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僕は狂っていた

 僕は今までのことを、できる限り詳細に話した。

 愛嘩がいちいち突っ込んで聞いてきたためだ。

 正直、ここまで細かく言うつもりはなかったのにと後悔しているほどに。

 愛嘩は全て聞き終えてから、ずっと考え事をしていた。

 そして数分経って、ようやく口を開けた。

「あなたのこと、よくわかりました。あなたはきっと自分の性質に気がついていません」

 またわけのわからないことを言い出した。

 いや、さっき言われた内容は、正直完全には否定できないものだったのかもしれないけど。

「何が言いたいんだよ。もう好きにしろよ。どうでもいい」

「拗ねないでくださいよ。図星を指されて悔しかったんですか?」

 こいつ……。

 どんどん嫌な奴になっていってないか……。

「で、どうするんだよ。僕は現実に、いや……。ここが現実だろうが妄想だろうが、どっちでもいいんだ。僕はもう、死ぬしか残ってないんだから」

「そうですね。今のままのあなたからすれば、死ぬか、私に依存するしかないのでしょうね」

「は? どういう意味だよ」

「まあ、落ち着いてください」

 愛嘩は手で僕を制する。

 そして言った。

 カウンセリングを始めましょう、と。




「まあカウンセリングとは言いましたが。別に専門家でもないですし、私の考えをひたすら話すだけですけどね」

「何でもいい、もう勝手にしろよ」

 どうせ目的は愛嘩の気がすむこと、ただそれだけなんだから。

「まず最初に、今までのイツキは、イツキであってイツキではなかったのです」

 ……なに言ってんだ、こいつは。

 頭がおかしいんじゃないか。

 僕がジトッとした目を向けてみたが、愛嘩に気にした様子はない。

「あなたはですね。他人を介してしか生きてこなかった。だから自分一人で生きていくという考えがないのです」

「そんなこと」

「気づいてないだけです」

 とにかく聞いてください、と僕を宥められる。

「まず最初に、あなたは両親に依存していました。あなたの両親は、子供達が優秀であることを当たり前のように信じていた。当然あなたもその枠に入ります。しかし、あなた自身は両親の考えるような人間ではないのだと薄々感ずいていた」

 愛嘩の話はめちゃくちゃだった。

 愛嘩が喋りたいように喋ればいいと思っていたし、今でもそうだけど。

 見当違いにもほどがある。

 両親に依存?

 僕は両親が嫌いなんだ。

 僕の話の中に依存してる部分なんて欠片もなかったのに。

 まぁ、気にしたって仕方ない。無視だ、無視。

「それでも両親から離れられなかった。なぜならあなたは、両親の中にある自分の価値に縋っていたからです」

 ちょっと何を言っているのかわからない。

「あなたはきっと両親が求める自分の姿を鮮明にイメージしてしまっていたんですよ。そして、それが自分の本当の姿なのだと思い込んできた。だからあなたは、イメージとかけ離れていく現実の自分に焦りを感じていた」

 確かに焦ってはいた。

 でもそれは、単純に自分に能力がないからだ。

 そんな、わけのわからない理由じゃ。

「両親は勉強のできるあなたにこそ価値があると思っていたのです。あなたも、両親の中にある勉強のできる自分のイメージこそ本当の自分だと思っている。でもあなたは、勉強が苦手だった。イメージと現実の差が開き続け、自分は価値のない人間だと思い始めていた。そんな時、真也さんと出会いました」

 確かに、いくら努力しても結果がでなかったさ。

 それで悩んだこともあった。

 それは事実だけど、僕はそんな、そんな人間じゃない。

 はず、だ……!

