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双子島

「この島のこと、リコちゃんのこと。どう思いますか?」

 彼女がお風呂に入っている間に、愛嘩と僕は話し合いを始めた。

「この島は鎖国的というのかな。その中でもリコちゃんだけが浮いてるから可哀想に感じるよ。そのおかげで助かったんだけどね」

「確かに助かりました。……でも本当に彼女は信じられるのでしょうか」

 予想外の質問が飛んできた。

 僕的にはこの島で唯一彼女だけが信じられる人間だと思っていたんだけど。

「何か気になることがあるの?」

「彼女が私たちを助ける理由がわかりません」

 愛嘩は時々よくわからないことを言う。

 難しく考えすぎている、というのかもしれない。

「理由なんてさ、僕たちを助けたいと思った。僕たちを殺すことに抵抗を感じた。そういうことじゃないの?」

 少し悩んだ素振りを見せる愛嘩。

 しかし結局、そういう善意を信じたい気持ちはありますが、と追求する。

「この島は他の島の人間を受け入れる利点がないと老人が言っていました。ということはこの島だけで完結できているということ。だからこそ、私たちは何も要求される心配がありません」

 でも、と続けた。

「リコちゃんだけは違いました。彼女だけが私たちに何らかの価値を見出している。島の全ての人に逆らって、全ての責任を負い両親を怒らせてでも助けるほどの価値を」

 私はそれが気になって仕方ありません、と締めくくった。

 そういう言い方をされると、確かに何かありそうな気がしてくる。

 そんな分析ができてしまう愛嘩は、きっとどんな場面でも臆病にならざるを得ないのかもしれない。

 でもやっぱり僕は難しく考えすぎだと思った。

「大丈夫だよ。リコちゃんは多分中学生くらいの年だ。確かに何か僕たちに期待してることがあるのかもしれないけど。それはきっと、軽い気持ちで相談に乗ってあげればいいくらいのものだよ。彼女を信じよう」

 愛嘩の手を握った。

 愛嘩は一瞬の間の後、ため息をつく。

 肩の力を抜いた愛嘩は表情を柔らかくして言った。

「そう、ですね。ちょっと難しく考えすぎました。島の人たちのことが結構堪えていたのかもしれません……」

 愛嘩はずっと不安だったのかな。

 もっと早く、気付いてあげるべきだった。

 愛嘩だって、別に完璧な人間ってわけじゃないんだから。

「でも、意外だな。愛嘩がそんなに臆病だったなんて。多少は守れそうな部分があってよかったよ」

 僕は否定されること覚悟で思っていたことを言葉にした。

 けれど、愛嘩はそれを否定することはなかった。


「お待たせしました」

 そう言ってお風呂上がりのリコちゃんがやってきた。

「晩御飯なのですが、テーブルは無理みたいで……。なので、ここに運んでこようと思うのですが、それでも良かったですか?」

 言いながら彼女は折りたたんであった小さなテーブルを用意した。

 彼女は、両親に抗いながら。僕たちに失礼がないように誠心誠意もてなしてくれている。

 中学生くらいの子にしては出来すぎていると思う。

 だからこそ僕はそんなに畏まらないでほしいと思った。

「そんなに気を張らなくてもいいんだよ。僕たちの方が申し訳ない気持ちになるくらいだ。ほら、もっと雑に、友達感覚とかどうかな」

 僕の言ったことがわからないというように、彼女は首をかしげる。

 それでも、最後にはしっかりと僕を見据えて、「頑張ります」と言った。

 何もわかっていないだろうことを確信しながらも、これ以上の追求はやめておいた。


 ご飯を食べ終え、そのまま僕たち3人は固まっていた。

「私たちにこの島のことを教えてもらえませんか?」

 そう愛嘩が切り出した。

 リコちゃんは悩んだ末に首を横に振る。

「この島は、双子島という名前です。イツキさんたちがいた島とこの島は距離が近く大きさも同じぐらいだったために、双子に例えられました。だから両方合わせて双子島という名前になったんです」

