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座席の後頭部から、テンションの高い音楽が流れ、コースターはゆっくり動き出す。暗闇の中を、ゆっくりと。今にも止まりそうな不安を抱きながら、トンネルへ入り、ワン、ツー、スリー…、カウントが始まった。
熱くなる体内からじわじわ這い上がってくる緊張感。それは人の嘲笑のように、加速した―
大きな黒い物体と物体の間へ入り込む刹那、周囲で発生する風を貫いては視界が切り裂いていく。複雑なものと化す、闇の合間を、またもやすり抜け、スタートから一瞬。
未知なる速度で加速するその時、この瞬く間が最高潮になる
「―!!」
トンネルから急に新しい場所へと抜け出し、猛スピードでレールの上を駆けぬける。恐ろしく長い直径のループが待ち受ける頂のさらに上。時速はじわじわ下がる。到達したとき、感覚が段々遠退いていくのが見え、空中にいる時間さえも永く感じる。景色を楽しむ余裕なんてない。垂れ落ちる頂点が迫り、捻れたループへと、誘うー。最後の唾を飲み込・み、待つ瞬間、ふわっと浮くフユウ感が山颪のように―
叫ばずにはいられない―!
「ー。」
-無事に戻って来られて良かったデスネ!-
ジャコウは青を基調としたその羽根を大袈裟に広げた。後は身振り手振りで何かを表現しようとしている。不気味なマスコットキャラクターが拍手で出迎えてきた。
スタートからの恐怖感なんて、加速してしまえばあっという間。乗る前の感情は、髪型とともに吹き飛ばされていた。安全バーが上がり、3Dメガネをジャコウに返す。思い出せない。よく…。
コンピューター操作室と謳うコースター乗り場の一角に、絶滅した生物種を巨大なカプセルで管理している部屋がある。完全に目力のない動物達が有象無象の機械で繋がれ、液体の中、ぷかり‥ぷかり‥浮かんでいる。青ざめた空間、しつらえてあるモニターの下までジャコウは向かった。
-此はマダ序章に過ぎません。貴方には新バージョンの体験を味わってもらいマス-
“……!”
-フライニング・デッドは新しくなりまシタ。コースターでハなくジェット気流の中に入リ、シートベルトも、命綱も、ありまセン、そんな世界を味わってミテ下サイ-
ジャコウがモニターを見上げながら準備している間、再び白線の内側に立たされる
「…」
後ろからポンッーと背中を押された。
勢いよく落ちる眼球は―激しく止まり、レールと相対しながら宙に、浮く。
ジャコウは、多少興奮した手振りだった。体を下から突き上げる風で持ち上げられ、同時に背骨の中心が吊るされたような感覚。
-かなりの絶叫マシンでしょう。ロクテンで一番怖いアトラクション**@。-
昂る気流が帯となって蛇行し体を取り巻く。偏った体勢で笑うジャコウの声を最期に
-シュプリーム・キメラ!-
幕は切って落とされた。スタートすると帯はやがて強くなり、今までの浮遊している気分が一気に退化した。やがて、それは最大となり、重力から解放され、トンネルを勢いよく抜け出す。風となり空を駆け抜ける。まさに、飛んでいるような爽快感。このまま、頂上に上がるまではー。地面がいくつも見える状態でレールの高度は上がる。落ちる未来、もうすぐそこまで来ている。
時空に突如現れた凸凹の変化。不均一かつブロック状となって存在し始める。その変化に向かって降下するとき、一瞬で違和感が迫りくる。
蠢くイエローへ瑠璃色が混ざりあう、どろっとした非現実は拡散し、千切られたように現れた、無数の蝶たち。堕ちていく視界を包みこみ、不可解な音で、闇へと葬られた。
******
瞬きするたび、断続的な速さで。ぱちぱち切り替わる。闇に光へ。胃液まみれのセリフが喉を通って上がらない。ゆっくり瞼を開いた。
見つめる先、
連なった濁り。
解き放たれたかと思いきや眩しく浮遊するUFOのような、古びた天井のシーリングライト。静止画のように動きのないクリーム色のカーテンが足元で見え隠れしては、また天井へを反転する視界。ここはー、
ベッドから腰をあげたら、掛け布団がするりと落ちた。少し複雑で不快な臭い―
