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恩を仇で返すとしても

 暫くして愛嘩が目を覚ました。

 目を覚ましたはずだが、上半身だけ起き上がったままぼーっとしている。

 仕方がないのでおはようのキスをしようと近づいていくと、もう少しというところで気がつかれて、肩を軽く押された。

 そのまま掴まれて見つめ合う。

「おはよう愛嘩」

 何かを言われる前に挨拶をした。

 愛嘩も文句は目だけで表現すると、肩から手を離して僕に挨拶を返す。

「おはようございます。リコちゃんは……、お仕事ですか」

 僕は頷くと、愛嘩に朝に話していた内容を告げた。




 それは唐突に起こった。

 朝の支度をして、能力に気をつけながら絵を描いて暇をつぶしていると、玄関の扉がコンコンと叩かれたのだ。

 すでに起床していた、リコちゃんの両親が玄関に向かう。

 扉を開けて少し訪問客と会話したと思ったら、その人物を家にあげた。

 リコちゃんと同じくらいの年の男の子だ。

 彼は、僕達を見つけると、まっすぐこっちに歩いてきた。

「お前らだな。他所もんってのは」

 彼は座っている僕達を蔑むように見下した。

 どう答えていいのかわからず、僕も愛嘩も黙っていると、彼は手の上に炎を出現させた。

「まあ答えなくていいわ。他所もんなんて、百害あって一利なしだ。死んでくれよ」

 そういうと、家の中だというのに、僕達に向かって炎の塊をポイっと投げて飛ばした。

 その行動に一切の躊躇がなかった。

 僕も愛嘩も、警戒していたためにギリギリで躱すことに成功する。

「おい。家の中だぞ!?」

 攻撃されるだろうことはわかっていたけど、まさか炎をそのまま投げてくるとは思わなかった。

 家の中で炎なんて絶対やばいはずなのに、なぜリコちゃんの両親はなにも言わない?

「バカかお前。俺が炎を扱ってんだから。燃やすもんくらい選ぶに決まってるよなあ?」

 ……そういうことか。

 両親も了承済みというわけだ。

 昨日から両親は僕達に一切干渉してこなかった。

 リコちゃんのおかげで一応見て見ぬ振りをしてくれているものだと思ってたけど。

 ずっと排除したくて仕方なかったのかもしれない。


 最初からリコちゃんがいなくなった時に襲うと決めていたのか、それとも今この男が来てから決めたのかは知らない。

 それでもやっぱり、リコちゃんがいなければここは、敵地のど真ん中みたいな場所なんだ。

「おい、どうした。能力、使わねえのか? それともお前ら、無能か? だったら速攻殺させてもらうぜ?」

 そう言って男は、今度は塊なんてものじゃない、大きな炎の渦を腕に纏った。

 その渦は徐々に大きな手の形に変わっていく。

「んじゃあな」

 ゴミを見るような目を向けたまま、男はその炎の両手で僕たちを挟み込もうとした。

 狭い家の中では逃げ場がない。

 僕の能力はとっさには使えないし、そもそも炎に勝るものも思いつかない。

 消化器? いや意味ないだろう。

 愛嘩を庇いたくても、庇う方法がない。

 守れないとわかっていても愛嘩に覆いかぶさった。

「愛嘩……」

 そのまま僕は死を覚悟して、目を瞑る。

 

