表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

助手だけが、帰った。

 一同の沈黙の中。初老の管理人は口を開いた。

「人形を戻して……何かまずい点でもあったかな? しかし、規則ですから」

ケインは軽く首を振る。

「いいえ。ただ、ルイス君の方がまだ問題を把握していませんのでね」

「あぁ……。それは後で話そうと思ってたんだが、どうも最近ルイス君を見かけなくて」

「彼は最近、ホテルに泊まってたようです」

「そうですか」

「ありがとうございました。では失礼」

  と、ケインは管理人室のドアを閉じた。


 ロアリーとルイスは、まだ事情が飲み込めない。

「ちょ、ちょっと! なに? どういうことなの? 管理人さんが、人形を運んだ犯人だったの!?」

「ああ。今、彼がそう言ってただろ?」

  ロアリーは、うずうずと身体を震わせる。

「なんで!? どうしてそんなことする必要があるの!?」

「別に悪意があってのことじゃない。彼は……職務に忠実だっただけさ」

「じゃあ、どうして……!」

 そこでケインは皆を促した。

「ルイスの部屋に戻ろう。歩きながらでも話はできるよ」


 ゆっくりと歩きながら、ケインは言う。

「ロアリー。君は人形の移動を、誰かの意図的なものだと考えたね」

「うん、まあ」

「あの人形が、一度捨てられたのだとしよう。もちろん、捨てる途中のルイスの姿を『誰か』が見たのかもしれないが……そうじゃない場合。あの人形が、もともと誰の物かを知っている人間は、ごくごく僅かしかいないんだ。それは誰かな」


「えーと、亡くなったマヘリアさんには遺族がいないのよね…。だから…?」

「ルイスが人形を形見として受け取った時にいた人物……刑事たち。あとはルイスが帰りに会った人物……管理人。彼らだけにしか、あの人形がルイスの物であるとは、知らないんだ」

