管理人は、肯いた。
「君だよルイス。君自身が、呪われているんだ」
ケインのこの言葉で、ルイスの顔色が悪くなった。青ざめて、痛々しいほど。
「ねえケイン。そんな、脅かさないであげてよ」
「別に脅かしているわけではない。『除霊師』としては、こう言うしかない」
ケインは玄関前で立ちすくんでいるルイスに、向き直った。
「ルイス。この人形はマヘリアの形見なんだろう?」
「はい、そうです」
「その事実を知っている人間は、どれくらいいるかな?」
「え?」
「君だけ? あるいは誰か友人とか……」
ルイスは何度か肯いた。
「この人形が来てから、友人は部屋に入れてません。でもあの時、マヘリアの部屋に一緒に行った刑事さんたちなら、これが形見の品だと知っているはずです」
「他には?」
「あとは誰も……。いや、帰って来る時に寮の管理人さんに会いました。彼ぐらいかな」
「なるほどね」
「まさか彼らが悪戯でもしてることは……」
「悪戯は、しないだろう」
そう呟くケインに対し、ロアリーは言う。
「ケインは、この人形が戻ってきたってこと、信じるの?」
「つまりルイスの言うことを信じるかどうか、だね」
ルイスは何度も首を振る。
「嘘じゃないです! ぼくは捨てたんです! 本当に、捨てたんですよ!」
「……だ、そうだよ。ロアリー」
「でも、捨てた人形が戻って来るって…おかしいわ」
「ああ、おかしいね。どういう理由で戻ってきたのだろう」
「ケインはどう思うの?」
するとケインは、ロアリーに視線を投げかけた。
「ロアリー。君はどう思う?」
「え?」
「君は今まで、すでに、幾つかの不思議な体験をしてきたはずだ。それを活かして考えるんだ。さて今回は、何をどう考えたらいいのだろう」
ロアリーは迷った末に、答えた。
「本質は、『何故、捨てたはずの人形が戻ってきたのか』かしら」
「いいね」
「でも、何もわからないわ」
ケインは軽く首を振る。
「いい着眼点だよ。捨てた人形が戻ってきた、非科学的だ、で済ませてはいない」
「でも、他は何もわからないもの」
「少しだけ見る角度を変えてみるんだ。いいかい? この人形は『この場所』に戻ってきたわけじゃない。『玄関前』に戻ってきたんだ」
「うん」
「もし霊的なエネルギーが働いているなら。人形は玄関前なんかには来ないよ。ルイスの泊まっているホテルの、枕元にでも現われるさ」
そんなことがあるのだろうか……。ロアリーは疑問に思ったが、怖いので聞かないでおいた。
「……えっと、つまり。今回は、人形が『玄関前』に戻ってきたことが重要なのね?」
「ああ」
ロアリーは何秒か天井を見上げてから…手を叩いた。
「わかった! 人形は、部屋に入ることができなかったんだ! だって鍵がかかってるんだもん」
「いいね! いい発想だ。詳しく言えば、部屋に入るだけの能力か、あるいは意思が、なかった」
ケインにそう言ってもらえて、ロアリーは有頂天だ。
と同時に、頭がクリアになっていく感覚。つい口が滑る。
「そっか……ケインみたいにやればいいのね」
「ん?」
「や、なんでもない。それよりケイン、私、わかってきたよ」
「どんなふうに?」
「人形は戻ってきた。部屋の中ではなく、玄関前に。もう物理的に自然に、戻ってきたのよね」
「ああ」
「ワープしたとか、空を飛んできたとか、勝手に歩いてきたとかじゃない。恐らく……誰かによって運ばれたの」
言ってみてから。当たり前のことだとは思った。だがケインは自然に肯いている。
「よし。あと一歩だ。偶発的なものではなく意図的なもの、という方向性も出た」
「でも。誰が、どんな目的で運んだのかは……わからないわ」
「なるほどね……」
「ケインは、わかるの?」
「幾つかストーリーはあるが、確証はない」
「教えて。どういうものなの?」
するとケインは、唐突に話題をずらした。
「管理人に聞きに行けば、わかるかも」
「え?」
「この寮の管理人だよ。ルイス、案内してくれ」
「……ああ!」
ロアリーも納得した。そう、人形が『誰か』の手によって運ばれたのなら、その現場を管理人が目撃しているかもしれない、ということだろう。
「そっか。行こうルイス」
ロアリーはなんだか楽しい気分だった。うまくすると、謎解きの瞬間に立ち会えるかもしれない。
やや青ざめているルイスの肩を、軽く押す。
「わかった……」
ルイスの案内で、管理人室へと辿り着く。ケインがドアをノックすると、白髪の老人が出てきた。
「はい。どちら様?」
「区役所の方から来ました」
堂々と言うケインだ。
「ほぅ、区役所の……。で、何かご用ですか?」
「一つ、お聞きしたいことがありまして」
「はい」
その後の、ケインの言葉。
「ルイス君の人形を移動させたのは、貴方ですか?」
それから、管理人の返答。
「あぁ、はい。そうです」
そしてルイスとロアリーの方へ向き直り、ケインが一言。
「世の中。大抵は、こんなものさ」