幼年期 1
彼は『出る杭は死刑』というのが教訓になっているようです。
どうだい、面白かったかい?
これがかつてのオレの経験さ。
だからまた世界から嫌われて、早々に退場になるかも知れないけど、やれる事はやろうと思っている。
学識の取得と身体トレーニング、後は技能習得。
そんなこんな思いながら数日が過ぎたんだけど、液体を飲む日々だったんだ。
どんな液体かって? それがさ、薄い牛乳みたいな感じでちょっと甘いんだ。
かつて体験した事があるような無いような、不思議な気持ちになっている。
相変わらず動かない身体だけど、少しずつ周囲の事が分かるようになってきたんだ。
目が開かないのに周囲が知覚出来るって変だけど、脳裏に周囲の風景が分かるようになったんだ。
その周囲なんだけど、どうにも日本じゃ無いんだよな。
確かにかつては時が戻るだけだったけど、今度は違う存在に生まれ変わったらしい。
そう思ったけど、生かされている間は何も言わずに耐えていようと思った。
オレは恐らく赤子の状態で、飲まされているのは母乳だと。
でもさ、赤いんだ。
ゴクリゴクリと毎日飲んでいる、その液体は赤いんだ。
ちょっと甘い、牛乳を薄めたようなその液体。
匂いも良い匂いがしてさ、それが匂うとメシの時間だ。
そうしてまたゴクリゴクリと……
飲む程に身体に力が満ちていき、目も開けられるようになった。
身体も動かせるようになったんだけど、やっぱり昼間は動けない振りをした。
そうしてひたすら飲んでは昼間は寝て、夜に動く日々を続けたんだ。
『あれはどうじゃ』
『まだ動けぬ様子』
『ワシの子だと言うに、あやつは……』
『はい、本来なればとうに動いて』
『ダメ元じゃ、動くまで飲ませるとするか』
『ははっ』
10の朝を越え、それでもオレは動かなかった。
確かに夜中に動いた感じでは、乳児ではあり得ないぐらいに動けた。
かつての身体能力を遥かに凌駕していると感じた……乳児なのに。
こんなのが知られたら……また前のようになったりしたら終わりだ。
それに、動けるようになればもう、あの赤い液体は終わりになるようだし。
だからオレは甘くて美味しい、その液体の摂取の継続を望んだんだ。
それにしても変な事が1つ。
排泄物が出ないんだ。
まあ飲むだけだから小水だけだろうけど、それが出ないんだ。
不思議な感覚だけど、出ないなら出ないで構わないと、ひたすら貪欲に飲み続けたんだ。
そう言えば、5の朝を迎えた頃、身体の中にもやもやとする存在を発見したんだ。
かつて……図書館で学識習得の合間に読んだ小説……
それはファンタジー系の小説だったけど、それも知識の中に足されている。
後は閃きだな……こいつ、もしかして魔力?
身体に循環させるとか書いていたから、それに従ってやってみたんだ。
最初は全然だったけど、少しずつ動くようになってきた。
だからなし崩しに思えたんだ。
ここは外国じゃなく、もしかしたら異世界かも知れないと。
20の朝を越え、今日も朝からゴクリゴクリと……
どうやら量が増えているようだけど、ひたすら全部飲み尽くしている。
やっぱり昼間は動けない振りをして、体内循環ばかりやっていた。
やればやる程に量が増えるような気がして、面白いからひたすらやっていたんだ。
動けない振りをしていても、オレが起きていると思ったのか、寝物語のように色々な話をしてくれる。
そういう話を聞き、国の歴史や情勢などを学んでいった。
目は開けなくても周囲の様相は分かるからね。
分かりましたか、の問いに対し、オレは『うう』と、返事をした。
だから周囲の奴らはオレが、動けないだけで昼間は起きていると思ったんだ。
その事も報告されたようで、だから後は動けるようになればって事で、追加の日々は継続になったらしい。
ちょうどその頃、訓練に最適な場所を発見して、夜な夜なそこで修練に明け暮れていたんだ。
魔法の知識も色々と教わり、呪文もいくつか教わった。
だけど、どうにも言い回しがおかしいと言うか……
『地獄の業火よ、我にその力の一端を顕現せしめよ』
最初聞いて、あれっと思ったんだけど、自分に顕現って自殺魔法か? ってさ。
『我が敵に』なら分からなくもないけど『我に』とか、どうにも変だ。
他にもある……水の魔法だ。
『天空を流れる水の魔女よ、大地の底に貫き流れよ』
これってどういう意味だろうね。
天空を流れるのは水じゃなくて風じゃないのかな。
大地の底に貫くとか、本当に意味不明なのだ。
呪文自体に意味は無いらしいんだけど、それもおかしな話だ。
オレのファンタジー系の情報源は、かつて読んだファンタジー系小説とサイト関連だけだ。
だけど、その中で魔法はイメージってのがあった。
これはもしかして……
早速、深夜トレーニングで訪れる、離れの洞窟の先で試してみる。
イメージはマッチの火……それで火の顕現魔法を唱えた場合……ぽわっ……
焚き火のイメージで唱えた場合……ぼぼわわっ……
うん、やはりそうか。
じゃあ後は文言の検証なんだけど、マッチの火のイメージで……
『地獄の業火よ、我にその力の一端を顕現せしめよ』……ぽわっ……
『業火、顕現』……ぽわっ……
『火よ、灯れ』……ぽわっ……
『………』……ぽわっ……
最後のは無詠唱な。
つまりさ、イメージがあれば詠唱は要らないみたいだ。
無詠唱はイメージした後で、ちょっと気合を込めてみたんだ。
どうにも魔法の真髄を開発したみたいだけど、誰にも言えない予感。
恐らく、最初の開発者ってイメージが貧困だったんだろう。
だから色々な言葉でイメージを無理やり想起させて、発動させたんじゃないかと思っている。
大量破壊兵器の映像とか、知ってるオレなら有利だよな。
地中海戦争の時の多国籍軍のあの、燃料爆弾の映像とかさ。
あのイメージのままにやれば、あの通りの効果が出そうな気がする。
後は属性も関係無いみたいだ。
火属性とか水属性とか、種類は色々あるらしい。
しかも、使える属性は多くても3種類で、普通は1種類とかあり得ないよな。
つまりそれだけ、この世界の存在のイメージが貧困って事になる。
だってオレ、全種使えるんだし。
それはともかく、夜の秘密特訓のせいか、魔法のイメージもかなり掴み、オリジナル魔法のレパートリーも増えていった。
魔法はイメージ……それは確実に魔法の真理と思えた。
昼間は寝ながら学び、夜は離れで魔法と身体トレーニング。
それを可能にしたのが【転移】魔法の確立。
周囲が分かるのを【探査】魔法と認識し、それを最大限に活用して調べたんだ。
そうしたらちょうど良い場所を見つけて、後はそこに行く方策として転移を覚えたと。
その場所でイメージのままに様々な魔法を開発し、実践していった。
身体能力もあり得ないぐらいに高くなっていたけど、比較対象が無いから分からない。
この世界の人間の強さを知らないから、もしかするとこれでも大人には敵わないんじゃないかって……
だからひたすらひたすら鍛えたんだ、将来の為に。
そうして夜の秘密トレーニングと、昼夜の寝た振り学習の日々も200日を過ぎた頃、遂に終わりになる時が来た。
何故か知らないけど、周囲の奴らの感情が分かるようになったんだ。
なのでこれもイメージと思い、魔法として分類して確立させた。
【感知】魔法……
それによると、妙に悲しげなのである。
これは、もしかして、ヤバいんじゃ?