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槍と盾と

「すっげ」

 ティトが感嘆の声をあげると、隣にしゃがみこんで眺めていたペールも同意する。

「怖えよなあ」

 屋内演習場の中央では、連隊長であるレオナと第五中隊長が練習用の剣を打ち合わせていた。第五中隊長はティトにとって直接の上官にあたるが、入隊初日にボコボコにされているため、正直言って畏怖の対象でしかない。

 その、ティトがまったく歯が立たなかった第五中隊長相手にレオナは笑顔すら浮かべて切り結んでいた。

 相対する二人は共に両手剣を使っているが、第五中隊長が握るのは破壊力を重視した長めの剣。レオナが構えるのはあまり見ない形の短めの剣。それぞれの得意な得物らしい。

 二人は一旦距離をとった。お互い隙をうかがっている様子だ。二人とも肩で息をしているが、レオナは見るからに楽しそうでまだ余裕がある。

「入ってきた時は女みてえだってからかってたんだけどよ、あれ見たらさすがに言えなくなったね」

 先に動いたのはレオナ。すばやい突きだったにも関わらず、あっさりと交わされた。姿勢を崩したその隙を相手が逃すはずもなく、第五中隊長が剣を振り上げるのだが――その途端、レオナが踏み込んだ足を捻って剣を斬り返し、相手が剣を振り下ろすより先に下から空いた脇を打った。

「それまで!」


「速い――」

 離れてみているからわかるけれど、相対していたら何が起きたかわからなかったに違いない。

「レオナはあの通りチビだからスタミナがねえんだな。だから、防具をギリギリまで軽くしてるんだとよ。その分重装備の奴より動きが速くなるってさ」

 確かにペールの言う通り、レオナの胴部を守るのは胸当てだけだ。篭手は金属製が一般的なこの国では珍しい皮製。脛当ても綿を包んだ上に皮を張った物のようだ。

「でも防具を軽くするって危ないですよね」

「俺たちよりゃ良い素材使ってんだろうけど、それでも捨て身レベルだよな、あれ」



「対照的なのがシグマだな」

 ペールが指したのは左の人垣。そちらでも試合をしているようだ。

 顔は見えないが体躯でわかる。金属部分の多い半甲冑に、騎兵達が使う涙形で大きめの盾を構えていた。

「あいつはあの体格だからな。とにかく一打一打が重い」

「隊長と副隊長ってどっちが強いんですか?」

「手合わせ見てても五分五分だな。

 レオナは力もねえしそもそも剣自体が頑丈な剣じゃねえからあの馬鹿力を受け切れねえ。シグマは盾に頼る所があるからレオナの奇襲みたいな突きにも剣の返しにも対応できねえ」

「相性が悪いんですね」

「味方でいるうちはその方がいいんじゃね?」

 ペールは口の端をゆがめて笑った。

「そういや、お前はやらねえの?」

「待ってろって言われてるんですよ。

 ペールさんこそ」

「俺ぁ第四中隊だからこういうのはあんま得意じゃねえんだ」

 ぴんときてない様子の新人に、ペールは説明した。

「第四中隊はトラップ担当だからよ。大抵外でこそこそやってる」

「へー……」

 同じ第二連隊でも任務内容はだいぶ違うようだ。

 しかしその答えには納得できた。ペールのひょろりとした体躯はあまり強そうには見えなかったから。合同で行われる基礎訓練を見ていても大抵最後の方を遅れ気味に走っているし、中隊長にしては実力が伴わないのではないかと密かに思っていたのだが、どちらかというとペールは頭脳労働担当という事なのだろう。