「んー……」

「だから。人形の移動が意図的な物だとすると、犯人は彼らの中にいる可能性が高い。どうだい、簡単な問題だろう?」

「でも、でもさ! だから、どうして管理人さんが、わざわざ捨てられた人形を、ルイスの部屋の前に戻したの?」

  そこでルイスの部屋へと帰ってきた。ケインが最初に、続いてロアリー、最後にルイスが部屋に入る。


 ケインは、床に置かれている人形を手に持って、言う。

「ロアリーは、『何故、捨てたはずの人形が戻ってきたのか』と疑問に思ったね。もうちょっと詳しく、それを見つめればいい」

「『玄関前』に戻ってきたってところを?」

「いいや。ロアリーも、ルイスも忘れてるようだけど。人形と一緒に、ルイスは何かを捨てたはずだよ」

 それにはルイスが即答する。

「ぬいぐるみです! マヘリアの形見として、ぬいぐるみも受け取った。それも捨てました!」

「そう。ルイスは人形とぬいぐるみを、一緒に捨てた。だけど人形が戻ってきた。……人形『だけ』が、戻ってきたんだ。どうしてだろう」

「だからぼくは、マヘリアの怨念が乗り移ったのかと……」

  ケインはその言葉を、かなり強引に遮る。


「この人形に霊的なエネルギーはない」

 そしてロアリーの方を向いて、問いかけた。

「ねえロアリー。どうして人形『だけ』が戻ってきたのだろう」

「え? 人形とぬいぐるみ……? そっか。何か、違うんだ」

「そうだ。その『違い』こそが、人形『だけ』が戻ってきた理由なんだ。さあ、両者はどう『違う』かな」

「形……じゃ、ないよね」

 ロアリーは頭を抱えて考え込む。その彼女に、ケインは人形を差し出した。

「これを持ってみればわかるよ」

「?」


 恐る恐る、ロアリーは人形を受け取った。しかし、それでも何もわからない。

「……」

「どうかな。人形やぬいぐるみなんてのは、ロアリーのほうが詳しいと思うが」

「わかんないよ…」


 ケインは諦めたように、言った。

「材質の違いさ。ぬいぐるみは、基本的に布と綿でできているだろう? だがその人形は違う。服は布製だが、人形本体はプラスチックだ」

「うん……」

「まだわからない?」

「う」

「やれやれ、だ。ロアリーはもっと、地球環境を勉強すべきだな」

「地球環境!?」

  するとケインが、僅かに笑って、言う。


「ゴミは、分別して出さなきゃ」


 3秒後。


「あははははははは!」

 ロアリーは大笑いしていた。

「わかった! ようやくわかったよ、ケイン!」

「本当に?」

「燃えるゴミと燃えないゴミね! ぬいぐるみは燃えるけど、この人形は、燃えないんだ!」

「OK」

「ルイスは全部、燃えるゴミの日に、出したのよ! だからぬいぐるみは回収されたけど、プラスチック製の人形は回収されなかった。それで、残った人形を、管理人さんが持ち主のルイスの所に戻したのね!」

「まあ、そんなところだろうね」


 ようやくルイスも納得したようで、笑い始めた。

 こちらは爆笑ではなく、床に座り込んで失笑といった感じだ。


 何秒かして。落ちつくと、ケインが言った。

「実際はちょっと違うかもしれない。ゴミの回収業者も、面倒だからまとめて持って行くことが多いだろう。だから……回収業者が来る前に、管理人がゴミ捨て場に来た。そこで燃えないゴミの人形を発見して、ルイスの部屋の玄関前に戻した。ルイスには後で注意しておくつもりだった。……管理人は『規則』がどうのと言ってたから、おそらくこっちのほうが正しいだろう。気になるなら後で聞いておけばいい」

  ルイスは軽く手を振った。

「いえ、もう充分です。ようやく安心しました」


「じゃあ今回の件は、もうこれでいいかな?」

「ええ、ありがとうございます。本当に、もう安心です。これでようやく、落ちついて眠れる」


 するとケインは、ロアリーに視線を投げかけた。

「なあロアリー」

「うん?」

「これから、カフェにでも行かないか?」

「!?」


 ケインからこんな申し出があるのは、初めてだ。ロアリーは、ケインの気が変わらないようにと、即答する。

「うん、もちろん!」

「いつもの、無愛想なウェイトレスがいるカフェでいいかな」

「うん。いいわよ」

「じゃあ……ちょっと頼みがあるんだが」

「ん?」

「席が埋まってると困る。先に行って、俺の席を取っておいてほしい」

「え。あんな寂れたカフェ……」

  席が埋まってるはずない、と、言おうとして。

 ロアリーは気がついた。


 多分ケインは、この後、何かをするのだ。


 要するに、人払い。


「ふぅ……。ま、いいか。わかったわ。じゃあ私は先にいつものカフェに行ってるけど……。ねえケイン。一つだけ、約束して」

「なんだい?」

「絶対にすっぽかさない、って」

  ケインは苦笑した。

「ああ。俺も絶対に行くよ。多分、10分か20分程度で」

 ロアリーは安堵の笑みを浮かべた。約束さえすれば、テロがあろうが市街戦が起ころうが、ケインは必ず来る。そんな人間だ。

「ん! じゃ、私行くよ」

 そしてロアリーは、ルイスに軽く手を振った。

「じゃーね、ルイス。不謹慎かもしれないけど、今日は面白かったよ。マヘリアさんのことで……あまり気落ちしないでね」

「ああ、大丈夫だよ」

「バイト先で、また会おうねっ」

  と、ロアリーは姿を消した。


 部屋に残ったのは、ケインとルイス。数秒間の沈黙の後、ケインは言った。

「ロアリー・アンダーソンは……男たちからは人気があるだろうね」

「そうですね。まあ、女の子から嫉妬されることも多いようですけど」

「彼女の魅力の本質。それは容姿によるものじゃない……と、本人も気づけば、もっとマシになるのにな」

「え?」

「バイト先の、憔悴した知人を。自分には何のメリットもないのに、ケイン・フォーレンと会わせる。その行動や、心が、彼女の一番の魅力なんだが」

「……そうですね」


 またも沈黙。再び、ケインが口を開いた。

「ルイス。ちょっと、言いにくいことがある」

「なんでしょう」

「君は……」


 ルイスを見つめたまま、ケインは言葉を続けた。


「マヘリアさんの事故死と、何か関係があるんじゃないのかな?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