あなたへ
「……前略。突然のお手紙、失礼いたします。とめどなく溢れだすこの想いを抑制することができず、このたび筆をとらせて頂きました。初めてあなたを見た時、胸の鼓動が嘶くのを、わたしは確かに感じ取りました。そう、あれは紛れもなく一目惚れでした。あなたのことを思う度に心が躍り、あなたの傍に女が座る度に激しい憤りを感じます。もう、我慢できません。この想いをどうか受け取ってください。あなたの白く麗しい肌で、あなたの凛々しく威厳のある顔つきで、あなたのそのたくましい身体で、わたしのこと食べて下さい。大好きなあなたへこの想いを――」
その手紙を見た瞬間を僕は忘れない。幾度となく手紙を読んできたが、ここまで率直に自分の気持ちを書き記した手紙は初めてだった。まるで生きているかのように、心に訴えてくる手紙だ。そして最後の文面にある、食べてください。なんと積極的な人だろう、と僕は思った。それと同時に悔しさがこみ上げてくる。
僕は羨望と嫉妬の入り混じった瞳で、彼の下に手紙を届けた。
「ほらーお食べ、ヤスケ」
山羊のヤスケは手紙を口に加えた。
こいつはよくラブレターを受け取る。僕は一回とてもらったことないのに、毎日のようにラブレターを食べている。なんてことだ。どうせなら、僕も山羊に生まれたかった。この愛の告白を咀嚼するという光景も見慣れた絵だ。
しかし、今日は様子が違った。僕がいつものようにヤスケの寝床に唾を吐いていると、ヤスケの動きが止まった。
「ヤスケ?」
こんなことは今まで一度たりともなかった。どうしたのか、ヤスケ。僕は生命の心配をしていた。声をかけながらも、さっさと死なないかな、なんて思うのは僕の中に悪魔が潜んでいるからに違いない。
ヤスケは苦しそうにしている。無理やりラブレターを呑みこんでいるようだ。一体、どうなっている。僕は怪訝に思いながらも、ヤスケのお腹をさすった。
「あん!」
ヤスケのお腹の中から卑猥な声がした。
「え?」
僕は思わず声を漏らす。
「あん!」
まさか本当に生きた手紙だったのか。僕はヤスケのお腹を再びさすった。
「…………」
声はしない。再びお腹を押してみる。
「あん!」
いやらしい音声がついた手紙なのかもしれない。きっと誰かのいたずらだろうと思った僕は、ヤスケのお腹に触れようと手を伸ばした。
が、やっぱりそのまま放置することにした。ざまあみろ、ヤスケ。