窓辺から日が差してきた。水色のパジャマ…ではなく、検査着みたいなものに身を包み、ふだんと違う格好。腹回りから内腿辺りの皮膚に、柔らかいひだのような感触があって、むずむずする。熱が集中して,陰部との隙間に妙な空気が入った。臀部の柔らかいところに、何か水気を含んだ固形物がずっと触れている。さっきから、肌がぬれて、蒸れているような
自分の名を呼ぶ声にカーテンは揺れた。
白衣の女性が現れ、てきぱき動いているさまに呆然とする。自分よりも若さを感じる。透明感のある、涼しげな目。化粧気のない童顔の、全身一色、白亜に包まれる様。
-鴨居さん、体調どうですか?-
おっとりした声で、少し短めな黒髪を耳にかける。優しく微笑まれると、後頭部は柔らかい枕へ誘導された。自分が思ったことは一つの感情だったとしても、、それは言わず、仰向けのまま、大丈夫ですと答えていた。
-本当に?…目がキョロキョロしてますよ-
くすりと笑われた。もっと話してほしい。何か話しかけてくれるのを期待した目はまた勝手に動く。
-何か、あったらいつでも言ってくださいね-
胸の膨らみに、微弱な反応を示してしまう。名前はまだわからない。腰痛もちだとか、パソコン操作が苦手だとか、最近知りえたことを教えたがる、見た目のわりによく話す人だった。
「…」
-鴨居サン、うんち出た?-
「…え」
-じゃあ、ちょっとオムツの状態確認しますね。-
失礼しま―
-‥どうかされました?-
「いま、僕、オムツ履いてるんですか」
-…はい。…え?-
「え!はい、って…あの、えっと…何でですか?あ!自分でやりますんで!普通の、なんか違う下着ないんですか?」
-今はダメ、です。お気持ちはわかりますけど、安静にしてもらわないと。-
「そんな…!無理です!」
まるで幼子のように人目もはばからず、声を荒げてしまった。主張する自分が履いているもの。そんな自分が耐えられない。いま、じっと、見られている。染みわたる、味わったことのない羞恥心。
-うんちしたままだと,かぶれちゃいますよ。うんちの後は出来るだけ早く取り替えないと。肌をきれいにしたいでしょ?-
「…そうですけど、」
何かが敷かれ、その上であおむけのまま寝かされた。腰から下の部分にゴム手袋を着用した指が何本も出し入れされ、淡々と交換される。半袖からしなやかにのびる二の腕は、少し筋肉質で、たくましくも思えた。
陰部の皺という皺にゴム手袋が吸い付く。こなれた手つきで、皮が被った亀頭を優しくつまみ、あたたかい感触。ぬるま湯で軽く絞ったガーゼで、撫でられていた。腹から尻へ向かって拭きとられ、不快感にまみれた陰のうはたちまちゆるくなった。
飛び散るぐらいの尿がしたい。忙しそうなその手にかかるぐらいー。この醜態を責任感ある目でずっと見てもらいたい――。
自分よりはるか年下の女性が、排泄さえまともにできない陰部を介助してくれている。プライドと反比例して羞恥心の前に精神年齢が、ゆっくり、後退する。
〈おむつに排泄したこと〉
この女はどう思ってるんだろう。変に喋りかけたりせず、業務の一環として、処理されている、この事実。ただ、おむつへ排泄した事実や、排泄物が臀部に触れていた感触は残ったまま。
こちらと目をあわせることなく。ぬるま湯を先が細くなったボトルへ手際よく入れ、押し出しながらブシュブシュと陰部にかけられる。タオルがぬるま湯に浸かる。強く絞って、ねっとり石けんをつけたら、亀頭部から順に、包みこまれる。手にとり、皮を剥かれ、陰茎はぬるぬると柔らかな刺激で上下する。タオルの繊維は陰のうの裏側まで行き渡り、少しでも力んだら、楽にしてくださいね、と、優しく言われる。
横向け寝にしては、肛門のしわの中も広げられた。ガーゼを使い、洗い終わったら、汚したガーゼやタオルは丁寧に捨てられる。
最後に、乾いたタオルでじっくり肌の水分を拭き取られ、日差しは注がれる。早まる皮脂の分泌。
精 神 面がねちゃ―と崩れておちる音。
