恋はかく語り
久しぶりの遠出だった。
「だからさぁ、違うって言ってんじゃん」
呆れたような大声を出す男は、私の隣にいる彼・太一ではなかった。私たちの数メートル先のベンチに座るカップルと見られる二人組は見るからに険悪そうで両者目も合わせず、沈黙していた。
なんとも、通りづらい。
私は腕を組む太一を見たが、どうやら彼は気付いていないようだ。
なにも、こんなところで喧嘩しなくたっていいのに…。
周りは子供たちのはしゃぐ声と楽しげなアトラクションのBGMに溢れている。そんな夢いっぱいの空間で重い空気を漂わせながらベンチに座る二人組は異質だった。
若いな…20代前半位だろうか。本当はこの空間を楽しみにしてきたのだろう、整った顔の痩身の猫背の青年とどこか上品そうな雰囲気を漂わせるまだあどけない少女の表情は険しかった。
横目でそんな二人を見ながらその前を通りすぎようとした瞬間だった。
「もう、別れよう」
青年の放った言葉が終わらないうちに少女の細腕が風を切る。少女の右の掌は青年の頬を捉え重苦しい空間に軽やかな音を響かせた。
そのまま何も言わず立ち去る少女。青年はベンチに座ったままだ。
私は唖然としつつも、立ち止まることなく彼らの前を通りすぎた。
楽しいはずのデートのその日に人の別れの現場に遭遇する、こんなこと滅多にないだろう。
二人の間には一体なにがあったのだろう。青年の口ぶりからするに『浮気』のようなことだったのであろつか。
そう言えば、先日太一の家を訪れたときに落ちていた私のものとは違う明るい色の長い髪の毛と口紅は一体誰のものだったのだろう。
それを問い詰めた時、彼もまたあの青年のような口ぶりで話すのだろうか。
私は彼を見上げた。
「すごかったな、あれ」
苦笑いをする太一。
彼はきづいていないようだ。自分のうなじに誰かの吸い付いた跡がくっきりとのこっていることに。
「何もこんなところで喧嘩しなくたっていいのにね」
私は笑顔で返し、後ろを振り返る。そこに二人の姿はなかった。