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西町の夜 2

 どんちゃん騒ぎを離れた場所から眺めながらティトは水を、ペールは穀物酒を舐めていた。

 時々誰かがふらりと現れてはティトに酒をすすめるが、ペールに教えられたとおり、ジョッキに入った水を「シュナップ飲んでます」と言って見せると皆笑いながら去っていく。潰される事を覚悟していたのに、意外にも無理に飲ませようとするものは居なかった。

 名前はまだ覚えきれていないが、多分一通り挨拶は終えただろう。ペールはその誰とでも親しげに話をする。交友関係が広そうだ。

「ペールさんって第二連隊来て長いんですか?」

 世間話のついでに聞いてみた。

「軍に入った時からだから――十五年……二十年は経ってねえって位だな。

 随分顔ぶれも変わったが、ほら第二連隊は基本的に異動だの再編だのってのがねえだろ。だから長いやつは長いよ。

 俺以外で昔から居るのっつったら、シグマと爺さんだな」

「爺さん?」

 ペールがくいっと指したのはティトの両親よりだいぶ年上らしい男。かなり飲んでいるのだろう。短く刈り込んだ白髪交じりの頭が遠めに分るほど真っ赤に染まっているが、楽しげに若い軍人たちと杯を交わしている。

「ガルドーっつって、前の連隊長だ。足怪我してレオナと交代したんだよ。

 あの爺さんなんざ三十年くらい居るんじゃねえか」

「三十年……」

「軍人やっててそんだけ生き延びてるっつーのもすごいよな」

 ペールは肩を震わせてくくくっっと笑った。

 そのガルドーという人は、ペールにとってみれば大先輩で元上司という事になるのではないだろうか。その割には爺さんという呼び方も揶揄するような笑い方も砕けすぎている気がしてならない。

 ティトはずっと気になっていた事を聞いてみた。

「あの……俺、第二連隊以外の所は知らないんですが、他の連隊の訓練を見ていると雰囲気違いますよね」

「こっちが異常なんだよ」

 ペールはあっさりと肯定した。

「まあ第二連隊は歩兵の精鋭部隊だとか言っちまえばかっこいいが、所詮は異民族の寄せ集めだからな。

イーカル族ばかりで統率の取れた騎兵隊と毛色が違うのも仕方ねえのかも知れねえな」

 騎兵の精鋭である第一連隊を筆頭に、イーカル国軍は騎兵中心の編成をしている。それはこの国の中心となったイーカル族という民族が元々荒野を駆ける騎馬民族だったからに他ならない。

 騎乗を前提としないのは医療や諜報を担う第三・第四連隊の他には第二連隊だけだ。

 かつての第二連隊は被征服民の中から武術に優れたものを集めたもので、汚れ仕事を担当していたとも言う。『汚れ仕事』から『特殊任務』に任務の名称が変わった現在でも、馬に乗る習慣のない被征服民出身者が多いのが特徴だ。

「つっても、昔はここまでフランクでもなかったんだぜ?」

 ペールは、被征服民の特徴の一つである淡い色の目をくるっとまわした。

「連隊長や副連隊長ってのは俺たちにとっちゃ親父みたいなもんでさ、なんでも話せたけど、やっぱり怖い存在だったんだ。

 レオナが連隊長になってからだな。こんな狎れあいの関係になったのは」

 そのレオナは、先ほど若い兵達に連れて行かれて、もう姿が見えない。背が低いからあの人だかりのどこかに埋もれてしまっているのだろう。

「そうだなあ……あいつが来る前の第二連隊はよ。すっげー強い連隊長が居て、俺たちはそれに従ってるってかんじだったな」

「ガルドーさんですか」

 ちらりと見ると、前連隊長は肩を組んで歌う男達に文句をつけながら笑っていた。年の割りには良い体をしているが、そんなに怖い人には見えない。

「爺さんもだけど、その前の連隊長も、更にその前の連隊長も。格が違うってレベルで強くてな。俺達は一目置いてるっつーか、連隊長には敵わねえって思ってた」

 ティトは少し考えた。

「……俺はレオナ連隊長にも敵う気がしません」

 見た目や実際の気安さはともかく、噂で聞く限り先月まで学生だった自分が敵う訳がない。

「まあ剣の腕の話なら俺もそうだけどよ。

 あー……なんだ。レオナは、確かに強えんだけど、尊敬とはちょっと違うんだよな」

 ペールは頭の後ろを掻きながら言葉を捜している。

「戦場じゃ頼りになる奴ではあるんだが、指揮官じゃねえっつーのかな……いや、それじゃまずいか。

 でも、普段なんか特にそうだろ。頼りないっつーか、ふらふらしてるっつーか――見てる俺たちが助けてやらねえといけないような気がすんだ」

「ああー」

 ティトはペールの言わんとしている事がなんとなく分った。

 今日一日だけでも何度もその片鱗を見た。朝の伝達で文字を読み間違えて総ツッコミをくらったり、話に夢中になって店の前を通り過ぎそうになったり。

「時々上官だって事も忘れて弟見てるような気がすんだよな」

 危なっかしいから周囲がまとまる。手を差し伸べたくなるから個々がしっかりするようになる。そういう事だろう。

 そのせいか不思議な事に、立派な上官が居た昔より今の方がうまく回っている、ともいう。

「本当に頼りないだけだったら、さっさと離反するとこだけどな」




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