沈黙
初めてなので小説といっていいのかわかりませんが、小説が好きなので頭に思い浮かぶストーリーは頑張って書いていこうと思います。
遠くでサイレンが聞こえる。
一列に並んだ街灯を縫うように赤いランプが走る。静まり返った薄暗い空が赤く染まっていた。
綿菓子のように消えていく命。
冷や汗、過呼吸、逃げ場のない冷たい部屋であの子は言った。
『大丈夫。』
彼女の言葉が今でも耳から離れない。
知らない過去。見えない未来。震えていた小さな手。その時、彼女が助けを求めていたなんて僕は気が付かなかったんだ。
『夏』
あの日のことを考えながら、僕は眠れずにいた。クーラーのないワンルーム。蒸し暑さと滲み出る湿った汗に苛立ちを感じていた。机のライトが点滅し、更に苛立ちを煽る。眠ろうとしない体に流す音楽は、僕の唯一の薬だった。
体を起こし、カーテンから漏れる街灯を見ながら、タバコに火をつける。
秒針の音、金魚の呼吸、冷蔵庫の稼働音、リズムよく打つ鼓動が今日はやけに耳障りだ。
煙と一緒に疲労感が全身を巡り眩暈を起こす。
『あの日と同じだ。』
僕は脱け殻になっていた。
『秋』
いつものように目覚ましが鳴り、布団から出た足を抱え込む。
また窮屈な1日が始まった。
綺麗に色付く木の葉を見ながら、あの日の空を思い出す。
会社に着くとつまらない会話が聞こえてくる。ケラケラと笑いながら話す上司や同僚達。
『避けて通れるなら。』
そう思いながらも自然と会話に混ざる自分が嫌だった。整理されていない汚いデスクは見るだけでやる気がなくなる。
ゆっくりと椅子に腰を掛け、周りに聞こえないようため息をつく。
パソコンの電源を入れると隣から聞こえた小さな声。
『おはようございます。』
ハッと隣に視線を向ける。
白く細い指、前髪の隙間から見える無造作な眉毛。それなのに、唇だけは綺麗なほど真っ赤で、そこから漏れる声は不思議なほど透き通って聞こえた。
ニコりともしない彼女からは、異様な雰囲気が出ていて、理由はわからないが、それが少し魅力的にも感じた。
このことは誰にも話してない。
僕だけの秘密だ。
『おはよ。』
挨拶だけを交わし、仕事にとりかかる。
彼女は僕の9つ下。
社会人になったばかりで事務作業が主な仕事だ。仕事にミスもなく毎日を淡々とこなしていく。定時にはしっかりと仕事を終え、軽く会釈をしながら、小さな声で挨拶をして足早に帰っていく。
僕はそれを3年間見てきた。
しかしこの3年間、彼女の笑顔は1度も見たことがない。そこまで仲良くもないし、気にしていなかったのが本音だ。
僕も残業はしたくない。無駄話もせず淡々と仕事をこなす。ミスは何回かするが大きな問題に繋がったことはない。
『今日も定時であがろう。』
これが毎日の目標だ。
『冬』
今日は休みだ。特にすることもないし、せっかくだからコーヒーでも飲みに行こう。玄関を開けると、雪が降っていた。白い息に、少しだけ気持ちが高ぶる。
色づいていた木の葉は落ち、なんだか頼りなく見える。殺風景な景色を見ながら、ゆっくりと足を運ぶ。
珈琲店に着くと、淹れたての香ばしい匂いが、全身を包んだ。鼻の奥で深呼吸する。
いつも頼むのは、お店でオススメしているカフェラテだ。季節ごとに入れ替わるが、それを頼むのが僕の楽しみだ。
窓際の席に座り、行き交う人を見ながら、コーヒーを飲む。
寒さがいっそうカップル達の距離を近付け、お婆さんは転ぶまいとペンギンのように歩いている。女の子はお母さんの手をしっかり握り、犬は喜びを爆発させ飼い主を強く引っ張っる。
こうやって人の流れをみるのが僕の休日だ。
コーヒーを飲み終えようとしたとき、交差点の向こう側に見慣れた女性が立ち止まっていた。僕はすぐに誰だかわかった。