「真也さんは、あなたにとって価値が下がる行動を強要しました。そして、あなたに価値の本質について質問を重ねました。それによってあなたは、自分の価値観に疑いを持ち始めた」

 あの時の真也は、厄介なやつだったよ。

 確かにあんなのと関わったら、自分の価値が下がるとは考えた。

 でもそれは、普通のことだ。

 勉強したかった僕の時間を、真也が邪魔していたのだから。

 何もおかしなことはない……。

「さらに真也さんは、才能があると言いました。ちょうどあなたは自分の価値に限界を感じていたために、その言葉を「お前には価値がある」という意味に受け取った。それからのあなたは、真也さんにとっての自分の価値に、縋り始めました」

「違う! 僕は真也が話しかけてくるから、仕方なく相手してたんだ! 縋ってなんて」

「落ち着いてください。安全とは言い切れませんから。あまり大きな声は出さないで。それに、私の話なんてどうでもいいんでしょう?」

 くそ。

 なんなんだよ。

 なんでこんなにムカつくんだ。

 どうでもいいはずなのに。

「あなたは両親にとっての自分の価値ではなく、真也さんにとっての自分の価値こそが、自分の価値だと思い込み始めた。そのため、徐々に勉強より絵を描くことの方が多くなっていった。その方が自分の価値が上がるからです。両親と違って、真也さんへの依存は楽でした。絵の才能は確かにあるのですから。自分の価値に疑問を抱かなくてもいいんです。だからあなたは、真也さんへの依存を限りなく強めていった」

 どうでもいい。どうでもいい。

 依存なんてしていなかった。

 親友なら、一緒にいるのは普通のことのはずだ。

 間違ってなんていなかった。

「真也さんは、あなたが自分に依存していることに気がついていたんです。もし自分がイツキから離れていったら、イツキは耐えられないかもしれないと。だからあなたを守るために、ずっとあなたと一緒に行動していた」

「勝手なことを言うな! 親友だから、一緒に!」

 愛嘩が手で僕の口を塞いだ。

 僕がその手から逃れようとすると、そのまま彼女は後ろに回って、僕の口を抑えたまま抱きかかえる。

 そのせいで、これ以上言い返すことはできなかったが。

 許せなかった。

 真也が親友だからではなく、仕方なく僕といたかのような、その言い方は。

 僕は抵抗を試みるが、愛嘩は離してくれない。

「考えてもみてください。真也さんは女好きなんでしょう? 普段から女の子に声かけてるような人だったんでしょう? そんな人がずっとイツキとだけ過ごしているなんて、私は違和感しか感じません」

 そんな。

 そんなはず。

 ないに決まってる。

 あの関係が僕の独りよがりだった?

 真也だって、僕と出会って変わったかもしれないじゃないか。

 そのはず。

 なのに。

 なんでこんなにも、気分が悪くなるんだろう。

 怖い。

 親友じゃなかっただなんて。

 仕方なく僕といただなんて。

 僕に価値がなかっただなんて。

 ありえないに決まってるのに。

「きっと責任を感じていたんです。あなたはもともと両親の期待に応えるように生きていたのに、自分がイツキを変えてしまったから。それによって、あなたが両親から見捨てられてしまっていたから。あなたの生活が、自分中心に変わってしまったことに気がついていたから」

 責任……。

 責任感で、真也は僕と?

 そんな、責任を取らなければいけないように見えていたと?

 対等だったはずだ。僕も真也も。

 守られなければ生きていけないような人間に見られていたなんて、あるはずが。

「そのせいでしょうね。トラックが来た時、二人とも逃げる余裕すらない急な出来事だったはず。それなのに真也さんはあなたを守った」

 ……僕は、トラックが来た時、何かを考える余裕がなかった。

 跳ねられて、飛ばされて、少ししてから状況を把握した。

 真也も、同じ状況だった。

 それなのに、僕を守っている。

「真也さんは、ずっとあなたを守ることが義務だと、それが当然だという意識があったからこそ、考えるより先に動いて守ってしまった」

 本当なのか。

 真也……。

 お前にとって僕は、守らなければいけないような人間だったのか?

 親友じゃなかったのか?

「そんなことを知らないあなたは、真也さんを恨んだんじゃないですか? 自分は真也さんに殺された、と」

「な、んで」

 愛嘩の手は、いつの間にか緩んでいた。

「だってあなたは、真也さんの中の価値に縋っていたんですから。真也さんはあなたの価値を道連れに死んだんです」

 確かに、恨んだ記憶はある。

 だけど、そんな。

 そうなのか?

 僕は、そんな狂ったやつだったのか?

