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殺人犯は、引っ越した。

 そのケインの言葉は。マヘリアの死の直後から、ルイスがずっと恐れていた言葉だった。

「ケインさん。マヘリアの死は事故死だと、警察は結論したんですよ」

「俺が聞きたいのは、警察ではなく君がどう思っているか、だ」

「ぼくは無関係です」

「それは本心からの言葉かな」

 それに対して、ルイスは声を荒げる。

「ケインさん! 貴方には、何の関係も、権限も、ないでしょう?」

 ケインは曖昧に首を振る。

「関係はないし、権限もない。興味もない。だが……義務がある」

「義務?」

「俺は君に『除霊師』として雇われた。だから契約通り、『除霊』をしなければならない。もっとも、今ここで契約破棄をするなら別だ。それなら俺はこれ以上、君には関わらない。ここでお別れになる」

「『除霊』って……! 呪いの人形は、ただの、ぼくの勘違いだったんでしょう? もう終わっています」

「いや、『除霊』はまだ終わっていない」

「どういうことですか?」

「『呪い』は、確かにあった。但し、人形にではなく、君が呪われていたんだ。そして君はまだ、呪われたままだ」


「……意味がわかりませんね。だいたい、ケインさんはどうして、ぼくがマヘリアの事故死と関係があると言うんですか?」

  ケインは無表情のまま、答える。

「最初から不審に思っていた。捨てたはずの人形が戻ってきた。それを見て、手違いや悪戯ではなく、何故『マヘリアの呪い』だと君は思ったのか。だいたい、どうして恋人に『呪われ』なければならないのか。それはルイス。君はマヘリアに対して、何か『呪われる』ようなことをしたからだ」

「……」

「そして現在、ルイスはまだ呪われている。今後、もし君が不運にも事故に遭ったとしよう。その時もルイス・スタニファーは、偶然とは思わずに『マヘリアの呪い』と思い続ける。『除霊』が為されるまでは、永遠にだ」

「……」

「さあ。もう一度聞くよ、ルイス。君はマヘリアさんの事故死に、何か関係はないか?」


 


数秒後。ルイスは俯いたまま呟いた。

「マヘリアは……ぼくが殺しました」


「何故、殺したんだ?」

「殺すつもりはありませんでした! ただ、彼女はかなり酔ってました。マリファナもやっていた。それで、こちらに倒れ込んできた。ちょっとモメて、突き飛ばした。そしたらいつのまにか……」

「つまり過失致死?」

「ええ。ええ! そうです! でも、確かに、ぼくが殺したんです!」

「……ルイス君。それはあまり大声で言わないほうがいい」

 だがルイスは、大声で喋り続ける。


「彼女とはよく喧嘩もしました。疎遠になったことも多い。でも5年! 5年もつきあったんですよ!? ぼくが彼女を、嫌いなはずないでしょう!? マヘリアが死んでから……いや、ぼくがマヘリアを殺してから。ぐっすり眠れた日なんて一日もなかった! 毎晩毎晩、彼女の夢を見る! そう、確かにぼくは呪われてます!」

 ケインは軽く肯く。

「そのようだね。だから、除霊をするんだ」

「……できるんですか? そんなことが!」


「認めるのさ」


「え」

「マヘリアを殺したのは自分だと、しっかりと、認めるんだ。そうすれば君は、『マヘリアの呪い』から解放されるだろう」

「……そうかもしれませんね」


数秒の沈黙の後。ルイスは正面を向いて、言った。

「わかりました。警察に……行きます」

「何をしに?」

「自首します。あの晩、ぼくがマヘリアの部屋にいて、彼女を突き倒したことを言いに行きます」

  するとケインは、僅かに眉をひそめた。

「それは……あまりお薦めできないな」

「え?」


「ルイス。マヘリアの事件は、もう、終わっているんだ。警察は事故死だと結論した。ここで君が、自分が殺したと名乗り出たら、どうなると思う?」

「……どうなりますか?」

「捜査責任者は、上司に怒られる。再調査に、労力がかかる。裁判になって、弁護士と検事が動くにもカネとエネルギーがかかる。無罪や執行猶予ならいいが、もし懲役をくらった場合、君は数年は刑務所暮らしだ。刑務所での食費、家賃、光熱費、管理費などに、この国はいくら出費せねばならないだろうか。再犯の可能性もないのだからね。それより働いて税金を納めてくれたほうが国としてはありがたいだろう。ハッキリ言って、君が刑務所に入るのは社会的に迷惑だ」

「め、迷惑……?」

「もし君がマヘリアを意図的に殺害したのであっても、同じ事だ。警察を欺いた時点で、もう事件は終わっている。この場合は君の勝ちだ。警察に行くよりも、教会で懺悔したらどうだろう。あるいはカウンセラーに相談してもいい。神父も精神科医も、守秘義務がある。『マヘリアの呪い』は、それで解けるさ」


 ルイスはぼんやりと、反論する。

「しかし、それでは。死んだ……いや、ぼくに殺されたマヘリアの立場はどうなりますか!?」

「多少ならいいけれど。生きている人間が、死んだ人間に引きずられすぎるのは、不毛だ。君が刑務所で暮らしたり、あるいは自ら死を選ぶことを、マヘリアは望んではいないだろうから」

「……」

「まあ、どうしてもマヘリアのために何かをやりたいのなら、それをやるといい」

「例えば?」


「例えば……彼女の形見の品を大切にするとか」


 ケインの言葉に。

 ルイスは一瞬静止してから、深々と頭を下げた。


 


***


 


 それから一ヶ月ほどして、ケインの部屋で。

 ケインと、ロアリーとの会話。

「なあロアリー。そう言えばルイスは最近、どうしてる?」

「ルイスって……『呪いの人形』の時の?」

「ああ。アフターサービスが必要かと思ってね。元気かな?」

「うん。凄く元気になった。最近バイトもいっぱいやってるし。ケインによろしくって言ってたよ。あ、そうそう。彼、学生寮を出て、引っ越したみたい」

「引っ越した?」

「うん。それも、亡くなった恋人の部屋に……。やっぱり、まだ吹っ切れていないみたい」

「そうか……。まだ死んだ人間に引きずられているか。無理もないかもしれないが」

「ん? でもさぁ、ルイスって……可哀想よね」


 ケインは大きくため息をついてから、呟くように、言った。

「ああ、可哀想だな……」


長編「とっても高い、デートのお値段」のシリーズです。

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