異様な雰囲気、目を隠す前髪、細いシルエット。
『彼女だ。』
僕は残りのコーヒーを飲み干し、すぐに店を出た。
『もうこんなに暗くなってる。何時間あの珈琲店にいたのだろう。』
そんなことを思っている間にも、彼女はどんどん進んでいく。
僕はそのあとを追いかけた。
しばらくすると小高い丘にある公園にたどり着いた。人気もなく、街灯も薄暗い。
それでも彼女は歩くのを止めない。
すると広々とした公園の真ん中に大きな木が現れた。彼女はその木の前で立ち止まって、じっと動かない。
僕は走ってもいないのに息が切れ、薄暗い足元を注意深く歩いたせいでフラフラだった。
木の前に立つ彼女は、どこか寂しそうでその木に話しかけている。
僕はゆっくりと彼女に近付き、出来る限りの優しい声で話しかけた。
『あの…。』
すると彼女は振り替えることなく、
『はい。』と答えた。
驚きもせず、怖がりもしない彼女に僕の方が驚いた。僕はまた話しかける。
『同じ会社の…。』
彼女はまた振り返りもせずに、
『はい。』とだけ答える。
まるで僕が後を付けてきたのを知っているかのような返事だった。
僕は続ける。
『ここで何をしてるの?』
この質問に彼女は答えなかった。
時間が止まったかのように沈黙が数分続いた。
このまま帰ることも出来たはずなのに、彼女とその木が重なっていくような不思議な感覚に目を奪われ足が動かなかったのだ。
数分続いた沈黙のあと、彼女が小さくため息をついた。
『嫌われたのか、呆れられたのか。』
そう思ったとき、彼女が白い息を吐くと同時に話始めた。
『辛かったこと苦しかったこと、楽しかったこと嬉しかったこと。今日あったことを伝えてるんです。』
『この木は私を守ってくれるんですよ。』
自分から聞いときながら、一瞬彼女が何を話しているのかわからなかった。
それだけを言い残し、彼女はゆっくりと丘を下って行った。
一人取り残された僕は静かに目を閉じ、その木に問いかけてみる。
『君は彼女の何を知っているのですか?』
勿論、木が話すわけでもなく、答えることはない。
『何をしてるんだろう。馬鹿馬鹿しい。』
彼女の足跡を辿りながら、僕も丘を下った。
夜空のまでの空気が、やけに透き通っていて、星が綺麗に見えたのをよく覚えている。
『春』
今日も目覚ましが鳴る。
カーテンの隙間から光が差し込み、小鳥が元気に鳴いている。寒さも和らぎ、起きるのが楽になった。
会社に向かう道もアスファルトが顔を出し始め、新芽が目立つようになった。
会社に着き、恒例の会話を交わして席に着く。
『あれ、今日は彼女いないのか。』
不自然な動きにならぬよう辺りを見回す。
1度も休んだことのない彼女の姿はどこにもなかった。少し不思議に思ったが、誰かに確認するまでもない。風邪でもひいたのだろう。
勝手な憶測をたてながら周りの雑音を掻き分け、コーヒーを入れにいく。
給湯室には喫煙所と休憩ができるスペースが完備されている。何人かが休憩していて、テレビも自由に見れるようになっている。
僕はコーヒーをいれながら、流れているテレビに目を向ける。
作られた映像と台本通りのコメント。
そこから流れてきた映像と音声に僕は惹き付けられた。
『深夜1時21分頃、20代前半とみられる女性の遺体が発見されました。身元は不明。真っ白なワンピースで靴を履いておらず...。』
騒がしい給湯室に流れるそのニュースに目を奪われたのは僕だけだった。
『また命が消えた。』
少し重たい気持ちになったが、止めていた手を再び動かし、僕は自分のデスクへと戻った。
これが彼女だと知ったのは、しばらくの月日が経ってからだった。
なんでも構いませんので感想を頂けたら嬉しいです。