「で、新しいワイヤーについて爺さんとレオナに意見聞きに来たんだが――爺さんはどこだ?」

「武器を取って来るといって出ていきました」

「爺さんが得物?」

「俺に付き合ってくれるそうです」

 だから待っていろといわれたのだ。そういうと、そっかそっか、とペールは頷いた。

「今槍使えるのは爺さんくらいだもんな。じゃあ、俺ぁ後にすっか」

「すいません」

「特に急ぎでもねえんだ」

 ひらひらと手を振ってペールは屋外演習場へ通じる扉を押し開けて行った。 


「待たせたな」

 ペールと入れ違いに現れたのは、前連隊長ガルドー。 

「こんな得物久しぶりだ」

 そう言って槍を軽く回す。それだけでブンと鋭い風きり音がした。

「年も年だし、左足が動かんのでな。お手柔らかに頼むよ」

 ガルドーは槍を肩に担ぎ、槍頭を落とすように構えた。

 イーカル国軍にも馬の無い時や落馬した時のための槍術があるが、それはイーカル民族の槍術なので腰の辺りで構える。

 この担ぐような独特の構えはイーカル北東部の一部地域でのみ見られる物だ。

「――もしかして同郷、ですか?」

 ティトが同じように構えるのを見て、ガルドーがにやりと笑った。

「歩兵で槍を使うのはあの辺りだけだろうな」

「胸をお借りします」


 いつの間にかギャラリーができていた。その一番前に陣取るのはレオナとシグマだ。

「おー。爺さんがマジだ」

 ガルドーは足が悪いからかあまりその場から動こうとせず、ただ、間合いを詰められると武器の握る位置を変える。

 それだけなのだが、突き中心の攻撃から打撃や斬撃を狙う動きに変化し、また、それまで握っていた柄尻も攻撃に交えてくる。

 また間合いがあけば、わずかな隙を突くように槍を繰り出す。長い柄が穂先の重さと遠心力でしなる。

「槍って突きだけじゃないんだな……生き物みたいだ」

 レオナが溜息をついた、その時、ガルドーが得物を絡めとって勝負がついた。

「さすがに鈍ったが、意外と体が覚えてるもんだな」

 鈍ってこれかよ!とティトは思ったが、口から出るのは荒い息ばかりだった。見上げるガルドーは息一つ乱していない。

 ティトだって地元では強い方で、師匠とだってそれなりに戦えたというのに――

 昨晩ペールが言っていた、格の違う強さというのを痛感した。

「速度は良い。打撃も重てえんだが、振りが大きいな」

「はい」

「反射神経は良さそうだったから、それでカバーしてんだろうが、レオナみたいな奴にはあれだけ隙がありゃ十分だろ。気をつけな」

 ガルドーの総評が終わると、レオナが楽しそうに口を挟んだ。

「オレでも追いつくかなあ」

 ガルドーの持つ槍へと向けられた茶色い双眸はきらきらと輝いていた。

「すごく面白かった。ガルドーさんがこんなに本気でやってるのは初めて見ましたよ」

「たまにひっぱりだして来ても剣を使う連中と遊ぶくれえのもんだもんな」

「あんなに技の種類があるなんて知りませんでした」

「使いこなそうと思や難しいが、その分力の無い俺やレオナに向いてる得物だ。やってみるか?」

「教えて下さい」

 新しいおもちゃを渡された子供のような顔で、レオナは槍を構えた。先ほどの手合わせを見ていたからか、戯れにしては様になっている。


「ああいうの好きそうだとは思ったんだが、マジでやるとはなあ」

 シグマは口の片端だけを歪めて笑った。

 ティトにもだんだんわかってきた。最初はペールの癖かと思われたこの笑い方はこの第二連隊の中で通じる、何かのコミュニケーションだ。


 ――良かったな。


 ――安心しろよ。


 ――お前も仲間だ。


 そんな口に出すのは躊躇われるような言葉を伝える手段。

 この笑みを浮かべる時、彼らは最高に機嫌が良い。

 それに気付いたから、ティトは初めて鬼の副連隊長に軽口を叩いた。

「副隊長もどうですか?」

 笑みはそのままに、シグマは左手に抱えたままの盾を叩いた。

「俺はこっちが向いてるからいい」

 そして一瞬真顔に戻るとティトの槍をポンポンと叩いた。 

「槍ってのはリーチは良いんだが、柄がすぐ折れるから怖いんだよな」

「そんなに折れませんよ?」

「そうかあ? ちょっと殴ると折れるイメージがあるんだが」


 ……それは副隊長だからでは、と思ったがさすがに口に出すのはやめた。


「さて、爺さんはレオナが連れてっちまったし、お前俺とやるか?」

「え」

 正直逃げたかったが、断るわけにもいかない。

 足を引きずるように演習場の中央へ進み出ると、ここのルールに則って審判とシグマに礼をする。

 盾を構え、腰を落とすシグマの姿に『鬼の副連隊長』という言葉が頭を過ぎる。

 目に見えない威圧感に抵抗するように、槍を斜めに構えた。

 シグマは盾に頼り過ぎるとペールに評価されていたくらいだ。本来はレオナのように細かく攻めていって攻撃を誘ったほうが良いと頭ではわかっているのだが、つい恐怖心が先にたち、防御中心の構えを選んでしまう。

 それくらい、正対したシグマは大きく見えた。

 

 その晩、ティトは全身が痛くて自室から出られなかった。


 

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