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伯爵は犬のぬい  作者: 龍弥
第一部、ラヴェンとぬいぐるみ伯爵
6/17

Ⅱ-2

 その途端、少女は地面を蹴った。身をかがめて懐に飛び込んでくる。きゃっと息を呑んだラヴェンの背から、ぬいぐるみが落ちた。

 「ラヴェン!」

 思わず目を瞑ったラヴェン。鈍い音が響いたというのに不思議と痛みがない。おそるおそる瞼を開くと、門番が少女の拳を受け止めていた。

 「まったくもう、君はなんて無茶をする子なんだ!」

 くるりと首を巡らせる。しゃがれた声に似合わぬ口調に、ラヴェンは目を見張った。

 「クロード?」

 「そうだよ! こんな可愛げもない肉体に入るなんて最悪だ!」

 門番は少女の拳を払った。少女が低い位置から蹴り上げてくるのをなんとか避ける。

 「忌々しい、なんて重たい身体だ! 無駄な筋肉ばかりつけているな、この男は!」

 舌打ちと共にそう言って、門番は身をかがめると少女の足を狙う。避けきれず足を掠めて倒れ込む少女に、ラヴェンは思わず手を伸ばした。

 「あぶな…っ!」

 少女は地面に両手を突っ張ると、ウエディングドレスをもろともせず一回転した。踵を返すと、塀に向かって駆けていく。

 「待て!」

 瞬く間に見えなくなって行く。ラヴェンは腕を伸ばしたまま、その背に向けて叫んだ。

 「ねぇ、待って! 貴方、アーサさんなの!?」

 (立ち止まって、違うって言って!)

 「貴方は…っ」

 ひぅっとラヴェンはしゃくりあげた。

 (このままじゃ、悲しい恋になっちゃう)


 ――お嬢様は化けて出て来るような方ではないのです。


 ――だとすれば、だとするのならばなぜ彼は、………アーサ様を救いに現れなかったのでしょうか?


 ――見つけて欲しい。


 「貴方は何を恨んでいるの!?」

 ラヴェンに見向きもせず、夜闇に溶けるようにして少女が姿を消す。緊張の糸が切れたラヴェンは崩れるようにしてしゃがみ込んだ。嗚咽を上げて泣きじゃくる背を優しく撫ぜられて、力任せに涙を拭う。

 「怪我はないかい? ラヴェン」

 「ええ。…ええ、大丈夫よ、クロード」

 「まったく。勝算がないのならむやみやたらと突っ込んでいかないで欲しいよ、マイディア。いくら僕が動悸を感じないとはいえ、これじゃあ心臓がいくつあっても足りない」

 顔をあげると、目があった。見慣れたぬいぐるみならまだしも、げじげじ眉毛の下で小さな黒目が瞬いている。儚い笑顔がなんとも似合わないこと。たまらず噴き出したラヴェンは草の上に寝転がった。

 「あはは! クロード、彼の姿じゃあまりに様にならないわ!」

 お腹を抱えて、ひぃひぃ言っている。そんなラヴェンを半眼で見据えた門番は頬を膨らました。

 「君は反省という言葉を知っているのかな?」

 「知ってるわ! 気をつけますとも! 二度もこんな事があっちゃあ…」

 涙目で門番を見ると、たまらずうずくまった。

 「可笑しすぎて腹筋が割れちゃうもの!」

 「……どう見ても反省してないじゃないか」

 愚痴るなり、門番は背中から倒れた。一呼吸おいてぬいぐるみが起き上がる。彼は仁王立ちして門番を覗き込むと、ころんと後ろに転がった。小さな身体を丸めて呻く。

 「なるほど、確かにこれじゃあ笑ってしまうね!」

 笑い過ぎてお腹が痛い。一人とぬいぐるみが丸太のように庭を転がっていると、複数の足音が駆けよってきた。 

 「大丈夫ですか!? ハンガリー様!」

 ランプの灯りを頼りに駆けて来たのは執事とヘラ。灯りがラヴェンを照らし、微動だにしないぬいぐるみを照らし、門番を照らすと、ヘラは眉間に皺を寄せた。

 「まあまあ。大の男が気絶なんてして、みっともない」

 「え、あ、いやこれは…!」

 (クロードが無理やり中に入ってたからなんだけれど)

 「ヘラ、お客様を頼みます。わたしは念の為庭を確認してまいりますので」

 老執事が足早に去って行く。ラヴェンの背中を撫ぜながら、門番に冷たい視線を向けるヘラを見て、ラヴェンは頬を引き攣らせた。

 「と、とても怖かったから…。その、門番さんが守って下さって、とっても心強かったです」

 「まったくもう。客人を残して気絶するなんて情けない」

 ヘラは大層ご立腹だ。ラヴェンは心の中でごめんなさいと手を合わせた。そんなラヴェンの手を引いて、ヘラはぬいぐるみを拾い上げる。

 「さあさ、大事なぬいぐるみさんが土まみれになってしまいますわ。お部屋に戻りましょう。すぐにハーブティを淹れなおしますわね」



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