 しかし、いつまでたっても衝撃がこなかった。

 薄っすらと瞼を開くと、目の前で炎の手が水の壁に遮られていた。

「っち。どういうつもりだよ。リコリス!」

 すると玄関からリコちゃんが焦った様子で入ってきた。

「あんたこそ、何してるの? 彼らのことは私が責任を持つって言った。勝手なことしないで」

 リコリスって名前だったのか、と場違いなことを思い浮かべたのも一瞬。

 僕は愛嘩とキャリーケースを掴み、男の脇を抜けてリコちゃんの方へと移動した。

「お前は仕事の時間だろうが! さっさと戻れ。ルール違反だぞ」

「あんたが邪魔してるからでしょ! さっさと帰って!」

 いつもと違う口調のリコちゃんに驚きつつも、僕達にはできることがないので黙っている。

 そういえば愛嘩が何も喋らないのはなんでだろう。

 もしかしたら怯えているのかも。

 リコちゃんと男が言い争いをしている中、僕は愛嘩に視線を向けた。

 下を向いてぼーっとしているようだ。

「どうしたの? 愛嘩?」

 声をかけると、気がついたように僕の方を見上げた。

「……さっき、私たちは死んでいたかもしれません」

 思いつめたように話した。

「ごめんね。守ろうと思ったんだけど。方法が思いつかなくて……」

 愛嘩を元気付けようと、片手を愛嘩の背に回して軽く抱きしめる。

 身長は同じくらいだから、僕の顔の横に愛嘩の顔がくるような体勢になった。

 こんなことで元気が出てくれたらいいんだけど、と考えながらそのまま視線をリコちゃん達の方へと戻した。

 リコちゃんはたいそうお怒りらしく、大量の水を創り出し男の周りを囲む。

 この量の水を炎で遮るのは難しそうだ。

「おい、リコリス! 島のもん相手に能力を使うのはタブーだろうが! 許されないぞ! 今すぐやめ、ぶぉ」

 喋っている途中で水を彼の方へ移動させた。

 水が完全に男を包み込んだことで喋れなくなる。

 男は水のなかで踠いていた。

 さすがに殺すつもりは無いようで、少ししてから顔の部分だけ水を外す。

「ぶはっ、ごほっ。くっそ、ふざけんな。どうしちまったんだよお前!」

「私には、どうしても確認したいことがある! それに、その人たちのこと、私好きだから。殺させない!」

「なんだよ、それ!」

 それ以上リコちゃんは喋らなかった。

 そのつかの間の静寂の中、僕の耳もとで小さな声が聞こえた。

「この世界は、危険すぎます……」

 そう愛嘩が呟いたのだ。

 