 首を横に振ったのに、島の説明を始めたため少しだけ困惑した。

 しかし、彼女が「これ以上は話せません」と言ったことで意味を理解する。

 おそらく愛嘩が知りたいのは島の詳しい内実で、なんで僕たちがあんなにも受け入れられなかったのかという部分。

 でもリコちゃんが公に話せるのは島の名前くらいだったからなのだろう。

 その後、彼女はチラっと両親の方を確認してから小声で言った。

「島のことは部外者に言ってはいけないと決まっているんです。ですので追い追いということで……」

 ごめんなさい、と誤った。

 追い追いということは、話す気はあるみたいだ。

 なぜこの子は話してはいけないことを話そうとするのだろう。

 もしかしたら、部外者である僕たちに聞いてほしい何かを抱えているのかもしれない。

「わかりました。では……」

 愛華はそれ以上追求しなかった。

 そしておもむろにトランプ取り出したのだった。

「遊びましょうか。3人で」


 前はトランプをした時は、二人だったためにポーカーかスピードくらいしか選択肢がなかった。

 そこでポーカーをすることになったのだが、あれは運要素の強いゲームだ。

 そのせいか、愛嘩は僕に負け続けた。

 その時のことを根に持っているのかもしれない。

 今度は勝ちますので、と睨まれてしまったのだ。

 

「上がりです」

 リコちゃんが言った。

「私も上がり」

 愛嘩が告げた。

「また、負けた……」

 僕が呟いた。

 僕の手にはジョーカー、つまりババが握られていた。

 そうババ抜きだ。

 ポーカーとは逆で、僕はまだ一度も勝てていない。

 愛嘩にも、そしてリコちゃんにも。

 リコちゃんなんて、トランプ自体知らない子だったのに。

「おかしいな。少なくとも愛嘩は運がなかったはずだ……」

 その言葉に愛嘩もリコちゃんも苦笑いしている。

「ババ抜きが運ゲーだなんて思ってる時点で、あなたに勝ち目はありませんね」

「イツキさんが引き手で良かったです」

 ぐっ……。

 いや、わかっているんだ。

 僕はバカじゃない。

 顔だろ? 顔に出てるとかいうんだろ?

 わかってるし意識してる。

 リコちゃんですら表情に変化がなくてわからないんだ。

 僕だってポーカーフェイスが出来てるつもりだった。

 だからこそ、運って言ったのに。

 僕はそんなに顔に出やすいなんて……。

「次は勝つ」

「あ、えと。次で最後にさせてください。実は明日も、その仕事があって」

 仕事ってなんだ? と思って質問しようとしたら愛嘩が先に「わかりました」と言った。

 聞きたくないのかな、と愛嘩の方を見る。

 追い追い聞けますよ、と愛嘩は小さく口にした。

 結局、最後のゲームも僕の負けで終わった。


 リコちゃんが布団を用意してくれた。

 余っている布団が一つしか無かったらしく、愛嘩が困った表情をする。

 私の布団で一緒にと、リコちゃんは愛嘩に勧めたが、愛嘩は迷惑は掛けられないと、それを丁寧に断って結局僕と一緒の布団にした。

 僕はそれを表情には出さず、内心喜ぶ。

 愛嘩は僕の顔を見てジト目になる。

 表情には出さ無かったはずなのに、おかしいな。

 その後、少し真剣な表情に切り替えた愛嘩が、リコちゃんに質問する。

「あの、私たちはリコちゃんのことは信用しているのですが、寝ている間にその危険な目にあったりとかしないでしょうか。島の人たちのことがよくわからないので、心配です」

 するとリコちゃんは、大丈夫ですと答える。

「さすがに島の人が押し入ってくるようなことはないと思います。何かあるとすればうちの家族の方が確率は高い……。ですが、どちらにしろ問題ありません。私を信じてもらえませんか?」

 愛嘩はその言葉に頷いた。

「わかりました。色々ありがとうございます」

 そう言った愛嘩の表情は柔らかかった。

 最初こそリコちゃんを疑っていた愛嘩だが、さすがにもう信頼したのだろう。

 愛嘩は布団の中に入った。

 僕もそれに続く。

「何もしないでくださいよ?」

 僕はすぐに頷いた。

 全く信用されなかったようで、愛嘩は僕の方へ向いて、片腕は曲げてもう片腕を伸ばし、僕の両腕を抑える形になった。

 愛嘩の顔が近い。

 これはこれで抱きつかれているようで、とても満足しつつ愛嘩を見つめる。

 愛嘩は疲れていたのかすぐに目を瞑った。眠りにつくのが早く、安らかな寝息を立て始める。

 寝顔が可愛すぎて様々な欲求が湧いてくるが、手を動かせば愛嘩が起きてしまうかもしれないと思って自重した。

 僕も目を瞑ると、一気に疲れが押し寄せ、すぐに眠ることができたのだった。




 目を覚ますと、愛嘩の伸ばしていたはずの腕が僕の胸あたりで曲げられていた。

 解放された手で、まだ眠る愛嘩の頭を撫でてから立ち上がった。

 感覚から、まだ朝早いことがわかる。

 起きたのはいいんだけど、やっぱり疲れが溜まってるのか、まだ少し眠たい。

 顔を洗ってさっぱりとしたいんだけど、洗面台を借りてもいいのかな。

 この家はほとんど仕切りがないから、ご両親がまだ眠っているのが見えた。

 借りるのなら今のうちかもしれない。

 そう思って洗面所に向かった。

 

