古海海南の事情 その3
突然だが、みなさんは世間一般で言う「ラブレター」たるものを受け取ったことがあるだろうか。
この15年間生きてきたなかで、私はそのようなものを受け取ったことがない。これは、私の容姿、性格、スクールカーストの位置から容易に推測することができるだろう。
そう、100人にアンケート用紙を配って、「この女子生徒はモテると思いますか?」という質問をしてみたところ、98人が「ノー」と答える女子生徒、それが私。
別に可愛くなりたいとか思ったこともないし、性格を良くしようなどと努めたこともない。自分を中心的に、かつ自由に、さらけ出した結果がこれなのだから、今更文句を言ってもお門違いだ。
さて、これでもかというほどに、自分自身のモテなさを綴ってみたのだが、ここからが問題だ。
私は今朝、世間一般で言う、「ラブレター」たるものをもらってしまった。
いやいや、笑わないでほしい。笑いたいのはこっちだ。いったい誰が、こんな根暗ボッチに愛を告白するつもりだ。ちゃんちゃらおかしい。もう、ちゃんちゃらを通り越して、ちゃんちゃらちゃんちゃんちゃー、である。
まあ、嬉しくないと言えば、嘘になるが。
しかし、実際に手渡しで受け取ったのではない。
私の靴箱の中にご丁寧に置いてあったのだ。
宛名は私の名前、『古海海南さん』としっかり書かれているため、同姓同名の誰かのものだとは考えにくい。こんな変な名前、『古海海南さん』はこの学校で私一人のはずだ。
『放課後、体育館裏に来てください。
待っています。』
これが、ラブレターの内容。そして私は今、体育館裏に立っている。
別に、無視して帰っても良かったのだが、これだと、わざわざこんな気恥ずかしいものを私の靴箱の中に入れて下さった彼に失礼だろう。
でも、もしかしたら、愛の告白ではないかもしれない。図書の本をはやく返せという図書委員からのお知らせかもしれないし、補修に来ない私をおびき寄せるための先生の罠かもしれないし、なんかヤバいことに巻き込まれた私をボコろうとしているヤンキーの集団からかもしれない。
その他もろもろの可能性を考え出した私は、「今は、彼氏とか、考えてなくって…お友達からなら…」というセリフを心の中で練習するのをやめた。
うん、やっぱり帰ろうかな。
私がこう思い始めたのも無理はない。
だって、15年生きてて、一度も愛の告白なんてなかったよ?
それとも、急にモテ期到来したの?
いやいや、ないない。きっと、イタズラかなんかだったのよ。
傷つけられたミジンコサイズの乙女心を抱えて、体育館裏から逃げ出そうとした私は、「待って!」という男子の声よって、足を止めた。
ハァハァと、荒い息使いが耳まで届く。振り向く勇気がなく、視線を下に向けてキョロキョロする私。
その誰かが、近づいてくるのを感じる。
カツカツカツと、足音が耳に届いた。
それよりも大きい、ドクドクドクという私の鼓動の音。
「待って」
もう一度。今度ははっきりと、私に向かって声がかかった。
「話したいことがあって、古海さん」
「…」
「あのさ」
「…」
「こっち、向いてよ?」
「…」
返事をしたくても、カラオケで4時間ぶっ続けで歌った時のように(あ、もちろん一人カラオケだよ?ニコ)喉がカラカラになってしまい、喉からはヒューヒューと変な音が出ている。
「ねえ、古海さんっ…」
何を言っても無反応な私に痺れを切らしたのか、後ろから手を伸ばしてくる誰かさん。
避けたいが、足は地面に張り付いてしまったかのように動かない。
冷たい汗がツーッと背中に流れるのを感じる。まるで、異物が私の中に侵入したような、なにか他のものが私を乗っ取ってしまったかのような、吐き気が襲う。
誰かに触れられる。
誰かに侵食される。
誰かに襲われる。
誰かに、私が奪われる………
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『お前は、何をしても…』
『もう、―――』
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「っ…」
ギュッと目を瞑り、唇を噛む。強く噛みすぎたのか、口の中に鉄の味が広がった。
しかし、いつまで経っても、相手の手の感触は、肩に伝わらない。
恐る恐る、壊れかけの人形のように頭を動かし、相手の顔を視界に入れる。
三つの目と、目が合った。