 玄関からたくさんの足音が聞こえてくる。

「何ごとじゃ」

 最初に入ってきたのはこの島に来て最初に見た老人と子供たちだ。

 その他にも、見たことのある大人から知らない大人まで集まってきている。

 なんで家の中の出来事なのに、こんなにも人が来るんだと疑問に思っていると、リコちゃんの両親が後から入ってきた。

 いつのまにか家を出て行って、人を呼んでいたのかもしれない。

 老人がまた口を開いた。

「リコリス。島のもんに能力を使ってはいけないと、お前も知っているはずじゃがな」

「仕方ないでしょ? 私の、大切なお客様に手をかけようとした。私が守らなければ、死んでしまっていた」

「何が仕方ないんじゃ? 他所者を殺しちゃいかんなんてルールは定めておらん。じゃがお前はルールを犯した。お前の方に罪があるのは明白じゃろて」

 明らかに老人がおかしいことを言っているように感じるのに、リコちゃんはすぐには何も言い返さなかった。

 老人の言うことは、島のルールとしては確かに間違っていないのだろう。

「でも! だったらどうすれば良かったの? 彼を止めなきゃ、イツキさんたちは死んでしまう。他にどういう方法が」

「その者たちを殺せば良かったのじゃよ」

 当然といった感じで、老人言った。

「確かに一度はお前に免じて島に入れたがな。わしらはずっと不安だったのじゃ。他所者が何かしでかすんじゃないかとな。何かあれば、お前だけで責任が取れる話じゃあない」

「そんな……」

 リコちゃんは項垂れた。

 それでも、納得のいかない表情をしている。

「リコリス、もうやめよ。他所者なんかと関わったって良いことなんぞひとつもない。諦めてその者たちを」

 と、そこで愛嘩が老人の方へ向いて口を挟んだ。

「もういいです。私たちは出て行きます」

 その言葉に、リコちゃんが焦ったように反応する。

「あ、愛嘩さん? いいんですよ。私が説得しますから。まだこの島にいても」

「その老人と同じです。私たちも不安なんです。島の人たちが恐ろしいんです」

 その言葉に、今度こそリコちゃんは落ち込んだ様子を見せた。

 その間に老人が話し出す。

「島の秘密を知ったもんを生かしておく必要はない。お前たち、さっさと処分せい」

 老人の周りにいた子供たちが動き出した。

 それぞれが火、電気、土、風など、見知ったものを操っている。

 出て行くことすら許してくれないのか。

「待ってください! 私たちは何も知りません!」

 愛嘩が声を上げる。

「その証拠はない! それに、現に能力を見ている。それで殺す理由としては十分じゃ」

 老人は僕たちを殺すことしか考えていないみたいだ。

 愛嘩が苛立ちを隠せない様子で老人を見ている。

 リコちゃんが僕たちの前に立った。

「私が送ります。ついて来てください。島の外までは追わないでしょうから」

 そういうと僕たちの周りを水で覆い、走り出した。

 水を使って人を押し避け道を作る。

 僕たちも後に続いた。

 走り出してから、島の住人はなかなか追ってこなかった。

 海岸まで来た時、その理由をリコちゃんが語る。

「あの家の周りを分厚い水で覆っておいたので、少しは時間が稼げました。私は島のなかで能力が強い方ですから。それももう終わりでしょうが……」

 どういう意味だろう、と疑問に思ったがちょうどスワンボートの準備が終わる。

 乗ってくださいというリコちゃんの言葉に、僕たちは素直に従った。

 乗り終えると、しっかりと捕まっておいてくださいという声と共に、ボートが進み出す。

「さようなら」

 そう悲しそうに言ったリコちゃんに、後ろ髪を引かれる思いをする。

 ボートは徐々に速度を上げていった。

 こんなことが出来るのか、と感心しているうちに最初にいた島にたどり着いたのだった。




「これからどうしようか」

 最初の島に戻ってきても、とりあえずの命の危険が去っただけだ。

 愛嘩からの返事はない。

「こんなボートだけど、他の島探して漕いでみる?」

 どう考えても危険な行為だ。

 実際やるべきではないと思う。

 けど、それが無理なら、この島で暮らす以外の選択肢がなくなってしまう。

 ようやく愛嘩が言葉を発した。

「とりあえず、ここに家を建てませんか? 私少し疲れました。リコちゃんの家を描いて欲しいのですが」

「描けると思うけど、外観だけで出現させられるのかな。なんなら僕の家描いた方が確実性があるような」

「もし出せなかったらイツキの家を描いてみましょう。これも実験です。私たちはあなたの力をもっと深く知る必要があります。大変かもしれませんが……」

「いいよ。待ってて」

 そうして僕は、リコちゃんの家の外装を描き出した。


「出来た」

