僕の能力?
ご飯を食べてから、今日の予定を話し合うことにした。
昨日と同じようにひたすら森を歩くのかと思っていたけど、愛嘩の意見は違うようだった。
「ゴブリンは指を弾くことで相手のあらゆる感覚に異常を与えましたね」
そうだね、と僕は頷いた。
「イツキは紙に絵を描くことで、そのものを召喚、または具現化できるのだと思います」
「昨日のゴブリンは僕の絵が原因で現れた。だから破ったら消えたってことだね」
「正解です。ということで、今の状況を打破できる何かを描いてみませんか?」
反対する理由はなかった。
もし、本当にそんな力が僕にあるのだとしたら。この現状を一気に変えられるのだから。
とりあえず、簡単なものから描いて力の確認を行うべきだと愛嘩が提案した。
僕は適当に鉛筆を思い浮かべて描いてみた。
「出来た。けど、何も起きないよ?」
「生物しか呼び出せないのでしょうか……。ゴブリンは出したくないですし、犬とか猫とか動物を描くことはできませんか?」
僕は言われた通り、犬や猫を描いてみた。
しかし、今度もなにも起きなかった。
もしかして、やっぱり僕に能力なんてないんじゃないだろうか。
「いろいろな条件があるのかもしれません。例えば、この世界には犬や猫がいないから出せないとか。何かマジックポイントみたいなものを消費していてそれが足りないだとか……」
ゲーム脳? とちょっと呟いたら、可能性を挙げただけですよ! と怒られた。
愛嘩の言葉から、僕は一つの案を思いつく。
「この世界に存在して、危なくない生物ならいいんだよね?」
しかし僕はまだ何も言ってなかったのに、愛嘩はそれを否定した。
「ダメです。怖すぎます。やるなら自分で試してくださいよ?」
やっぱり僕の思いつくことくらい愛嘩も思いついていたようだった。
そう、愛嘩と僕は条件に合致するのだ!
「やめとくよ。僕がもう一人増えたら、愛嘩の取り合いになりそうだ」
「本当にやめてください。絶対嫌です」
愛嘩は心底嫌そうな顔をした。
僕は心は少し傷つく。
しかし、さすがは愛嘩。
そんな僕の心情を察して言葉をかけてくれた。
「あなた一人を許容するので精一杯って意味ですから……」
僕一人なら受け入れてくれる、そう言ってくれているのだ。
若干おざなりな感じはしたが、僕の心はそれだけで晴れ渡ったのだった。
「試せないものは仕方ありません。なので、今度はそのスケッチブックを描いてみてください」
そう言って僕の手元を指差した。
なんでこれ? と質問する。
すると愛嘩は、質問に質問で返した。
「最初に描いた鉛筆は、何の鉛筆を描いたんですか? 今使っている鉛筆とは違う物のようでしたが」
「ごく一般的な鉛筆を描いたよ」
その回答に愛嘩は少しだけ口角を上げる。
どうやら満足いく回答だったらしい。
「今度は、実際にあなたが見知っている物を思い浮かべて描いてみるんですよ。もしそれで新たなスケッチブックが手に入ったら御の字ですしね」
僕は納得してスケッチブックを描き始めた。
四角を描いて表紙のデザインを写すくらいのものなので、すぐに終わった。
出来たよ、と言って愛嘩に見せようとした時、スケッチブックが光り始める。
僕も愛嘩も喜びの声を上げる。
ここに来て、期待を裏切られる可能性も考えてはいたけれど、その心配は杞憂に終わった。
新たに出現したスケッチブックを手に取った愛嘩は、パラパラと確認してから、それを僕に渡し、これにまたスケッチブックを描いてみてと言う。
僕はすぐにスケッチブックを描いて、次のスケッチブックを出現させた。
愛嘩はそれを、順番がわかるように左から並べていった。
こうして手元には、最初のスケッチブック、2つ目のスケッチブック、3つ目のスケッチブックが集合する。
「さて、3番目のスケッチブックに何か、元の世界で見たことのある物を描いてみてください。空想の物ではなく、実際に見た物を想像して描いてみるんです」
元の世界の物か……。
なんでもいいはずなのに、急に言われると何も思い浮かばないのは何故だろう。
うーん、と唸っていると愛嘩が助け舟を出してくれた。
「あなたの部屋の布団とかベッドとか、覚えてないですか?」
僕は自分の部屋を思い出しつつ、ベッドを3番目のスケッチブックに描いていった。
出来たと口にすると、ちゃんと描けていたのかベッドは光り出す。
2秒くらい光ってから、スケッチブックの真上に僕のベッドが出現した。
僕はベッドに少し弾き飛ばされる。
大したことはなかったので、すぐにベッドの下のスケッチブックを回収して、愛嘩に渡す。
愛嘩はベッドを出せたことがすごく嬉しそうだった。
そしてまた、3番目のスケッチブックに同じベッドを描いてと頼まれる。
僕はそれを、迷わず引き受けて描いた。
どうやら同じ物を幾つでも作り出せるようで、ベッド2つ目が出現した。
「やった! これで今晩は一人ずつベッドで寝られますね!」
愛嘩はとても喜んでいる。
僕は「しまった」と心の中で叫んだ。
ベッドで寝られるのは嬉しいが、愛嘩と一緒に寝られるならシートの上でも良かったのに!
