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Refrain  作者: 抹茶いぬ
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第六話『瀬戸際の攻防』

「で、一体何から話せばいいのかしら」


お付きの女に由宇を鎖で縛らせ、さらに左目の瞬きを封じさせたあと、まず口を開いたのは少女だった。お付きの女は何が何だかわからなかったようで、それは今も相変わらずである。しかしそんな彼女を無視して、話は進んでいく。


「じゃあまずは、僕を従えて何がしたいのか、その目的から聞かせてもらおうか」


「ああ、そうだったわね……」


少女は持っていたメモ張を制服の胸ポケットにしまい、由宇の問いに答えようとする。


順調だ、と由宇は思った。もちろんまだ安心できる状況ではなく、冷や汗は止まる気配を見せない。しかし今のところは、由宇に都合のいいように事が運んでいる。


事実、少女は親切にも由宇に情報を教えてくれようとしているのだ。最初に捕まったときにも感じたのだが、どうやら彼女は少し油断しやすい性格のようだ。それだけお付きの女の手腕に対する信頼とタイムリープ攻略法に対する自信があるのだろうが、由宇に時間と情報を与えることは愚策でしかない。


と、しばらくの間のあと、


「……そうね、目的っていうほどのものはは特にないわ。ただ何でも言うことを聞いてくれる人が欲しいだけよ」


「は?」


思わず眉間に皺をよせた由宇に彼女はさらに、


「だってそうでしょ?都合よく動いてくれる人って、いたら便利じゃない?」


「いやそうかもしれないけどさ、それなら全部こいつにやらせればいいだろ。何も奴隷を増やすことはないじゃないか」


背後で由宇を拘束するお付きの女を指差し、言った。すると奴隷というききづてならないであろう言葉に、お付きの女はぴくりと反応し、少女は由宇をじろりと睨む。


「勘違いしないでほしいんだけど、朱里は奴隷じゃないわ、親友よ。その親友にいきなり、『ねえあんた、パン買ってきなさいよ。あとあたしの好みに合わなかったら殴るわよ』とか言えないじゃない」


「僕をパシりに使う気かよ!」


「ええそうよ、悪いかしら」


少女の身勝手すぎる行動理由を知り、さすがの由宇も呆れる表情を隠せない。そんなことのために由宇の日常が脅かされているというのだから、当然である。


それにしても何の価値もない情報だな、と思う由宇だが、しかしまだきき出すべき情報、確認すべき情報は残っている。由宇は気を取り直してもう一つ問う。


「……そうか、まあいい。じゃあもう一個、今日僕を捕らえるために練った計画の詳細を教えてくれ」


「それなんだけど、何でそんなことをきくのかしら?集めるだけ情報を集めてまだ刃向かおうとしてるみたいじゃない」


たしかに少々直球すぎる要求だった。これではまだ戦いますよ、と意思表示しているのと何ら変わらず、現にこの少女には由宇の思惑はばれてしまっている。しかしその言い訳は先に言った通り、


「それを知れたらこっちも諦めがつくかもしれないんだよ。ああ、抵抗しても無駄だったんだな、ってな」


不審がる表情を崩さない少女。しかしやがて、


「まあ、諦めてくれるならこっちにとっても都合がいいわ。朱里、彼をしっかり抑えておくのよ」


「か、かしこまりました、お嬢」


お付きの女の返事とともに、鎖の縛る力が強くなった。加減を知らないらしく、縛られた由宇の腕と上半身は悲鳴をあげる。


そしてそんな由宇の正面に相対した少女は、警戒の色を少しだけ弱める。もちろん完全にとはいかなかったが、万が一の場合でも由宇の拘束に関してはお付きの女に信頼を預けているようで、少女はさっそく本題に入る。


「まず初めに言っておくけど、あなたがあたしから逃れることは不可能に近いわ。なにせ念入りに、長い時間をかけて練った完璧な計画なんだから」


「完璧、だと?」


「ええそうよ。この計画は、あなたがタイムリープしているという結論に辿り着いたときから始まったの。あれはたしか、去年の十月頃だったから、半年経ったことになるわね。半年かけて計画を練り、そして二年になり、あなたと同じクラスになった」


