除霊師が、やってきた。
「ありゃ? ルイスじゃない?」
ロアリー・アンダーソンが道端で偶然会った青年。ルイス・スタニファーだ。
彼とはアルバイト先での知人である。最近、彼の恋人が事故死したという話は既に聞いているが。
「あぁ、ロアリー。久しぶり……」
「なんだか具合悪そうだけど……大丈夫なの?」
確かに恋人に死なれたら具合も悪くなるだろうが。
その恋人の事故死直後よりも、ルイスは調子が悪そうだ。かなり、やつれている印象を受ける。
「ねえルイス。本当に平気? なんだか、悪霊に憑かれているみたいな感じよ」
思ったことを何気なく言うと、ルイスはビクッと反応した。
「そう……。呪われてるのかもしれない……」
「どういうこと?」
「マヘリアの形見として人形を貰った。でも置き場に困るし、もうマヘリアのことは忘れようと思って、その人形を捨てることにしたんだ」
「うん」
「そしてぼくは、捨てた。確かに、人形を捨てたんだ。だけど…」
「だけど……?」
「捨てたはずの人形が、帰ってきた」
一瞬の沈黙。ロアリーは無理矢理に笑った。
「なによ、それ。本当のこと?」
ルイスは怯えたような顔つきでロアリーのことを見る。
「本当だよ! 何かの間違いとか、誰かの悪戯かと思って、もう一回捨てたんだ。でも……また人形は戻ってきた」
「……」
「一体、何なんだあの人形は……。ぼくは超常現象なんて信じてなかったけどね。もう、どうしようもない。あの人形のいる寮には帰れないし、最近はホテルに泊まってる。でもお金に余裕があるわけじゃないし。一体、これからどうしたらいいのか……」
うなだれるルイス。ロアリーは眉を潜めて、聞いた。
「捨てたはずの人形が、勝手に戻ってきた。ねえ。それって、本当に、本当?」
「そうさ!」
「んーとさ。ダメかもしれないけど……私の知り合いでね、占いだとか、除霊だとか、妖しいことができる人がいるよ。相談してみようか?」
「それってどんな人なんだい?」
「えーと、ケインっていうの。ケイン・フォーレン」
するとルイスが、目を大きく見開いた。
「ケイン!? ケイン・フォーレン!? ロアリーはケインのことを知っているのか? いや、彼がどこにいるのか知っているのかい!?」
「ちょ、ちょっと待って。ルイスって、ケインと知り合いなの?」
「いや、面識はない。だけどケインって人は、ぼくの大学の研究室にも出入りしてる。なにより、女の子が噂してる。占いがよく当たるって評判だ。神父と組んで悪霊を退治したなんて話も聞いたことがある。だけど神出鬼没で、どこに現われるか、どうやったら会えるかがわからないって……」
どうやらケインは、ロアリーの知らないところでも、よくわからない活動をしているようだ。
「んー。私は、ケインとはよく会うよ。彼が住んでる場所も知ってるけど……」
「じゃあ決まりだ! お願いだロアリー。彼に会わせてくれないか? あー、でも費用がどれくらいかかるんだろう……」
「よくわからないけど、あまり、おカネじゃ動かないみたい。気が向いたらなんでもやる、っていう感じのスタンスだったわ」
「なら頼むよロアリー。是非、彼に相談させてほしいんだ!」
……
「と、いうわけでさ。連れてきちゃったんだけど…」
ロアリーが申し訳なさそうに言うと、ケインは手をひらひらさせた。
「あー。まあいいさ。面白そうだし、構わないよ。じゃあルイス、と言ったね。君から直接、細かい話を聞きたいんだが」
ルイスは安心したように、肯いた。
「ええ。それより……費用はどれほどかかりますか? ぼく、そんなに金持ちなわけじゃないんで……」
「俺は他のところと違っててね。費用は『時価』になる」