「真也さんが亡くなり、あなたの価値は失われた。価値のない自分は、生きている意味はない。死ななければいけない。そう思っている時に、ここに来て、私と出会った」

 僕は、そんな。

 でも……。

「他人を介してしか生きられないあなたは、私と話すうちに私の中に自分の価値を見出そうとした。今までなら、そのまま依存していったのでしょうが。あなたは一度、依存相手を亡くしています。その辛い経験があなたを思い留まらせた。……また、失ってしまうのが怖い。まして、ここには非現実的な方法でやってきている。自分の夢や妄想で、いつか覚めてしまうかもしれない。本気になってはいけない。そう思ったあなたは、これが自分の妄想だと思い込むことにしたのです。覚めた時の衝撃を減らすために……」

 どうですか? そう愛嘩は締めくくった。


 僕は、自分自身に失望していた。

 愛嘩の話している内容を、否定できなくなっている。

 もう聞きたくない。

 自分がぐちゃぐちゃに溶け崩れていくイメージが浮かぶ。

 呼吸が乱れて落ち着かない。

「深呼吸してください。大丈夫、あなたは少しだけ間違っていた。ただそれだけですから」

 愛嘩は後ろから僕を抱きしめたまま、頭を撫でていた。

 僕はそれを止める余裕も、言い返す余裕もなかった。

「あなたは自分を変えられる人間です。これから変わればいいんですよ」

「変わる……?」

 辛うじて声を出した僕に、愛嘩は優しく応える。

「そうです。あなたは私の話を最後まで聞いてくれました。かなり年下だと思われる私の話しなんて、普通ならまともに聞きません。あなたは他人を認め、信じられる人間だったんです。自分を誇ってください」

 そんなこと……、普通のことじゃないか。

 誰だってできることだ。

 僕が狂っていることに変わりはない。

 僕が狂っているから、真也を殺してしまった。

 僕のせいで、愛嘩は怪我をした。

 僕なんて。

「死んだほうがマシじゃないか」

「そんなことはありません」

 僕のつぶやきを愛嘩はすぐに否定した。

「でも、僕は狂っているよ。こんなやつに生きている価値なんてない」

 愛嘩は僕を半回転させて、見つめ合う形にした。

「それは、誰にとってのどんな価値ですか。そんなもの考える必要ないんです。それでも価値に拘るのなら、他人とあなたの能力を比較してください。あなたは絵の才能があるんでしょう? それは私には多分ありませんよ。そこだけ見れば、あなたの方が価値が高いことになりますね」

「僕なんかより、愛嘩の方がよっぽど価値のある人間だよ!」

 自分でもよくわからないことを叫んでしまった。

 愛嘩すら一瞬目を丸くした。

「あなたは、自分を貶めすぎです。自信を持ってください。その自信の無さのせいで、他人に依存するのです。そうしなければ生きていけないと思い込んでいるから」

 僕に、生きる意味なんてあるのか?

 誰も得しないじゃないか。

 すでに、居場所だってどこにもないんだ。

「他人と話をするだけでも、自然と他人の中に自分の価値が生まれるものですよ? あなたが私に価値ある人間だって言ってるのがその証拠です。私はあなたと話くらいしかしてないでしょう?」

「じゃあ、愛嘩にとって、僕は必要な人間?」

「当然です。最初に言ったはず、死ぬなんて許さないって。いきなりあんな場所で一人で目覚めてたら、心細くて死んじゃいます。記憶すらないんですから。あなたがいたから動けたんです。今の私にはあなたが必要なんですよ」

 その言葉で、僕の中の何かに火が灯った。

 愛嘩に必要と言われたことが、なぜこんなにも嬉しいのか。

 死んでいたはずの自分が、生き返ったような気がした。

 それでも何か、今までの自分とは違う気がする。

 頑張りたい。何に対してかわからないけど。

 生きていたい。どうすればいいのかわからないけど。

「僕はどうすればいいの? 生きたいって思っても、どうすればいいかわからない。また、知らないうちに依存するかもしれないよ」

「好きなようにすればいいんですよ。他人にとっての価値を気にしすぎないで、自分自身を見つめてみてください。自分は何が好きで何が嫌いなのか、望みは何なのか。私はあなたのことを、心細さを埋めるために利用しているくらいです。あなたを助けたのも、長話をしたのも全部、自分のためですよ。まずは、他人のことを考えず自分の好きなようにやってみたらどうですか?」

