警察が、見に来た。
翌日は、何も起こらなかった。
その次の日の夕方、ルイスのいる学生寮に二人の刑事がやってきた。
彼らはマヘリア・ノーランドが死亡したことを告げると、ルイスにいろいろな質問を浴びせてきた。
ルイスは全てに、正直に答えた。唯一つ、あの晩マヘリアの部屋に行ったという事実を除いて。
「それで結局……マヘリアはどうして死んだんですか? あるいは殺された?」
「職場の……パブの同僚が見つけてね。どうやらマヘリアはかなり酒を飲んでいたらしい。調査中だ。泥酔して転倒、頭を打ったのかもしれないし、誰かに殴られたのかもしれない。ルイス君。君はあそこにはよく行くのかな?」
週に一度か二度は行く……と答えそうになってから、眉を潜めた。
「ほとんど行ったことはありません。酒を飲むなら、彼女の部屋に行きますから」
刑事は何度か肯く。
「ああ失礼。言ってなかったかな。マヘリアさんは店ではなく、自室で死んでいたんだ」
ひっかけだ。どうやら警察も誰彼構わず疑っているようだ。
「あ、彼女の部屋のほうなら、よく行きますよ。だいたい週に一度は必ず。多くて二~三回」
「なるほど……。ところで、君は彼女がマリファナを常用していたことを知っているかな?」
ルイスは軽く唇を噛んだ。
「知ってました」
「では何故、そのことを警察に言わなかったのか?」
「彼女を……売ってしまうような気がして。やめておけ、とは何度か忠告しましたけど」
「その君は、マリファナを使っていたかね?」
ここは 意図的に、返答を遅らせた。
「……いいえ」
刑事は軽く鼻で笑った。当然、信じてはくれないようだ。
「まあ、麻薬関連は我々の管轄外だ。だがルイス君。君の将来のために、あまりドラッグには手出しをしないことを薦めておく」
「はい」
また何か聞きに来るので、すぐ連絡がつくようにしておいてくれと言い残すと、刑事たちは帰って行った。
次に刑事たちが来たのは、二日後だった。彼らの質問内容は、以前とほとんど同じ。
捜査がどうなっているのか率直に聞いてみると、今はどうやらマヘリアの浮気相手や、マリファナの仕入れ相手のほうを調べているとのこと。
彼女の浮気、というのは気になったが、ルイスとマヘリアの関係はいつもそうだ。くっつきすぎず、離れすぎず。
その次に刑事たちが来たのは、三日後。彼らはルイスを、マヘリアの部屋へ同行するように求めた。
ルイスは緊張しながら、刑事たちの車に乗り込んだ。すぐにマヘリアの部屋へと到着する。
そこで刑事は、マヘリア・ノーランドは事故死したという調査結果を報告した。
「そういうわけで……この事件は我々の管轄から離れたわけだが。一つ、問題が残った」
「問題と言うと?」
「ノーランドさんの遺産だ」
マヘリアは財産を持っていただろうか。確か、天涯孤独と言っていたが。ルイスはぼんやり考える。
「マヘリアの、遺産相続でモメているんですか?」
「いや、彼女の親族が見当たらなくてね。遠縁に叔父がいることはいたが、互いに会った事もないらしい」
「遺産は、その叔父が受け継ぐことに?」
「いいや、それがね。彼は全ての遺産の相続を放棄した。もし相続した場合、借金があるとその部分も相続することになるからね」
そういうものなのか。
「じゃあ、マヘリアの遺産はどうなるんですか?」
「ルイス君。今日はそのために君を呼んだんだ」
「は?」
「彼女の財産は国庫に入る。家具やら小物やらも、業者に頼んで全て引き取ってもらう。まあ、たいした金額にはならないだろうがね」
「はぁ」
「だからだ、ルイス君。この部屋にある物で必要な物は、君が自由に持っていくといい。恋人同士で買った物もあるだろうし」
警察も、なかなか豪気だ。とは言ってもマヘリアの部屋で、特に欲しい物はなかった。家具や電化製品も、特に高い価値の物はない。
「別に……必要ないですよ」
「形見の品も、いらないのかな?」
確かに。一応は、恋人が死んだのだ。何か形見を貰っておくほうが正しい姿勢だろう。
「この人形なんてどうだ? なかなか価値がありそうじゃないか」
と、刑事は一体の人形を指差した。精巧にできた、少女の人形。
マヘリアの意外な少女趣味。周囲にある、布製のぬいぐるみとは全く違った存在。
人形本体はプラスチック製だろうか。衣装は、どこかの国の民族衣装だ。
確かマヘリアは、この人形を「事故死した母の形見」と言っていた。安物でないことは確かだ。
「じゃあ……これを頂きます」
「ついでに周りのぬいぐるみも持って行ったらどうだ。一人じゃ人形も寂しいだろうし」
刑事がそう言うので、仕方なくルイスは肯いた。熊や猫、犬のぬいぐるみだ。
刑事たちの車に送られて、ルイスは学生寮へと戻った。そこで刑事たちとは別れる。
ルイスは片手に人形、そしてもう片方の腕でぬいぐるみを抱えると、寮の自分の部屋へと歩いた。
その途中、通路で学生寮の管理人に会った。
彼は白髪の老人だ。普段はあまり愛想が良くないが、実直な性格なことは確かだ。
「ああ、スタニファー君。この前、恋人が事故死したそうじゃないか。調子はどうかな」
「大丈夫ですよ」
「その人形は……形見の品かな?」
「ええ。引き取り手がないから、しょうがなく、ですけど」
「気落ちしないように」
「はい」
管理人に頭を下げ、寮の自分の部屋へと戻る。
鍵を閉め、人形とぬいぐるみを手近なところへ置く。
ため息をつき、ベッドへと倒れ込む。
「マヘリア・ノーランドは殺されたんじゃない。事故死なんだ」
呟いて、深呼吸。
今晩はようやく、ぐっすりと眠れそうだ。
……
翌朝。少し考えた末、マヘリアの形見の人形やぬいぐるみは、捨てることにした。
もうマヘリアとは縁を切ったのだ。今後の新しい人生に、彼女の影があってはならない。
それに「殺人現場」にあった人形やらぬいぐるみを置いておくのも気持ち悪い。
だから。
ルイス・スタニファーは人形とぬいぐるみを、寮のゴミ収集場に、捨てた。
全てが、これで全てが終わったのだ。
ルイスは大学での授業中、新たな人生が始まることを信じて疑わなかった。
だが。
大学から寮へと帰ってくると。
今朝、捨てたはずの人形が。
人形だけが。
部屋の前に、戻って来ていた。