 スケッチブックから紙を切り離して、十分に離れてから言った。

 絵はしっかりと光りだす。

「ちゃんと出ましたね」

「あとは中がどうなってるかだね」

 玄関へと向かって歩く。

 扉を開くと、中は何もなかった。

「本当に、家しか出なかったってことかな」

 愛嘩は洗面所やトイレなどを確認しに行った。

「トイレすら無いですからね。出たのはただの大きな箱ってことですね」

 僕はリコちゃんが近づくなと言った部屋の扉を開けた。

 もちろん中には何もなかった。

「じゃあ布団だすから、愛嘩は休んでよ。疲れが取れてから話し合おうか」

「布団ではなく椅子をだしてくれませんか? 起きてからさほど経ってませんし、寝るほどではありません」

 頷いてリコちゃんの家にあった椅子を二つ出現させた。


 僕たちは無言で座っていた。

 たまに愛嘩の様子を見てみれば、俯いていて元気がなさそうに見える。

 これからの予定も立たないので、仕方がないことと言えるかもしれない。 

 この島から見える島は、もう片方の双子島だけ。

 別のところに行きたくても、どれだけ遠いのか想像もできない。

 僕たちが海を移動する手段はスワンボートしかないので、遠くまで行くのは難しい。

 すでに詰んでいるのだ。

 大きな船をだして自力で動かせばあるいは……。

 いや客船なんて動かせないだろうな。 


「イツキはリコちゃんが好きですか?」

 その質問は唐突だった。

「え? どういう意味?」

「そのままの意味です。好きの度合いは気にしてません」

「そんなこと言われてもな。可愛いとは思うけど」

 たった1日一緒に過ごしただけの関係だ。

 色々助けてくれたから、感謝はしてる。

 そりゃ、他の島の人たちと比べたら断然好きではあるけれど。

 そんなことが聞きたいわけではないだろうし……。

 いったい愛嘩は何が知りたいんだろう。

 

「もし私が、リコちゃんを描いて欲しいといったら、イツキは軽蔑しますか?」

 

 リコちゃんを、描く?

 それは、どういう。

 それはまさか、ゴブリンのように?

 出現させろってことなのか?

 愛嘩の目は真剣だ。

 何か、決意のようなものすら感じられるほどに。


「それは。それはとても、残酷なことだよ?」

「わかっています」

 愛嘩は即答した。

「クローンを作るようなものなんだ。それも、紙を破るだけで消えてしまうような存在だ。僕も愛嘩も、怖くてそれを試すのはやめたでしょ? それを親切にしてくれたリコちゃんにするって言ってるんだよ?」

「わかっています! わかった上で言っているんです」

 愛嘩は本当にそれを決断したみたいだ。

 僕はずっと愛嘩が心優しい人間だと思ってきた。

 いや、それは今でも変わっていない。

 でもだからこそ、こんなことを言うなんて思ってもいなかった。

 どうするべきか。

 そんなこと、迷う必要はない。

 だけど……。

「イツキが出来ないと言うのであれば無理強いはしません。でも、現状私たちは手詰まりです。唯一リコちゃんを手にいれることで現状の打破が期待できます。能力で創られたようなリコちゃんなら島の人も受け入れないでしょう。となれば結果的に私たちと一緒に行動をしてくれる可能性が高い……」

 自分でもひどいことを言っている自覚があるのか、まだ迷いがあるようだった。

 俯いたまま、それ以上何も喋らない。

 でも、愛嘩は今のまま何もできないことを憂えている。

 愛嘩は臆病だ。

 だからこそ、ずっと不安を抱えている。

 この先のことを、色々な可能性を考えた上で焦っているのだ。

 僕に力がないから。

 僕がもっと使える人間だったら、愛嘩はこんな提案をする必要もなかったはずなのに。

 僕のせいで。

 だから。

「描くよ」

 愛嘩が顔を上げた。

「……いいんですか? あなたは人の気持ちがわかる人だから、辛いはずです。私の提案は人として最低のものなんですよ?」

「いいんだ。言ったはずだよ。愛嘩が辛いと僕も辛いって。だからやる。愛嘩のためなら、なんでも利用するよ。それがたとえリコちゃんだろうと、何であろうと」

 僕は決意の目を向けた。

 愛嘩もそれを見返してくる。

 これから先、たとえ何があっても。

 愛嘩の全てを叶えてあげる。

 そう、もともと迷いなんてなかったんだよ。

 ただ愛嘩が罪の意識でどうにかなるんじゃないかって、それが怖かっただけで。

 僕は前にこうも言ったはずだ。

 愛嘩が描いて欲しいものがあればなんでも描いてあげるって。

 その気持ちはずっと、変わっていないのだから。




 


 



 


 



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