 事によっては逮捕されますけどね、と愛嘩は付け加えた。

 僕が望むこと。

「真也ともう一度会えたら、謝りたいな……。僕のせいで、辛かったのかな」

 その言葉を、愛嘩は止める。

「さっき私が話したことは、私の勝手な想像でしかありません。私は確信を持っているかのように話しましたが、依存していたかどうかも、真也さんがどう思っていたのかも事実なんて知りません。信用しすぎるのは良くないですよ?」

「……大丈夫。わかってるよ。でも、思い返してみたら、僕自身が真也に負担をかけていたって感じてるんだ。今思えば、僕は真也自身を全く見ていなかった気がする。だから、謝りたいんだよ」

「そうですか。それならいいんです。でも……」

 そう、これは叶わない。

 死んだ人間は戻らないのだから。

 悔やんでも仕方がないんだ。

 だから、今の僕が望むこと。

 僕の心に火が灯ってから、ある一つの欲求が僕を駆り立てていた。

 僕は愛嘩の肩に手を置いて見つめた。

 いや、最初から見つめあった状態ではあったけど、気分的に見つめ直した。

 好きなようにしろ、といったのは愛嘩だ。

 文句を言われようが、気にしてやらない。

 愛嘩は首を傾げて、「どうしたんですか」と口にした。

 僕はその愛らしい様子をみて、すかさずキスをした。

 帰ってくる「ぷにっ」という感触が妙に気持ちいい。

 愛嘩は何が起こったのか分かっていないようで、首をかしげたまま止まっている。

 僕はそのまま口付けを続けた。

 心に灯った火が、大きくなって暴れていた。

 こんなにいい気分なのは、初めてだった。


 どん、と僕の体が押された。

 同時に唇が離れる。

 名残惜しさが身体中に駆け巡る。

「な、え? 何をしてるんですか?」

 唇を抑えながら、信じられない物を見る目で僕を見ている。

「……好きなようにしろって、言ったから。しただけだけど?」

「え? イツキは、私にこんなことがしたかったんですか? でも、一目惚れでもなんでもなくて、ただ依存しそうになってただけだって」

「いや、僕そんなこと一言も言ってないよね。ほら、話したでしょ。僕のイメージした最高の女の子のイラストが光ってここに来たって。そのイラストまんまの愛嘩を可愛いと思わないわけないんだし……」

 愛華の信じられないといった表情は変わらない。

「そのイラストが私そっくりだなんて、ひとことも聞いてないですよ。私は自分の顔も何も覚えてないって言ったじゃないですか。会ってすぐから私の扱いめちゃくちゃ雑だったから、自分がそんな容姿だなんて、考えるわけないでしょう??」

 愛嘩は怒っていた。

 少しだけ頰が赤い。

 そんなに嫌だったかな。

 愛嘩は僕が嫌いだったとか?

 いや、愛嘩がやりたいようにっていったんだから、後悔はしてやらない。

 愛嘩も僕を利用してるとか言ってたし。 

 でも待てよ? まさかこれで、口も聞いてもらえなくなったらどうしよう。

 嫌いだけど仕方なく利用していた僕を、利用する価値もないと捨てられてしまったら……。

「何落ち込んでるんですか。言っておきますが、いきなりキスされれば誰だって動揺しますからね?」

「え? いきなりしたのがいけなかったの? あぁ良かった。僕のことが嫌いすぎて、めちゃくちゃ苦痛だったのかと思ったよ。次からは確認を……」

「素のあなたってめんどくさいですね! やっぱり少しは他人のことも考えるべきです。あなたが嫌いな訳ではないですが、キスは嫌です。やめてください」

「そんな、ひどいよ。愛嘩」

 私が悪いみたいに言わないでください、と愛嘩は呆れていたが。

 その表情は、優しさに満ちているように見えた。

 

 こうして僕らは、協力して森を抜けることになったのだ。

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