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プロローグ
「きゃ!」
静寂を裂いて、悲鳴が響いた。ついで皿の割れる音。
「ま、またなの」
首を巡らせれば、年老いたメイドが恐々とこちらを見つめている。黒いヴェールの下でほくそ笑み、軽い足取りで地を蹴った。つま先で庭を跳ねるたび、黒で染めたウエディングドレスが波のように揺れる。
「誰か、誰か来て…っ、また出たの! 黒い花嫁が…っ」
その声に合わせて飛び跳ねながら庭へ進んで行くと、脱兎のごとく駆けだした。ドレスの裾をたくしあげ、広葉樹を慣れた様子で上っていく。屋敷の灯りが燈る頃には道に足がついているはずだったのだが。
「おっと」
暗闇にいた誰かとぶつかった。ガチャンと音が鳴る。
「君は?」
闇夜に映えるプラチナ・ブロンド。驚きに見開いた瞳は透き通るガラス玉のように碧い。青年が電動椅子に乗っているのを見下ろしたところで、ぽつりと呟く声が聞こえた。
「漆黒の、花嫁?」
花嫁はひらりと蝶のように闇夜の中へと消えていく。その背を目で追っていた青年だったが、急に騒々しくなった屋敷へと目を向けて瞬いた。
「おや、この屋敷は確か…」