「あ……」

「……え?」

 そこには、全裸のリコちゃんの姿があった。

 僕はまだ寝ぼけてるのかな、なんてぼけていられる状況じゃない。

 むしろ目が覚めた。

 僕はすぐに扉を閉めた。

 両親は確認したのに。

 リコちゃんなら許してくれるはずだと言う考えで彼女の確認を怠った。

 彼女の布団を一目でも見ていれば、いないことくらいわかったはずなのに……。

 扉の向こうからはもう声が聞こえてこない。

 とにかく謝って、一旦この場を離れたほうがいいかもしれない。

「ご、ごめんね。まさかもう起きてるなんて、思わなくて」

 って、いきなり言い訳してしまった。

 お風呂場がこの先にあるんだから、ノックしなかった僕が全面的に悪い。

 まぁ、朝にもシャワーを浴びるだなんて思ってなかったけども。

 後で土下座でもしようかな。

 この世界でも通用するかな土下座。

 そんなことを考えていたら、リコちゃんから言葉が返ってきた。

「い、いえ……。私が悪い、ですから」

 言葉とは裏腹に、普段の声よりかなり低かった。

 僕はそっとその場を離れた。


「おはようございます。早いんですねイツキさん」

 いつも通りの高い声でリコちゃんが言った。

「さっきは本当にごめん。ちょっと顔を洗いたくて、それで」

「……悪いのは私なので。気にしないでください」

「いやいや、ノックくらいするべきだったのに、本当に」

 ごめん、と謝ろうろした僕の口に彼女は人差し指を近づけて言葉を止めた。

 一度両親の様子をちらっと目で確認する。

「違うんです。私はイツキさんが来ることがわかってたはずなんです。昨日からずっと、家中の空気に含まれた水分でみんなの動きがわかるようにしていたので……」

 一瞬言葉を理解できなかった。

 能力だろうか。

 ここの子供達がなんらかの能力を使えるだろうことは昨日の時点で気がついていたけど、どうも実感が湧いていなかった。

「それが君の能力ってことかな。すごいね。そんなことができるなんて」

「私は水を自由に扱えるんです。それで、動きがわかるようにしていましたが、ちょうど考え事をしている時だったので。イツキさんとアイカさんは警戒度を下げていたっていう理由もあって、つい油断を……」

「だとしても、やっぱり僕の方が悪かったよ」

 そう言って謝ろうとする僕を止めて、この話は終わりですとリコちゃんは締めくくった。


「朝食を置いておきましたので、後でお2人で食べてください。仕事は朝は早いのですが、すぐに終わります。その後少し島を案内したいのですが、いいですか?」

 それは、むしろこっちからお願いしたいことだった。

 家のなかには常に両親がいるから、島のことについて質問ができないのだ。

「ぜひお願いするよ」

 そう言うとリコちゃんは笑顔で「ありがとうございます」と言った。

 その魅力的な笑顔に少しだけ鼓動が早くなる。

 ずっと思ってはいたけど、この子は可愛いんだなと改めて実感した。

 礼儀正しく、とても優しい。

 男の子にモテそうだ。

 すぐに顔を引き締めた彼女を残念に思いつつも次の言葉を聞く。

「お昼より前に終わりますので、それまで家の中で待っていてもらえませんか? この家の中は能力でずっと監視しておきますから」

「わかった。おとなしく待ってるよ。ありがとね」

 彼女は僕の言葉に安心しつつ、「それと」と付け加えて今までで一番真剣な顔で話し出した。

「あの部屋には絶対に近づかないようにしてください。昨日は私がずっといたので何も言いませんでしたが、多分近づくだけで両親は警戒すると思います」

 そうして指をさした方には、トイレと洗面所以外に唯一仕切られた部屋があった。

 気になってはいたが、今まで触れないようにしていたところだ。

「愛嘩にも説明しておくよ」

 そう言った僕に満足そうに頷いたリコちゃんは、「いってきます」と言って家を出て行った。

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