幼年期 4
時の経つのは早いです(汗
そうして産まれて2年目の事、遂に下の子が妊娠したという情報を得た。
やっと次が孕んだか……早く産まれて抜いてくれ。
オレは魔法が使えないと思われていて、数日散歩したら数日寝たきりになる虚弱児と思われている。
なので妊娠のお知らせで城内の者達の関心はそっちに流れ、オレへの監視が薄くなってありがたい。
掻い潜るのも並大抵じゃなかったけど、これからは楽になると思われた。
【封印】魔法の開発で、リアルな虚弱児の演出が楽になった。
溢れ出る勢いの身体能力のセーブにそれを用い、99パーセントのセーブで実になめくじのように……もう芝居は要らない。
よろよろと歩き、そのまま散歩になり、ふらふらと壁によりかかり、はぁはぁと呼吸が荒い。
これはきついな。
いかに強大な身体能力になったと言えども、僅か1パーセントになってはまともに動けないぞ。
それで30日ぐらい経ってかなり慣れた頃、遂に千分の一の封印率にする。
そしてまたしてもなめくじ生活の始まりである。
元々、抑えに抑えて限界を覚えて開発した魔法なので、もっともっと可能なはずだ。
そのコンセプトのままに万分の一にまで制御して、普通に歩けるようになる。
ここから先が本当の修練と、十万分の一の世界に突入する。
ああ、なめくじ君こんにちは。
今度はさすが力を込めないと……込めないと……込めても動かねぇぇ……
うーうーうなりながら、必死で起き上がり、プルプルしながら必死で歩く。
これはちょっとやり過ぎたか……
それでもそれを継続し、何とか歩けるぐらいにまでやれるようになる。
毎日、ふらふらと歩く皇子の事は、既に落ちこぼれ認定されているという噂になっていた。
周囲の音をマナの波に乗せて運ぶ【盗聴】の確立である。
その中から必要な音以外を遮断して特定し、それを聞いて情報源とする。
散歩しながらの情報収集の結果、自分の立ち位置を知るに及ぶ。
もっとも、それに不服は無い。
宰相や大臣には悪いけど、オレは王になる気は無いんだよ。
それは城下での情報収集で分かったんだけど、この国は魔族の国であり、その王は魔王だとね。
周辺各国での調査でも分かったんだけど、かつて勇者が召喚された事があるらしい。
そしてまた召喚の儀が成されるようで、宮廷の魔術師達は必要なマナを召喚装置に貯めているとか……
まだまだ先になるらしいが、それでも貯まれば勇者召喚になるのだろう。
その時のターゲットがオレとか冗談じゃない。
だからオレはいち抜けたって事さ、悪いな。
【分解】魔法を確立させた。
これは放たれた魔法を分解し、マナとして吸収するスキルと言えば良いか。
だから厳密に言うと魔法じゃないかも知れないんだけどな。
マナの流れを知り、魔法の核への攻撃でバラバラにして、元のマナの状態にして吸収する。
だから同時に【吸収】魔法も確立したと。
もっとも、吸収魔法は注入魔法の関連ですぐに確立したけどな。
そんでもって実地検証をしたんだ。
ぶっつけ本番は少し心配だったけど、人族の魔法を解析し、分解して我が身に【融合】させる……成功しました。
産まれてもうじき3年目だけど、弟がもうじき産まれそうなのだ。
え? 性別? そんなの腹の中の探査で分かるよ。
足が3本だったから、あれは間違いなく男だ。
『産まれましてござります』
『どっちだ』
『ははっ、立派な男児なれば』
『いよいよ競争になったな』
『ははっ』
既にレベルも50を越え、十万分の一で当たり前にハントがやれるようになっている。
本当はもっと絞りたいけど、そろそろ廃嫡劇の始まりだろうから、しばらくこのままで居ようと思っている。
警報魔法を身代わり君に付属させてある。
夜の訓練の時には寝所に寝かせて転移で離れ、と言った按配になっている。
その日も同様にやっていたんだけど、警報が発令される……ああ、宰相さんね。
宰相さんが部屋に着くまでに……転移して身代わり君をボックスに突っ込み、そのままベッドに潜り込む。
今のオレの探査範囲は既にこの大陸全土に及び、何処にでも転移が可能になっている。
もちろん、詳細な場所は無理だけど、野原の一角とか大広間の中央とか、ざっくりとした転移なら可能だ。
それはともかく……寝た振りしていると、宰相さんが独り言のようにオレに話しかける。
『既に弟皇子は初歩の儀を終えられました。産まれて2日にして……このままでは兄皇子、貴方は……』
たった2日で起きたのか、それじゃ身体も大した事はあるまい。
どうやらあの赤い液体は、身体の構造を強化する効果があるらしい。
それと共に魔力の増強を促し、生命力の強化など、あらゆる強化が成されるようだ。
半年飲み続けたオレは、既に十万分の一にセーブされて、それでも普通に動けるぞ。
お前がどれだけ強くなれるのか知らんが、オレの限度はもっと上かも知れん。
恐らくその強靭さにも関係していると思うんだけど、たった2日で本当に良かったのか?
