表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

警察が、見に来た。

 翌日は、何も起こらなかった。

 その次の日の夕方、ルイスのいる学生寮に二人の刑事がやってきた。

 彼らはマヘリア・ノーランドが死亡したことを告げると、ルイスにいろいろな質問を浴びせてきた。

 ルイスは全てに、正直に答えた。唯一つ、あの晩マヘリアの部屋に行ったという事実を除いて。


「それで結局……マヘリアはどうして死んだんですか? あるいは殺された?」

「職場の……パブの同僚が見つけてね。どうやらマヘリアはかなり酒を飲んでいたらしい。調査中だ。泥酔して転倒、頭を打ったのかもしれないし、誰かに殴られたのかもしれない。ルイス君。君はあそこにはよく行くのかな?」

 週に一度か二度は行く……と答えそうになってから、眉を潜めた。

「ほとんど行ったことはありません。酒を飲むなら、彼女の部屋に行きますから」

刑事は何度か肯く。

「ああ失礼。言ってなかったかな。マヘリアさんは店ではなく、自室で死んでいたんだ」

 ひっかけだ。どうやら警察も誰彼構わず疑っているようだ。

「あ、彼女の部屋のほうなら、よく行きますよ。だいたい週に一度は必ず。多くて二~三回」

「なるほど……。ところで、君は彼女がマリファナを常用していたことを知っているかな?」

  ルイスは軽く唇を噛んだ。


「知ってました」

「では何故、そのことを警察に言わなかったのか?」

「彼女を……売ってしまうような気がして。やめておけ、とは何度か忠告しましたけど」

「その君は、マリファナを使っていたかね?」

 ここは 意図的に、返答を遅らせた。

「……いいえ」

 刑事は軽く鼻で笑った。当然、信じてはくれないようだ。

「まあ、麻薬関連は我々の管轄外だ。だがルイス君。君の将来のために、あまりドラッグには手出しをしないことを薦めておく」

「はい」

 また何か聞きに来るので、すぐ連絡がつくようにしておいてくれと言い残すと、刑事たちは帰って行った。


 次に刑事たちが来たのは、二日後だった。彼らの質問内容は、以前とほとんど同じ。

 捜査がどうなっているのか率直に聞いてみると、今はどうやらマヘリアの浮気相手や、マリファナの仕入れ相手のほうを調べているとのこと。

 彼女の浮気、というのは気になったが、ルイスとマヘリアの関係はいつもそうだ。くっつきすぎず、離れすぎず。


 その次に刑事たちが来たのは、三日後。彼らはルイスを、マヘリアの部屋へ同行するように求めた。

 ルイスは緊張しながら、刑事たちの車に乗り込んだ。すぐにマヘリアの部屋へと到着する。

 そこで刑事は、マヘリア・ノーランドは事故死したという調査結果を報告した。


「そういうわけで……この事件は我々の管轄から離れたわけだが。一つ、問題が残った」

「問題と言うと?」

「ノーランドさんの遺産だ」

 マヘリアは財産を持っていただろうか。確か、天涯孤独と言っていたが。ルイスはぼんやり考える。

「マヘリアの、遺産相続でモメているんですか?」

「いや、彼女の親族が見当たらなくてね。遠縁に叔父がいることはいたが、互いに会った事もないらしい」

「遺産は、その叔父が受け継ぐことに?」

「いいや、それがね。彼は全ての遺産の相続を放棄した。もし相続した場合、借金があるとその部分も相続することになるからね」

 そういうものなのか。

「じゃあ、マヘリアの遺産はどうなるんですか?」

「ルイス君。今日はそのために君を呼んだんだ」

「は?」

「彼女の財産は国庫に入る。家具やら小物やらも、業者に頼んで全て引き取ってもらう。まあ、たいした金額にはならないだろうがね」

「はぁ」

「だからだ、ルイス君。この部屋にある物で必要な物は、君が自由に持っていくといい。恋人同士で買った物もあるだろうし」


 警察も、なかなか豪気だ。とは言ってもマヘリアの部屋で、特に欲しい物はなかった。家具や電化製品も、特に高い価値の物はない。

「別に……必要ないですよ」

「形見の品も、いらないのかな?」

 確かに。一応は、恋人が死んだのだ。何か形見を貰っておくほうが正しい姿勢だろう。


「この人形なんてどうだ? なかなか価値がありそうじゃないか」

 と、刑事は一体の人形を指差した。精巧にできた、少女の人形。

 マヘリアの意外な少女趣味。周囲にある、布製のぬいぐるみとは全く違った存在。

 人形本体はプラスチック製だろうか。衣装は、どこかの国の民族衣装だ。

 確かマヘリアは、この人形を「事故死した母の形見」と言っていた。安物でないことは確かだ。


「じゃあ……これを頂きます」

「ついでに周りのぬいぐるみも持って行ったらどうだ。一人じゃ人形も寂しいだろうし」

 刑事がそう言うので、仕方なくルイスは肯いた。熊や猫、犬のぬいぐるみだ。


 刑事たちの車に送られて、ルイスは学生寮へと戻った。そこで刑事たちとは別れる。

 ルイスは片手に人形、そしてもう片方の腕でぬいぐるみを抱えると、寮の自分の部屋へと歩いた。


 その途中、通路で学生寮の管理人に会った。

 彼は白髪の老人だ。普段はあまり愛想が良くないが、実直な性格なことは確かだ。

「ああ、スタニファー君。この前、恋人が事故死したそうじゃないか。調子はどうかな」

「大丈夫ですよ」

「その人形は……形見の品かな?」

「ええ。引き取り手がないから、しょうがなく、ですけど」

「気落ちしないように」

「はい」


 管理人に頭を下げ、寮の自分の部屋へと戻る。

 鍵を閉め、人形とぬいぐるみを手近なところへ置く。


 ため息をつき、ベッドへと倒れ込む。


「マヘリア・ノーランドは殺されたんじゃない。事故死なんだ」

 呟いて、深呼吸。

 今晩はようやく、ぐっすりと眠れそうだ。


……


 翌朝。少し考えた末、マヘリアの形見の人形やぬいぐるみは、捨てることにした。

 もうマヘリアとは縁を切ったのだ。今後の新しい人生に、彼女の影があってはならない。

 それに「殺人現場」にあった人形やらぬいぐるみを置いておくのも気持ち悪い。


 だから。


 ルイス・スタニファーは人形とぬいぐるみを、寮のゴミ収集場に、捨てた。


 全てが、これで全てが終わったのだ。

 ルイスは大学での授業中、新たな人生が始まることを信じて疑わなかった。


 だが。

 大学から寮へと帰ってくると。


 今朝、捨てたはずの人形が。


 人形だけが。


 


 部屋の前に、戻って来ていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