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ワ・ライラ

作者: 猫田33

「はぁ、はぁっ」


篝火が焚かれただけの薄暗い中をひたすら走る。

日が昇る前に宮殿から出なければ、ツバキはハレムの主バシルと無理やり結婚させられる。


「ツバキサマ§♯ΡΞευЙМЦ」


灯りと声が近づいて慌てて建物に隠れると松明と棒を持った男たちが通りすぎていった。周辺を警戒して誰もいないのを確認してさらに進んでいく。


「追っ手が多すぎる…」


ハレムを出るまでは、順調だった。たまに男性もいたが基本的に女性だけだったので拳をあげるだけで怯んでくれる。

しかしハレムの門を過ぎて宮殿に入ると警備の男たちが私を探してうろついている。


「どこに行ったら…」


侍女を人質にして脱出も考えたが、暴れたり泣かれたりされれば荷物にしかならないので諦めていた。


「ふぅ…。っ!」


ツバキは、上からの物音が聞こえて背中を預けていた壁から体を離した。振り替えるとツバキがいた場所でシャムシールを振り下ろしツバキを見る人物がいる。

その人物は、頭にターバンを巻くだけでなく顔にマスクと暗視ゴーグルを身につけていた。明らかにいままでの警備の男たちと異なる服装に違和感と恐怖を覚える。

目の前の人物は、ツバキを殺しにきていた。警備の男たちは、ツバキを捕まえるために刃のない棒を持って探している。しかし目の前の人物は、ツバキのいた場所を刃抜きしてない状態の剣で切りつけた。


「何が目的?」


答えるわけがなく再びシャムシールを構えツバキに向かって走ってくる。ハレムの主バシルは、ツバキを捕まえたいが殺すつもりがなかったはずだ。そうでなければ警護の人間は、剣をとり闘うだろう。

顔を隠して混乱の中殺そうなど暗殺者とでもいうのだろうか。目には目を歯には歯を反そうじゃないか。

シャラシャラ煩かった腕輪や足輪があればメリケンサックになったのに置いてきている。今は、薄絹を重ねた衣装に金属のベルトをつけていた。

ツバキは、ベルトを外すと一方を持って相手に叩きつけた。剣を落とすまではいかなかったが手にあたり怯ませられた。さらに金具がひっかかり暗視ゴーグルがずり落ちると見覚えのある顔が現れた。


「側近のひと?」


「ちっ」


バシルの側近と控えていた男ラムジだった。


「なんであんたが私を狙うの…答えなさい!」


「妹を正室にするためだ。それに妹は、ずっとバシル様を慕っていた。兄として成就して欲しい」


「なら私が逃げるのは好都合じゃない」


「バシル様は、一度手に入れたものは離そうと思わない。お前に宮殿を出たら結婚をやめると言ったのも逃げられないのがわかっている。だから殺す」


ラムジがシャムシールを振り上げると月光が刃を青くした。それが綺麗で美しくて恐ろしい。

何も残していないのに死にたくない、強者のワガママで死ぬのも嫌だとツバキは思う。

ならば自分の存在と尊厳を守るために全力で闘う。

ツバキは、ラムジの目をまっすぐ見つめ手の中にあるベルトを"顔"に向かって振り抜いた。ラムジは、目を押さえた。


「っ、この程度で」


「そうだよ。この程度って言われる力しかない。だからラムジの力を貸して欲しいっ」


シャムシールがツバキの腕を少し切っており一瞬頭が真っ白になる。しかしジクジクした痛みに意識が鮮明になった。


「俺が手を貸しても日本に帰れるわけじゃない」


「それでも私は待ってくれている人がいる。そのために私は帰りたい。私を手伝って間に合いそうになかったらその場で私を殺せばいい」


「そこまでいうなら手を貸してやる」


ラムジは、シャムシールを下ろした。そして腰に吊っていた短剣を鞘ごとツバキに投げつける。


「そんなモノで簡単に逃げられると思うな。今の貴様にはそれで充分だ」


「はいはい、とっても助かります」


ツバキの手元にあるのは、ジャンビーヤで日本の短刀と違い根元が太くて先に行くにつれて曲がっている。両刃のようで気を付けないと自分の手を切りそうだと思う。


「宮殿の門はこっちだ」


「はーい」





「日本の女性は、たおやかで美しいのが美徳ときいたがとんでもないじゃじゃ馬だなっ。夫になる男に刃を向けるなんてっ」


「私はあんたと結婚しないっ!」


ツバキ達は、宮殿の中の兵士と時に戦いもしくは逃げながら門へと移動を続ける。

その最後でバシルと強そうな男が待ち構えていた。


「お前バシル様の相手をしろ」


「えっ」


「バシル様の隣にいるのは、この宮殿で一番強い男だ。少なくともお前は勝てない。出たいならバシル様に勝て」


「そういうことなら頑張るしかないか」


ニヤニヤと余裕の顔で立つバシルに短剣を振る。たぶん本当の力を入れていないのだろう。簡単に押し通せるはずなのに弾くだけだ。

今も短剣を突いたのに軽いステップで避けられる。


「ほら俺を倒さないと外に出るなんて無理だぞ」


ツバキの体力は、余裕のバシルと違いギリギリだった。一晩中走り戦い逃げていたら体力がゴリゴリ削られる。喉で息を吸うことは出来たが、肺は浅くしか呼吸出来ない。頭は重いし、体だけ異様に熱い。

しかしツバキは、止まるわけにはいかない。


「絶対に!外に出る!」


ツバキは、先ほどと同じように短剣で腕を狙った。バシルは、同じように剣であしらうがツバキの短剣は手から簡単に抜け落ちて下に落ちる。短剣が抜けると思っていなかったのかバシルの剣が空を切った。