『後は魔法だけでござりまする。何とか先に、感じられれば……そうしないと、貴方様は……』
さて、どうなるのかな。
恐らく次期王の候補から転落ってとこだろうけど、そのほうがオレはありがたいぞ。
どのみちそんな大層な地位とか欲しくもないし、地位に伴う学識や責任はあるだろう。
一番嫌なのは自由が無い事だ。
もし自由があるなら、オレの顔を見に来るぐらいはしても良いだろう。
産まれてこのかた、玉座のあいつがこの部屋に来たのは初日だけだ。
後は報告だけで来ようともしない。
それにそもそも魔王だしな。
討伐対象にされるのはごめんだよ。
『もし、弟皇子が先に会得した場合、貴方様は離れに幽閉される事になってしまうでしょう』
おお、そいつはラッキーだな。
あそこなら多少、魔法を使っても問題無いし、そもそもあの庭は周囲が断崖絶壁。
つまり外に面している。
狩りをやるには最適なロケーションってとこだ。
しかも身代わり君を限界魔力で据えておいても、発覚する事は恐らくあるまい。
よしよし、弟よ、頑張ってオレを抜いてくれ。
☆
嘘は嫌だけど、もやもやを感じたと言ってみた。
それは弟が感じる数時間前の事。
先にオレのところに宮廷魔術師が来てさ、最後通牒のように聞くんだ。
だからつい……
「もやもやは感じるかね」
「はい、何となく」
「それは本当か」
「何となくです」
「そうか」
どうにも疑っているのがミエミエなんだけど、それはオレの魔力は感じられないからだろ。
ちゃんと隠蔽してあるから……例の十万分の一ってのは魔力にも及ぶんだ。
更に言うなら、レベルも50は超えているはずなのに、表記では1に戻っているんだ。
ああ、レベルにも封印魔法が適用されちゃったんだね。
だから最低のレベル1の表記になったんだろう。
この表記を2にする為には、レベル20万にしないと無理っぽいね。
さて、十万分の一になったオレの魔力だけど、それでも不思議と点火はした。
大仰な呪文でマッチのイメージで、眼前のわら束に……ぽわっ……
『皇子が、皇子が遂に、魔法を発動しましてござりまする』
『うむ、既にあやつも掴みかけておるらしいの』
『そ、そう……ですか』
『それで、どれ程の発動じゃ』
『そ、それは、未だ、些少なれど』
『あやつが掴んで後、どれ程の威力を出せるか、それで決まろうの』
『それ程に……』
『うむ、中々に頼もしき魔力を感じるのでの』
『そう……ですか』
『諦めぃ、ワシは既に諦めておるのじゃから』
『し、しかし……』
マッチの威力の精密コントロール……狙ったわらに命中させる。
魔法の時間はそればかりやっていたけど、皆さん威力の事しか関心が無いっぽいね。
誰もオレの意図に気付かないんでやんの。
これが正確にやれるならさ、対人で相手の鼻の穴を狙ってさ、鼻毛を焼いてやるとかさ。
魔法とも思えないような魔法が使えたら、それは魔法が使えないって触れ込みでもいけるはずだ。
バレない魔法こそ、対策されない魔法。
これが今のオレの目標になっている。
そんな訳で、火の次は水の魔法だ。
マッチの火が灯り、それを狙って水の魔法。
水滴の威力でそれを消す。
任意のわらにマッチの勢いで点火、そして水滴の勢いで消す。
それが何とかやれるようになり、日々そればかりを研鑽していた。
よしよし、かなりの熟練になったかな……ぼわっ……うおっ、何だ何だ……ああ、弟か。
オレの修練の残骸を消してくれてありがとう。
見られたらバレるかも知れない、精密発動の残骸をまとめて焼いてくれてありがとう。
こげ跡で名前を書いてたから、少しヤバかったのよ。
「何あの小さな火、あれが兄様の全力?」
「うん、そうだね」
「あんなの魔法じゃないよ」
「うん、そうだね」
「僕が次の王様で良いね」
「ああ、それで良いよ」
「本当にそれで良いのだな」
「はっ、宜しゅうござりまする、父上」
「そうか」
そしてオレの部屋をあいつが使う事になり、オレは離れ住まいになった。
離れと言うのは城の中じゃないんだ。
実はここ、領地の外れにある、別荘みたいな場所なのさ。
洞窟を活用した場所でさ、かつてオレみたいな出来損ないを幽閉した場所らしい。
そいつは空とか飛べるはずもなく、入り口を閉じられたら何も出来なかったらしい。
食料は保存系の食料で、毎月投入されるようになっている。
もはや幽閉なので誰も傍に寄り付かず、オレはやっと1人になれたんだ。
どうやら弟が成人するまでの保険としての立ち位置になるらしく、玉座に座れば用無しになるとか。
恐らくその頃に殺されるんだろうと思うけど、今の身代わり君の性能はかなり高いよ。
それはもうアンドロイドか何かのように、必要で動いて荷物の受け渡しぐらいはするんだよ。
だからオレは全力で……封印を一時緩めて全力で、身代わり君を構築したのさ。
さあ、後は宜しくな……
過去の経験が彼から色々なものを奪ったようです。




