藍曽以久多の事情
わざとらしく、大きな声を張り上げた。
わざとらしく、息を荒くしてみる。
そしてわざとらしく、彼女に触れようとした。
結果、彼女は肩を震わせ。
結果、彼女は無反応になり。
そして結果、彼女に触れることはできなかった。
俺を見つめる目の奥は、恐怖の色に揺れていた。
この三つ目のせいか、それとも彼女に触れようとしたせいか。たぶん、両者だろう。
口からは、血が滲み出ている。それほど唇を強く噛みしめたのか。
無言でハンカチを差し出す。「あっ」と、小さく声をあげて、俺のハンカチを受け取ろうとした彼女は、それがコツンと手にあたり、「うん?」と小さく首をひねった。
彼女―――古海海南は、血で赤く染まった唇を開いた。
「なんですか、これ」
「それは、俺が聞きたいね」
「まず、なんで貴方なんですか」
「なにが」
「手紙っ」
手紙?ああ、話をしたかっただけだ、と答えると、古海は少し困ったように視線を反らした。
彼女なりに思うことは色々とあるのだろう。
覗いてみたい気もしたが、それは止めておいた。これ以上彼女を怯えさせるのは、いくら性格が悪くてひねくれている俺でも躊躇われるほどに、先ほどは震えていたのだから。
「大丈夫。その件については怒ってないよ」
いつもの爽やかスマイル(命名俺)を送ると、目を細めてしまった。
もともと目つきが良いとは言い難い古海が目を細めると、ヤクザがガンを飛ばしているようにしか見えない。
「それに関係あることなんだけどね。ほら、俺のこのキモイ目、見えるでしょ」
わざと長くしている前髪をかき分けてみせる。小さく頷く古海。
「こんなの額にくっつけといて、俺がスクールカーストで上位に位置できると思うの? 違うでしょ。みんな、これが見えてないんだよ」
「要するに、お前にしか見えてないんだよ」
ほう、と小さく彼女は唸った。
「で、それが、私になんの関係が」
さらに目を細める。
「私のこれとなんの関係があるんですかって聞いてるんです」
俺を睨みつけながらも、まだ肩で息をしているところを見ると、先ほどのことがよほどショックだったのだろう。過剰に反応したところを見ると、なにかあったようだが、まあ、あまり深入りしない方が身のためか。
「俺のこのキモイやつね、人の心を覗くことができるの。普段は前髪で隠してるんだけど、ちょっと覗きたいなーって思った時に、さりげなくずらして、こっちの目で見るの。便利でしょ」
「はあ」
「やってあげようか?」
前髪をあげて、額を露わにする。両目を閉じて、額の方に神経を集中させる。
『怖い 嫌だ ナニコレ』
なるほど、やっぱり、怖がってましたか。
目つきが悪い上に、顔をしかめていたから、てっきり怒っているものかと思ったが。
力を抜き、両目を開く。
「…っ」
「え?」
その瞬間、彼女は、その場に蹲り、嘔吐した。