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殺戮の天使  作者: 庭庭
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天使と悪魔

さて、再び繁華街を林檎を齧りながら見て周ると、周りより黒い影が見えた。その影は見覚えがある。そして私は、自分よりも強く大きい猛獣を見た鼠のように戦慄してとっさに近くの路地裏に隠れた。だけど、相手も私に気づいたようで、猛獣は目をギラつかせて堂々と近づく。

「やあ、可愛いお嬢さん。こんなところでなにをしてるのかな?」

嫌らしそうにニタニタと笑いながら近づく一定のリズムを刻む靴の音は、私の危機へのカウントダウンのようだ。

どこにも隠れるような場所はないし、行き止まりだし、さっきまでの私の余裕はすっかり影をひそめ、顔には冷や汗が一筋流れた。

やがて、建物の間に薄く差し込む明かりに照らされて、悪魔が顔を見せた。

「可愛い哀れなお嬢さん。今宵は月が見えませんね。どうです?一緒にいいところにいきません?」

「私はもう純粋に天使と呼べるような代物じゃない。なぜ私をつけねらう。」

「だって、いきなり人間を引き込んだって、気が狂って死んじまうもの。それに天界のやつらは凶暴だしな。」

靴の音が響き近づき、そして悪魔は私を掴んで引き寄せた。

手首を掴まれて、私の自由は今、ほぼ奪われたと言って過言ではない。どんなに振り抗っても悪魔は手を離してくれない。

「ミロ。俺たちと一緒に来ないか?」

「嫌だ。私は堕天などしたくないと言っているのが分からないか、タンタシオン。」

「名前を覚えていてくれてるのかい?

けどそう言ったって、お前はもう堕天してるようなもんだろ。違うな、堕天させられたと言った方がいいかな。人の世は飽きただろう?」

耳元でタンタシオンが囁く。悪魔という職業柄、揺すりや誘惑がうまい。耳元でこんな甘くとろけるような声で囁かれたら、人間の心なんてあっという間に奪われるだろうね。

「お前をそうした奴らに仕返ししようぜ。お前が堕天するだけで俺たちはお前の味方になってやるよ。一人で1000年もここにいたら、さすがに寂しいだろ?なあ。」

牙を光らせて、タンタシオンはそっと片方の手首を離し、私の首を掴んだ。私の味方をすると言ってはいるが、本当は私の力が欲しいだけというのは知っている。

私が天使としていた時、神から私に与えられた力は重力を操る力だった。他のどの天使には無いこの力をなぜ与えられたのか分からないが、この力で悪魔は天使を無理やり地上に落とそうとしているらしい。そしてあわよくば魔に飲み込もうとしている。

タンタシオンが私の髪を撫でて、そして口付けをした。そして、もう一度私に堕天を誘惑をする。

だけど私は屈してはいけない。主人のため、私を地上に落とした輩のために。

「へえ?やっぱりミロは強いね。これで大抵の天使も堕ちるのに。君の忠誠心にはほとほと感心するよ。」

「私が堕天しないのは分かっただろう?さっさときえろ。」

もう片方の手を自由にするべく私はもがいたが、タンタシオンは離してくれない。心なしかさっきよりも強く握りしめられている気がする。

「天使もどき人間もどきのお前が、俺に指図するんだ?」

甘い声で、だけど奥で闇が渦巻いているような声で、タンタシオンは不気味に笑う。私は身の危険を感じて、無意識に場の重力を強くした。近くに無造作に置かれた箱やゴミが、反抗することもなにもすることなく実に素直に潰れていく。タンタシオンも少し膝を落とし、重力に抗う。だけど、タンタシオンのだけど手はまだ離してくれない。

「そうだ。この力だ。俺たちはお前が欲しいんだ。」

目を開き、狂ったようにタンタシオンは笑い出す。そして私の手首に爪を突き立てた。悪魔の爪には微量ながら毒が含まれていて、それが傷口を焼くように痛めつける。熱く鋭い痛みに耐えかねて私は悲鳴をあげ、そして重力の的をタンタシオン周辺まで絞り込んだ。

だけど人の身では限界があって、絞り込んだ直後に私は膝を地について息を荒げる。タンタシオンはまだ片手を離さない。ぶら下がるように私は力なく地べたに座り込んだ。

「相変わらず君の力は羨ましい。掟がなければこのまま連れて行けるのに。」

「悪魔が勝手に人や天使を連れて行ったら......」

肩で息をしながら、私は窮鼠のようにタンタシオンを睨みつける。

天界が崩れても地獄はただ喜ぶだけだが、餌となる魂の飼い葉桶である人間界が崩れると、地獄も何もかもがぶち壊れてしまう。

もちろんそのことはタンタシオンも分かってるようで、重力が元に戻った地の上で再び背筋を伸ばして立ち上がり、そして座り込んでいる私を突き飛ばした。随分とあっけなく、みっともなく私は転がる。

「か弱い堕天使もどきの天使もどき。完全に人にすらなれないお前をずっとこうしておいてもいいんだぜ?だって、ずっと付きまとってたらダメなんて誰も言ってないんだからな。」

「それはただの屁理屈だ。あと、私はこの身であろうがなんであろうが、たとえ蛇にされたとしても悪魔になんてならない。覚えておけ。私はまだ主人に使える身だ。」

怒りを込めて、地面に手を強くつき、猫のように全身の気を逆立てて私は睨みつける。タンタシオンは不機嫌そうに舌打ちをして顔をしかめ、そして私に目線を合わせるためにしゃがむ。

「その忠犬っぷりは相変わらず変わらないな。今日のところは引き上げるが言っておく。俺たちはいつでも待ってる。寂しくなったら来い。」

いつでも待ってると言い残し、タンタシオンは影の中に身を引いた。なにか策略でもあるのかと、私はしばらく気を引き締めて全身の感覚を鋭く研ぎ澄ませ、辺りをうかがう。しかし、全くそれらしいものはないし、私はようやく解放されたと安堵のため息をついて立ち上がる。

「...堕天使もどきの天使もどきか。人にもなれない。」

もうそんなことを言われるのには慣れてしまってなんとも思わない。葉を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中。滑稽な人を観察するのも目的だが、私はこうして人のごった返した場所や繁華街を出向いて悪魔から身を隠していた。だけどそれは気休め程度にしかならないらしい。

私がさっき人ごみの中から悪魔を見つけた理由は、悪魔からは人ならぬ禍々しいオーラが出ている。一目瞭然のそのオーラは、天使であった時はもっと遠くからでも感知できたが、今は少しだけ難しい。

逆に、悪魔側からも私を見つけることなんて簡単で、赤林檎の中から青林檎を見つけるように探せばすぐ見つかる。

「林檎...ダメになってしまったな。」

私のすぐそばに転がる食べかけの青林檎を拾い、そして見えない月夜の空に掲げて眺めた。

欠けた青い林檎は、寂しさ、心の穴、未熟さ、そして悲しさを表しているようだった。

じっと見ているとなんだかそれは私のように見える。目を閉じてため息を一つつき、さっき重力で潰してしまったゴミ箱を直して私はその中に青林檎を放り投げた。仕方がないから新しい青林檎を買おう。

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