴族だけじゃなく、商人や町娘も参加しているのだとか。


「けど店側は顧客情報をしっかり持っているらしいぜ」

「へえー」


 二人目は商人風の若い男。

 アイパッチを付けていて髭は生やしていない。珍しいよな、あの歳ならみんな立派な髭を生やすのに。服装はポケットの多い外套にチョッキを着ていたか。あと女連れで一気に賭けたがるタイプだった。あいつ勘がいいのか大儲けしたり、時には大損したりと激しい奴だった。


「彼の名前は?」

「それが彼は名無し《ゲスト》だったんだ」

「どういうこと?」

「初めて来る客や、名乗りたくない客の事さ」

「なるほどね」


 最後の一人は武闘派の女性だった。

 名はメアリー。仮面を着けていたが右目は明らかに義眼だった。最後までそれが年配の女性だと気付かなかったな。服装はそう、今のミラみたいに赤いドレスさ。黒い髪と合わさって綺麗だったな。

 そうそう、メアリーはディーラーの手をよく見ていたんだ。球の投げ方や回転の速さとかを視野に入れてんのかと思ったぜ。大まかな予想を立てては結構当たっていたりする。ありゃかなりのやり手だな。


「その人、義眼だったの」

「何だミラ、確かに義眼だったげど。珍しくないだろ」

「そうね。黒髪で義眼を持った人なんていっぱいいるわね」


 この店の店主もそうだが、特別な力が宿った義眼───神の義眼や魔眼を持つ人間は何処にでもいる。義眼や魔眼はよく見ないとそれが本物か偽物かの判別が付かない。

 怪しい物は蓋をするがモットーの社交界。そんな中、公然と義眼を使い、年配に思えない裕福な女性、黒髪、そして安直な偽名を使う人物。


 ミラには心当たりがある。

 この街の三大勢力の1つでもあるロドラーク家が当主。

 エミリー・ロドラーク。ミラの伯母に当たる人物だ。


 伯母の持つ神の義眼は嘘を見抜く。

 それも音声や文字だけでなく絵画の嘘まで見破る眼だ。故に貴族の中でも使用を公にする存在としても有名である。

 女の身でありながら退役軍人であり、正義感も強い。おそらく、彼女が不正行為を見破ったのだろう。

 じゃあ、誰の不正行為を見破り、グレアスが罪を被ることになったのだろうか。


「他に人はいないの?」

「ああ、客はその3人だけだ」

「ふーん、にしても彼らのことをしっかりと見ているのね」

「言ったろ?様子見をしてたって」


 新聞紙の隅っこに落書きを書いた。グレアスは話に夢中でそれが見えていないが、ミラを傍目からみる店主は深く関心している。


「それで、貴方は8倍になった時、何番に賭けたの?」

「えっと……13?───いや違う違う。3だったかな?」


 一瞬、グレアスの目が少しズレた事にミラは気付いた。

 それは背後にある広告版の事だとすぐに分かった。


『明日13日から始まる新しいメニュー!!スペシャルチーズがお値段なんと銅貨3枚』


 彼にとって新しいチーズは、さぞ美味しいに違いない。


「……あはは」


 ミラはじっと見つめる。


「えへ、あんま覚えていないんだ。何せ結構、飲んでたからな」

「あらそうなの。自分の事は知らず、客の特徴は覚えているのにね」


 グレアスの顔はまるで鬼灯のように真っ赤に染まっている。

 ミラはグレアスに酔いの覚める薬を渡した。


「お、ありがと」

「それ飲んで行くわよ」

「……どこに?」

「歩きながら説明するわ」


 ミラは最後の一口を飲み、口元を拭いて立ち上がる。銀貨を数枚テーブルに置いて、扉の鐘が鳴った。グレアスもそれに続く。


 街は黄昏時だというのに人で溢れている。

 この街じゃ日が沈む時 も昼間と変わらず色んな人間で埋め尽くされている。

 三階四階の石作りの建物が当たり前のように立ち並び、大通りには馬車がしばしば通っては過ぎ去っていく。

 田舎の街では露店が主流なのに対して、ここではガラスに囲まれた店内で買い物をするのが主流だろうだ。小さな脇道を進めば俺の知っている露店商を観れるかも知れない。




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