僕はものすごく悔やんでいたが、愛嘩はすでに頭を切り替えていた。
「とりあえず最後の実験です。と言っても結果は見えていますが、一応試します。紙を破れば出現したものは消えますね。では3番目のスケッチブックが描いてある2番目のスケッチブックの紙を破ったら、連鎖的に3番目のスケッチブックに描かれたベッドは消えるのか。やってみましょう」
そして愛嘩は、まずスケッチブックから紙を切り離し、その後破った。
破った途端3番目のスケッチブックもベッド2つも綺麗に消え去った。
こうして僕たちの実験は終了した。
実験は終わり、これからは本番だ。
その前に愛嘩は、僕の持っているスケッチブックを取り上げた。
「本物のスケッチブックは大切です。これを無くしたら終わりです。ですのでこれはキャリーケースの中にしまっておいて、これからは2番目のスケッチブックを使っていきます」
言いながら2番目のスケッチブックを僕に渡した。
異論はないので普通に受け取る。
「で、何を描けばいいのかな。移動を早めるものって考えると、車とかバイクとかあるけど。森の中で使える気がしないよ」
「そうですね……」
愛嘩も珍しく悩んでいる。
実際のところ、安全面はかなり強化できると思うけど、森から出る方法が全く思いつかなかった。
どこでも◯アとか出せればいいのに、と僕がつぶやくのと同時に愛嘩も何かをつぶやいていた。
「東京タワーとか、いや大きすぎる……。何か他に高くて幅が……」
「東京タワー? 一応描けるよ? 見に行ったことあるから」
確かに高い所から見ればここがどこで、どこに向かえばいいのかわかるかもしれない。
「場所がないです。大きすぎますし出せる保証もないですが、もし出せたとしても木が邪魔でどうなるかわかりません。最初の広い場所まで戻ることができれば可能性はありますが……」
確かに森の中でそんなもの建てられないか。
うーん、何か解決策は……。
東京タワーはやりすぎだから、他に。
あ、あれはどうだろう。
「展望タワーとか建ててみる? 結構細くて高いの見たことあるし」
「どういうものですか?」
「螺旋階段を上っていくんだ、多分その辺の木よりも高くて、幅もそこまで取らない」
ほぉと愛嘩は感心している。
真也と色々なところに旅行に行ってよかった。
こんなにも役に立つなんて。
「ではもう少し広い場所を探しましょうか。ここはさすがに狭すぎます」
今いる場所は結構広々として入るけれど、まばらに木が生えている。
ここでは数本木を巻き込んでしまいそうだった。
木が少ないところを探して20分くらい歩くと、ちょうど良さそうな場所を見つけた。
木のない空間のちょうど中央あたりに移動する。
愛嘩に一声かけてから、細長い展望タワーをスケッチブックに描いていった。
描き終わる前に、気になったことを聞く。
「もしこれが完成したとして、いきなり現れたら僕潰れたりしない?」
「あぁ、言い忘れてました。描き終えたら何も言わずに紙をおいてこちらに来てください」
描き終えると、僕は言われた通り紙をおいて離れた場所にいる愛嘩のところまで移動する。
「次は、描いた紙を思い浮かべつつ”完成”とか”出来た”とか口にしてみてください」
「完成」
すると突如大きなタワーが姿を現した。
そうか、自分では気がついてなかったけど。
絵が出来た時に出来たって言う癖が能力の発動キーになっていたんだ。
「これが展望タワーですか。いいですね。ギリギリでしたけど、結果的に入ったので良しとします」
いつも通り愛嘩は偉そうだ。
「早速登って確認しましょうか」
そう言って僕に階段を登らせようとする愛嘩。
狭い螺旋階段なので一人ずつしか歩けない。
「ちょっと待って。階段結構急だし、愛嘩が転んで落ちたら大変だ。後ろから見守ってるからとりあえず愛嘩が先に登ってよ」
「私のスカート結構短いんですよ。イツキが私をどういう目で見ているのかはわからないのですが……。念のため先にお願いします」
知らないうちに、僕の信用は落ちていたようだ。
最初の頃は、僕がそういうのに興味がなさそうだったから、キャリーケースに入っていた下着を見ても怒らなかったのかもしれない。
興味がない人には隠さないのに、興味を持つほど隠されるなんて、人間って不思議だ。
実際、少しだけ見えないかなとか考えたりしてたから、残念で仕方がない。
仕方がないので、下着姿の愛嘩を想像して楽しんだ。
愛嘩の実際の体を見たことがないのが悔やまれる。
一度でも見ることができれば記憶に……って。
あれ? 僕ってもしかして物凄く変態なんじゃ?
いや、これでいいんだ。
愛嘩も言っていたじゃないか。
自分のやりたいようにやるべきだ、と。
頂上に到着して、二人であたりを見渡した。
「これは……」
愛嘩は驚いたように声を出す。
無理はない。
今まで森を抜ければ助かると思い込んでいた。
その森自体は想像していたよりは広くなくて、すぐに抜けられそうだ。
でもその先がなかった。
「島……だったんですね」
森の周りはすべて海に囲まれていた。
一難去ってまた一難。
今度は海をどうやって渡るかを考えなければいけない。
「この世界には、ちゃんと人間がいるんでしょうか」
僕たちはこの世界のことを何も知らない。
どんな世界なのか、想像もできない。
わかっていることは、 ゴブリンのような生き物がいるということ。
それから、生物は特殊な力を使える可能性があるということだけだ。
不安になる気持ちはよく理解できた。
だから僕は、愛嘩の手を握った。
痛くないくらいに力強く。
「大丈夫だよ、愛嘩。どんな世界だろうと、僕が守るから」
愛嘩は何も答えなかった。
でも、愛嘩の手に込められた力が、愛嘩の気持ちを物語ってくれた。
私は守られるだけの女ではないのだ、と。
やっぱり、あんまり頼りにされていないのかもしれない。
でも、この方が愛嘩らしいと思って納得することにした。
結構私はぼけていますので、矛盾とかおかしなところとか出てくるでしょう……。それでも暖かく見守ってもらえると嬉しいです。