横向きにされ、新しいおむつを広げられる。おむつの端を身体の下に敷き込んでいく。仰向けに戻ってから、身体を少し傾けられる。おむつを引き出し、再び仰向けに。楽にしてくださいと、脚を開かれる。おむつにセットしてある尿とりパッドは、ちょうどお尻の割れ目が隠れるところで収まった。別で用意したのか、新しいパッドが尿道口に触れる。陰茎をつまみ、下向きにおさめられた。パットがしっかり尿道口に当てられ、陰茎を包み込まれる。尿道口に密着するまで。とてもデリケートな部分をゴム手袋で扱われた。陰茎が収まるパッドはお尻に敷いてあったもう一枚のパッドを引き上げて覆い被せる。左右に振ってオムツが片側ずつ当てられていく。ちょうどひだの部分が太ももの付け根に添う感じ。キツくはなく、絶妙な皮膚への摩擦が心地よくも思える。テープをとめて。看護師は最終確認した。
カーテンで仕切られているこの世界、周囲からの視線を気になりだしている自分がいる。排泄した情けない姿を見下ろされ、その後始末さえも他人の手で行われる。しかもこんな若い女に。身を委ねて。自分がこの女の瞳に映っているという申し訳ない気持ちを連想して、これから先、排泄の度、その気持ちは現れるのか。耐えきれない。おむつ交換されるのは計り知れないほどの羞恥心。自尊心なんて、、あっけなく壊れる。
-はい!終わりましたよ-
ぱっちりしている目が、快活な声を上げた。
-ごわごわしませんか?-
……
-キツくないですか?大丈夫?-
「大丈夫です…。」
-違和感があったら言ってくださいね。ハイ。楽な体勢でいいですよ~-
ぷっくりとした涙袋が子どもっぽさも、演出していた。透き通ったすべすべな肌へ光は射す。ナチュラルな感じの雰囲気が鋭い目付きへかわる瞬間、不思議な魅力を醸し出す。まだ幼さの残る顔立ちに、降りかかる大人っぽさ。血色のいい唇にのせて、白い歯が元気よく現れる。いい感じに発色して、みずみずしさを強調する瞳がぐっと、近づいてくる。
-どうかされましたか?…やっぱり、ちょっとキツい?-
立ち回りはやんわりしているのに、受けこたえは淡白。垣間見える強さの向こう側に、ここから見える景色とは何か違う、不安げな瞳。甘い香りがする。前のめりの姿勢になって腰から下へ、ゴム手袋を脱いだ指が優しく寄り添う。
-大丈夫?-
「…落ち着かないです。」
-え?-
「おむつを着けていると…」
1つのワードから始まり、
「あの…股間に違和感があって……気分がすぐれないというか‥すごく、気になります」
〈おむつを着けていることで不快感がある〉という影響よりも、込み上げる何か別のものについて、考えていた。
-なかなか慣れませんよね-
-徐々に慣らしていきましょうね-
「慣れませんよこんなの。…」
-鴨居さん、またオムツ確認しにきますね-
「…」
-もし、我慢できなかったら、この中に出していいですからね-
ポンポンとオムツに手を当てて、柔らかく言い放たれた。
ほどよく揺れる視界。年下のはずなのに。許されるなら思いっきり甘え倒してみたい。幼稚な発想さえ思いっきり発散して、許してもらいたい。
精神的に疲れた―。
あながち、悪くない。一緒にいて安心するような雰囲気。癒されることを欲してるのに、えもしれぬ快感が股間に込み上げてくる。
その目付き。
古びた天井のシーリングライトのそばにいる。突如、無防備な瞬間に気づいて『ああっ!』
ってなる時、その目は、逃がしてくれない。ずっと見てくる。つい、股間を触ってしまう。むずむずする先の方を
-おしっこしたい…?-
いたずらっぽく、ちょんちょんと触ってきた
-すごく、嬉しいんです。-
そうやって甘えられるの。お漏らししても、いいんですよ。
子守唄のように甘く脳へ浸透する。
‐…見ててもいい‐?
看護師は、ベッドへ上半身を預けるような体勢になった。小さなお尻を後ろに大きく突き出した姿は、張りがあって、思わず、見とれてしまった。理性を保つのは限界で、しきりに介入してくる瞳。邪魔してもいいですか、と。肘をついて、看護師がギュッと握りしめたシーツ。力が込められたその手を見て、高鳴る胸の奥深く。幼さの残る瞳を大胆に濡らし、こんな男の視線が挿入されてゆく刹那。じっくりと。恥ずかしい部分をみつめられ、オムツの中は、さすってくる指の感触で優しく導かれてゆく。思いがけず発した恍惚の表情を見られてしまい、股間に熱いものが溢れでる。彼女の指の痕がくっきりついた胸の鼓動をわしづかみされたような衝撃に、こころは歪み、崩落した。
あ―
--気付けば・夢から醒めていた。--




