Ⅰ-2
前話過失修正いたしました。
叫ぶなりくたりと前のめりになったぬいぐるみは、すぐさま顔をあげると小さな頭を抱えた。
「どうしようラヴェン! 自分の身体に戻れない…っ」
「おおおおち着きましょう、クロード!」
「まずはラヴェンも落ち着いて」
同じ場所をぐるぐる回っていたラヴェンは足を止める。油を注し忘れたオモチャのようにぎこちなく目を向けると、談笑している青年を見て固唾をのんだ。
「そうよね。わたしがしっかりしなくちゃあ」
深呼吸をひとつ。
「本人の魂を弾くほど強い存在、ってことよね。魔法の陣も破られたんだろうし」
「それって例えば?」
「神様、ようこそおいで下さいました!」
「神様。なんとお美しい」
「ぼくが神様だなんて、冗談はその顔だけにしろよ!」
暴れるぬいぐるみを宥めるラヴェンの傍らを、色紙で作った花を手にした女の子が通り過ぎていく。花を差し出そうとして転んだ少女に青年が手を差し伸べると、広場は水を打ったようになった。
「大丈夫かな?」
少女の身体を抱えて、砂埃を払う。膝を折って花を受け取る仕草はまるで絵画の一枚のよう。
「ありがとう」
花もほころぶような笑みを浮かべる青年に、人々は膝から崩れ落ちた。一心に手を合わせる人々を指して、ぬいぐるみは怪訝な声を上げる。
「……ねぇ、ラヴェン。ぼくには特別なことをしたようには見えなかったんだけど」
「そうね、つまり」
「つまり?」
(ぬいぐるみに慣れすぎてるのも困りものね)
「つまり、クロードの容姿に説得力があるということよ。早いところ出て行ってもらった方がよさそうだわ、行きましょ」
教会へと向かう青年の背中を追いかけて角を曲がると、待ち受けていた青年にラヴェンは構えた。
「君がミス・ハンガリーだね」
ぎゅっとぬいぐるみを握りしめてラヴェンは言葉を返す。
「……その口ぶりじゃ、貴方、それがクロードの身体だって分かって入っているのね?」
「…これでも色々見て回った。君にさえ気を付けていれば、この器は実に使い勝手が良さそうだ」
「クロードの身体を使って何をするつもり?」
「大切に使わせてもらうつもりだよ」
ラヴェンは眉をひそめる。
(この声、何かしら)
まるで人混みにいるような喧騒が聞こえてくる。一つを聞き取ろうとしても、他が混じって頭が痛い。
「ラヴェン、逃げ…!」
「っ」
ぬいぐるみの声に我に帰ると、いつのまに距離を詰められたのかすぐ傍に青年が立っていた。見慣れた姿だというのに恐怖が込み上げてくる。
「走るんだ、ラヴェン!」
「私は」
「ラヴェン、逃げるんだっ」
「私は神だよ。ミス・ハンガリー」
伸びて来た手が視界いっぱいに広がった。
「ラヴェンちゃんここにいたのね」
「ッ」
「まあ神様と話していたの? ごきげんよう、神様」
「やあ、ミス・レティ」
心臓が駆け足で鳴り響いている。
「お料理を適当に見繕って来たの。ラヴェンちゃんのお口にあえばいいのだけれど」
「あ…」
「どうかしたの? ラヴェンちゃん」
「い、いえ。ありがとう、ございます。でもわたし、そろそろ帰らなくちゃ」
「そうなの? 残念だわ、本の感想とかも聞きたかったのに。…また遊びに来てくれる?」
頷いたのか頷かないのか、ラヴェンは記憶にない。一度走り出すと足を止めるのが怖くなって、広場を抜け、アーチを抜け、突き動かされるように足を走らせた。
「ラヴェン、事務所に戻るのは止めておこう!」
「どうして!?」
「ラヴェンの事を知っていたくらいだ、事務所も把握しているかもしれない!」
「じゃあどこに…っ」
「コート診療所! 不本意極まりないけれど、よくわからない化け物と渡り合えるのはあの二人しかいない!」