「半年……」


少女の強い執念に、由宇は言葉を失う。なぜパシり要因が欲しいという理由だけでそうまでするのかは釈然としないが、少女はそのまま話を続ける。


「あたしはそれを、チャンスだって思った。同じクラスにいれば、あなたの監視がしやすいもの。現にそのおかげであなたの監視は順調に進み、あなたの性格から行動パターンまでいろいろなものを把握できた。だからあたしはそれを基に、あなたを『犬』にする計画を考え出したのよ」


「で、その計画っていうのは……?」


「その前に」


ちっちっ、と指を立てる少女。そして由宇と身体が触れ合うくらいにまで近づき、


「先に『能力』を奪わせてもらってもいいかしら。そのあとなら、いくらでも話してあげるわ」


「だ、だめに決まってるだろ!今はまだ諦めきれてないんだ、言っただろ、知った後なら諦めがつくって!」


心臓が破裂しそうな感覚をこらえながら必死で叫ぶ由宇。二人の距離は限りなく近く、『能力』を奪われてしまうとしたらそれは一瞬のことだろう。しかしそんなことになってはならないのだ。由宇は早々にこの状況を逃れるべく、


「いいからさっさと離れろ。さもないと人を呼ぶぞ!鎖まで使って人を拘束するこの状況を第三者に見られるなんてこと、お前にとっても都合が悪いはずだろ?」


「聞いた後なら本当に諦めてくれるんでしょうね?」


「ああ。だがそれまでは諦め切れない」


「全く、頑固ね……」


少女は不満げではあるが、やむを得ず一歩下がる。しかしその代わりに由宇の背後に視線を送り、


「朱里、彼をもっともっときつく縛って頂戴。それから瞬きも絶対にさせてはだめよ」


「了解しました」


少女はこちらの負担も考えない無茶苦茶な命令をしたのだ。加減を知らないお付きの女によって、由宇の上半身はますます強く縛られ、さらに左目をこじ開ける力もより一層強く。このままでは身体は二つにちぎれてしまい、目は陸に上がった深海魚のように飛び出てしまいそうだ。


痛みに喘ぎ苦しみながら、それにしても背後の女は少女に従順すぎる、と由宇は思う。お付きの女自身、今のこの状況は全くのみ込めていないはず。なのに少女の命令とあらば、彼女は理由などなくても動くのだ。そんな彼女なら喜んで『犬』になろうとするのではないかとも思うが、それを少女に問うのは不毛である。


「で、その計画なんだけど」


瞬きすらまともにできず乾ききった左目と、鎖につぶされてしまいそうな上半身。地獄のような苦しみのなか、少女が切り出し、そのまま続ける。


「まず最初にあたしが思いついたのは、偽ラブレター作戦。あなたってこういう色恋沙汰になるとすぐ調子に乗るようだから、うまくつれると思ったのよ。あたしは知らないけど、今のこの状況を考えれば、どうせつれたんでしょうね」


「ぐっ……」


物理的ダメージで精一杯のなか、追い打ちをかけるかのように精神的ダメージを受ける由宇。ラブレターの件に関しては、何度もやり直していくうちに時間の彼方へ置き去りにした感覚だったのだが、ここにきてその恥が掘り起こされてしまったのだ。由宇が何も言い返せないでいると、少女は計画の全貌を語り始める。


「でもつったその時点であたしがするつもりだったのは、あなたに軽く恐怖を与えることだけ。そうすればあなたはタイムリープして逃げるでしょうからね。そしてあなたがあたしを見ておかしな反応でもするようなら、計画はフェイズ2に移行するようにしていた」


「フェイズ2……?」


「ええ。あなたにタイムリープの素振りが見られなかった場合の計画が偽ラブレター作戦。これがフェイズ1で、いわばただの前準備。そしてあなたがタイムリープしてきたと察知した場合の計画がフェイズ2。そう、こっちが本番なのよ」


「……」


驚くほどに念入りかつ計画的なその計画に、由宇は言葉を失った。もちろん最初のラブレターの件の後、由宇は少女と目を合わせてしまい、その後彼女の行動が変わったことからも予想はしていたことだ。しかしいざそれが確かなものとなると、由宇は絶望を感じざるを得ない。


ただ、だからといってここで諦めるのとは話が違う。絶望的状況ではあるが、最後の最後の賭けをし、気持ち戦闘態勢に入った由宇の覚悟はこれまでとは違うのだ。


「フェイズ2ではまず、朱里の力を借りることにした。なかなか信じてはもらえないだろうと思ったけど、朱里に計画を話すことにした。あたしの考えたタイムリープ攻略法には朱里の力が必要だったから」