「『時価』……」
「大抵は実費程度でいい。ゼロの時もある。だが俺のことを、何か別の意図で勝手に利用した場合、なかなか法外な金額を吹っかける場合もある。そんな時は、怖いお兄さんたちが家や職場まで怒鳴り込みに行くから、そこはよろしく」
「……」
無言のルイスを見て、ケインは軽く笑った。
「ああ、今回はロアリーの紹介だろう? じゃあ実費でいいよ。あとは時給…法定額の最低時給をプラスさせてくれればいい。ホテル代2日ぶんもかからないだろう」
「それなら、お願いします」
そしてルイスは。喋り出した。
恋人、マヘリアが『事故死』したこと。
その遺品として、人形とぬいぐるみを仕方なく貰ったこと。
それらを捨てたのに、人形だけが戻ってきたこと。
もう一度捨てたけど、また戻ってきたこと…。
「OK、だいたいのところは理解した。ルイス君。君はその人形が『呪われて』いると、思ったんだな?」
「はい。マヘリアが、一人で死ぬのは寂しいからって、あの人形に乗り移ったとか。いや、ぼくだって別に、超常現象を信じてるわけじゃないんです。でも、今回ばかりはどうにも……」
「じゃあ俺は今回、どうすればいいんだ? その人形が、二度と戻ってこないようにすればいいのかな?」
「ええ、はい、そうです」
「破壊しちゃダメなのか?」
ルイスと、ロアリーも沈黙する。
「こ、壊して、もし祟られたら…」
「じゃあ『除霊』すればいいのかい?」
「そう、そうです」
「つまり今回の俺の肩書きは『除霊師』ということでいいわけだな」
「ええ」
ロアリーはちょっと首を傾げた。
「そんなに肩書きって重要なの?」
「ああ。重要だ」
「除霊師だろうが探偵だろうが便利屋だろうが、関係ないと思うけど……」
するとケインは首を振る。
「今回。俺の肩書きは、一番重要な問題になるかもしれない」
ロアリーにはよくわからなかった。そういうものなのだろうか。
「じゃあとりあえず……その『人形』を見に行こう。今すぐで、問題は?」
「いえ、大丈夫です」
「よし。それで……ロアリーはどうする?」
ロアリーは恐る恐る、答えた。
「ついて行っていいの?」
「無給で良いのなら」
「やったぁ! もちろん、行くよ。もともと私が紹介したんだもん。どうなるか、知りたいし」
結局、三人で外へ出ることにした。
ルイスの案内でぶらぶらと歩き、彼の学生寮に到着する。ケインは感心したように、呟いた。
「ほぅ、寮住まいなのか」
「ええ」
「じゃあ、寮長とか、管理人もいる?」
「いますよ。あまり交流はありませんけど」
「君の部屋は」
「こっちです。ここ、ここです」
ルイスは玄関の鍵を開け、二人を部屋の中へ招き入れた。
ケインは真っ先に、その『人形』を見に行く。それは部屋の一番奥に置かれていた。
「ルイス。人形は『戻ってきた』と言ったね。それは、『ここ』に戻ってきたのかい?」
「いえ、玄関前に」
「それを部屋の中に運んだのは君かな」
「ええ。でも薄気味が悪くて、この一週間、この部屋には来てません。今はホテルにいます」
ケインは人形を手に取り、観察していた。
プラスチック製の、精巧な女の子の人形。衣装はどこかの国の民族衣装だ。
「どう? 何かわかった?」
ロアリーが聞くと、ケインは軽く肩をすくめた。
「この人形は普通のものだ。特に霊的なエネルギーは感じない」
「霊的なエネルギーって…」
「ルイス。君はこの人形が『呪われている』と思ったようだが、それは違う」
そして、玄関の入り口で佇んでいるルイスに向かって、ケインは言った。
「もし『呪い』があるとするなら。それはこの人形に、ではない」
「と、言うと……?」
「君だよルイス。君自身が、呪われているんだ」