短剣を握っていなかった方の手は、短剣をはじかれた勢いを殺さずに突き出して服を掴む。上質な布地は多少ひっぱったところで破けそうにないことがわかるとツバキはバシルの体に背中を付けて屈んだ。それだけでは足りないので踵で脛を蹴りつけて背負い投げをした。

しかしツバキ渾身の背負い投げは、バシルが足を先につけてしまい投げた勢いが死んでしまう。


「今のは驚いたな。今のはジュードーのセオイナゲというものだろう。日本人講師に習った」


「はぁっ、それはよかったですっ。ねっ」


二度も同じ手は通用しない。使えるのは、足元のナイフと巻いていたベルトそして自分自身の体のみだ。


「性格は従順ではないが非常に面白い。まるでパンドラの箱のようだ」


「人を絶望の箱呼ばわりですかっ」


「なに、最後に希望が入っているだけ上等だ」


ラムジが加勢に入ってくれないかと目線を動かすと純粋に力と力のぶつかり合いの戦いをしていた。剣を振るときどのくらいの力で振れば火花など跳ぶのだろうか。


「よそ見とは余裕だな」


「まったく余裕なんてない!」


バシルの剣がツバキの腕を刺しにくるがこの程度は、お遊びに違いない。強者が弱者を痛めつける目をしていた。

ならばどんな勝ち方でもいい、戦場に慢心などいらないと思うと古典的な手を思い出す。子どもだましだが成功すれば勝率が傾く。


「やぁ!」


ツバキは、短剣を拾うと体ごと思い切り突き出した。バシルは、なんなく短剣を弾くとツバキの体は地面につっぷした。


「みじめだな。なんの疑いも主張もせず大人しくしていたら地面を這うなんて真似するわけがなかったというのに」


バシルは、ツバキの体力も限界だろうと勝利を確信していた。その証拠に立ち上がらず唇を噛みしめている。


「さぁ、降参するんだ。ここの暮らしも悪くないと思うのだがな」


倒れたままのツバキに向けて友好的な笑みを浮かべ手を差し出した。女など顔が良ければ少し優しくすればちょろいと知っていた。


「でもここには…」


「足りないものがあるならなんなりというがいい。苦労はさせない」


「萌えが足りない!」


ツバキは、手の中に砂を掴んでバシルの顔にぶちまけた。岩石砂漠地帯のようだが、少量でも砂があれば目くらましに十分だ。


「よくも!ぐぅっ」


「私の"嫁"は、チムラナオミツ君だけなんだからぁ!」



目を抑えるバシルのシャムシールを渾身の力で弾き飛ばすと、突進して押し倒しマウントポジションをとった。

それだけでなく首に短剣を突き付ける。


「死にたくなければあの門を開いて開門しなさい」


「…わかった。門を開こう。だが一つ聞きたい」


「何?」


「お前男だったのか」


ツバキは、バシルの発言の意味がわからなかった。しかし自分自身の発言を思い出したぶん嫁という言葉のせいだろうとあたりをつけた。


「男じゃないですよー。日本では、好きなキャラクターを嫁っていう文化があるんですよ。実際結婚出来るわけじゃないけど大事な人です」


そう言ったツバキの笑顔に光が当たる。宮殿の塀の輪郭にそって朝日が漏れていた。


「俺の敗けだ。日本に帰れ。帰りのジェット機も準備してやる」


「本当に!?」


「アッラーに誓おう。神に誓ったことは、覆せない」


こうしてツバキの長くて短い脱出劇は、バシルに勝ち脅すという物騒な方法で幕を閉じた。




しかし、人の人生というものは実に怪奇で意外な縁を運んでくる。

あの脱出劇から半年後ツバキは、コミケに来ていた。もちろん心の嫁チムラナオミツ君の本をゲットするためだった。

サイトで公開していたり通販で買い物も出来るが現地調達の喜びに勝るものはない。とくに最近知った作者さんが、コミケでのみ販売を行うらしいのでとても楽しみだ。


「ふんふーん」


宝の地図を片手に会場を歩いている。地図の通りに移動すると女性の黄色い声と長蛇の列があった。


「うわ~、すごい列後にするか」


幸い壁サークルなので結構な量の本が準備されていた。あれならば他のに行ってから買っても間に合う。会場の中心に向かうと声が聞こえた。


「ツバキ!」


聞き覚えのある声だがここにいる筈がないし、ペンネームでツバキとつけるのは珍しくない。


「じゃじゃ馬ツバキ」


肩を掴まれて今度こそ振り向くとラムジが立っていた。


「なんでいるの」


「あのとき嫁入り前の娘に短剣を渡すなんて婚約の約束をしたようなものだと兄と妹に叱られた」


「あー、そんなのあるんだ」


「バシルさまにもバレてお前を娶るまで本国に帰さないと宣言された。だから早く嫁になれ」


「はっ!?」


「萌えがないから行きたくないと言っていたから漫画にも手をだした。わざわざくるということは興味があったのだろう?」


「まさか砂漠の民サークルってラムジさんのとこのサークル…」


「その通りだ。日本には、将を射らんば馬を射よという言葉があるらしいな。お前の馬はこれだろう?」


ラムジの手にあるのはツバキが欲しかった本だった。ツバキは、つばを飲み込み本に手を伸ばす。


「おっと、ちゃんと並んで買え。お前が俺の嫁になるなら別だがな!」


「断る!」


ツバキの声が会場に響いた。ツバキの戦いは続く。


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