「で、ですが私はそんな話聞いていませんよ?おかげで今でも、お嬢のおっしゃっている話が理解できないでいます……」


口を挟んだのは、お付きの女だ。わけがわからない様子で、それなのにやはり拘束を弱めてはくれない。


「ええ、その通りよ。あたしがあなたに氷室くんの拘束とタイムリープ封じを頼もうと思ったら、こうして彼があなたを連れ去ったのよ」


「連れ去ったって……」


由宇がぼそりと呟くも、その声は少女の耳には入らなかったようで、


「氷室くんが朱里を連れ去ったってことは、それはつまりフェイズ2も失敗したってことよね……」


「けどお前にとっては幸いなことに、今この状況はフェイズ2と似たようなものになってるんじゃないか?」


「ええそうね。ちゃんとあなたも拘束できてるし、タイムリープも封じれてるわ。この状況ならあなたから『能力』を奪うことも容易だし、『犬』にするのももう目の前。けどだったら、どうやってフェイズ2を切り抜けたのか聞いていいかしら?」


「何、たまたま助かっただけさ」


ぼやかし、生徒会長に助けられたことは黙っておく。それはもちろん、由宇の時間稼ぎがばれないように、という意図あってのことである。


そしてその意図が少女にばれることはなかったのだが、


「そう、まあいいわ。いずれにせよ、計画についてはこれ以上は話すことがないの。さっそくだけど、『能力』を奪わせてもらおうかしら」


息をのむ由宇。一歩近づき、由宇の頬に手を伸ばす少女。時間がスローモーションで流れる。


ーー勝負時だ。


由宇は瀬戸際に立たされ、露骨な時間稼ぎに入る。


「待った、まだきけてないことが山ほどあるぞ。例えばお前はどうやって僕のタイムリープの根拠を見つけた。どうやって僕から『能力』を奪うつもりだ」


こうして時間を稼いでいれば、そのうち誰かが来てくれるはず。現に、今はすでに終礼の時間であり、クラスでも空席の三人が話題になっているだろう。生徒会長がやって来ることはまあないだろうが、担任辺りなら来てもおかしくないのだ。


しかし、そんな由宇の希望もすぐに打ち砕かれることに。


「交渉のときにはそこには触れていなかったはずだけど?あたしが応じたのはあくまでも計画のことまで。それ以上のことを要求するなら別のカードを用意しなさい」


「そんな、卑怯だぞ!こっちは大人しく『犬』になってやるって言ったんだぞ、それくらい教えてくれよ!」


「卑怯なことはないわ。残念ながら、他の交渉材料なしにあなたがそれらの情報をきくことはできない。といっても、時間稼ぎが本当の目的なんでしょうけど。まあ残念ながら担任の先生が来ることはないのだけれど」


「な、なんでだよ……」


「あなたが朱里を連れ去ったあと一時的に担任の先生とクラスメイトたちの記憶からあたしたち三人の存在を奪っておいたの。フェイズ2が破られたことが想定されたから最悪のケースを考えてやむを得ず、ね。だから誰かが探しにくることはないわ」


なるほど、由宇の時間稼ぎに対する対策はすでにされていたのだ。しかしそんなことよりも、少女の口からさらりとでた衝撃的発言に、由宇はもはや思考が追いつかない。


「ど、どういうことだよ……」


「そうね。あなたがタイムリープの『能力』を持つのと同じように、あたしにも『能力』があるのよ」


「えっ」


「あたしの『能力』は略奪。物質的なものにとどまらず、基本何でも瞬時に奪えるわ。ちなみにあたしが『能力』とか言っても朱里が疑問を投げかけてこなくなったのも、今さっき彼女の思考の一部を奪ったからよ。あ、それからもちろん『能力』だって奪えるわ。といってもその際だけは特殊な手順を踏まねばならないから、まだやったことはないんだけどね」


得意気に、そして由宇を見下すように、少女は自分の『能力』をぺらぺらと話す。これまで由宇は、少女をただでさえ脅威に感じていた。なのにそんなチート級の『能力』まであるとなれば、諦めの悪い由宇もさすがにお手上げだ。そしてそのまま全てを諦め、厳しい現実を受け入れてしまいそうになったそのとき、


「君たち、何をしている。今は終礼の時間のはずだが?」

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