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西町の夜 1

 歓迎会だと連れて来られた西町と呼ばれるエリアは、その名の通り王都の西の外れにあり、酒場や女性の接客する店が多く集まっている王都一の歓楽街だ。

 そしてこの街の面白い所は、典型的なイーカル人――黒髪黒目のイーカル族と呼ばれる人たち――以外が多く集まっている事だ。

 ティトの一歩前を歩くレオナ・ファル・テート連隊長の茶色い髪も、ここではあまり目立たない。この町の住人達は黒い髪だけではなく、茶色の髪を持つ者があり赤髪を持つ者があり……目の色も肌の色も様々だからだ。

 何故ここに他民族ばかりが集まっているのかと問うと、元々被征服民であった彼らは王都へ来ても比較的賃金の安い仕事にしかつくことができず、肉体労働や夜の仕事が主な収入源だったからだと言う。そしてその安い賃金で住むことが出来たのは当時開発の進んでいなかった町外れ。そこで寄り添いあうようにして暮らしてきたが為に、この地域に『町外れの歓楽街』という被征服民の町が出来上がったのだと説明された。

「まあ昔の話だけどな」

 子供の頃から王都に住んでいるという副連隊長シグマはこの町の事情に詳しかった。

 そのシグマ曰く、今は民族が違うからといって目に見える差別は無いという。それでもここが縁故を頼って上京した者の最初に住む町である事に変わりなく、また、故郷のなまりや郷土料理を求めてここへ集まる者は多い。

 そんな話をしながらも、先導する二人はすいすいと人混みを掻き分けて進んでいく。計画的に作られた町ではないので、路地がごちゃごちゃ入り組んでいて、はぐれたら帰ってこれるのか怪しいものだ。何度も人にぶつかりながら、ティトは必死で追いかけた。

 あまりにティトの歩みが遅いからか、シグマが裏通りを使う事を提案した。


 細い路地を抜けると、また左右に飲食店が立ち並ぶ通りが現れた。それでもかなりの人が歩いていたが、客引きがいなくなっただけでもかなり歩きやすくなる。

 少し余裕が出てようやく気がついた。

 副連隊長の巨躯は人ごみの中でも目立つ。そして連隊長の真っ白な騎士の制服はもっと目立つ。二人が歩くと、人々が自然に避けるのでこの二人の真後ろならば人混みでも歩くのに苦労をしないのだ。

 ティトは二人に張り付くようにして歓楽街を進んでいった。

「俺達が飲む店っつったら、だいたいそこなんだけどよ」

 シグマが示したのは看板が無ければ入り口すら見逃してしまいそうな小さなバー。

「あそこは安くて旨いんだが、狭くってな。

 全員入りきらねえもんだから、歓迎会だとか大きい集まりん時は、別の店行くんだ」

「シグマが部屋に居ないときはだいたいあそこにいるよね」

 レオナがいうと、シグマは唇の片端だけをあげてにやりと笑った。

 鬼の副連隊長などと聞かされ、最初は怖い印象しかなかったが、職務から離れさえすればそれなりに笑ったり冗談を言ったりするような男であるらしい。

「まあそうだな。あそこはジャガ――っと、すまん」

 よそ見したシグマが、路地から飛び出してきた影にぶつかった。

 尻餅をついて倒れたのは、夜の仕事らしい派手な色のドレスを纏った女だった。

「大丈夫ですか?」

 女はレオナが差し出した手を驚いたように見つめ、おずおずとその手を重ねた。

「あ、ありがとうございます」

 肩に垂らした長い髪で顔が半分隠れてしまっているが、レオナの手を見つめる頬が染まっているのが見えた。

 立ち上がって裾を直す仕草を見る限り特に怪我もなさそうだったので、シグマが安堵の溜息を吐いた。

「悪かったな」

「いえ、飛び出した私が悪いんです」

 女はティトが拾い集めた荷物を受け取り、一礼すると人ごみの中へ走り去ってしまった。


 再び歩き出そうとするティト達をよそに、レオナは掌を見つめていた。

「――太かった」

「ん?」

「手首が太かったなって」

「ああ、オカマだろ」

 こともなげにシグマが答えた。

「大通りを越えた反対側の路地に、女装した男が接客する店や、男を相手にする男娼がいる宿が並んでんだ」

「へえー。あの人男だったのか。結構綺麗だったね」

「お前ああいうのいけんのか」

「いけるいけないじゃなくて、純粋な感想」

 軽口を叩いていたシグマがふと真顔になってレオナを見た。

「興味あっても、お前はあっちに近づかない方がいい」

「なんで」

「お前みたいな男か女かわかんねえような男が好きだっつー奴がごろごろしてるからな。カマ掘られるぞ」

「げ」

「ちなみにティトみたいな成長途中のも需要があるらしい」

「うわ」

 需要ってなんだよと思わず顔をしかめる。

 そんな二人の様子を見ていたシグマが、ぼそっと独り言のように続けた。

「……俺もあっちじゃもてるんだけどな」

 それを聞いたレオナが思わず距離をとった。

「お前その気があったのか」

「ねえよ。お前だって知ってんだろうが」

「何を?」

「あれだよ。昔の女」

「オレは会った事ないんだよね」

「そうか、お前が入隊した時の戦があれか」

「その人どうしたの」

「遠征中に浮気されて終わった――おい、どこへ行く、レオナ」

「へ?」

「店はここだ」

 シグマは本日貸切という看板を示し、店の前を素通りしようとしたレオナを引きずるように店の階段を上っていく。

 ティトも慌ててその後を追った。


「あーあ。また主役をまたねえで始めてやがる」

「いつもどおりだね」

 夜勤などの関係もあるらしく、集まっているのは50人ほどだろうか。小さなグループを作って思い思いに盛り上がっている様子だ。

 入り口で辺りを見回す3人にいち早く気がついたのは、昨日共に洗濯をしたあのペールだった。 

「ティト、こっち来いよ」

 手を振って立ち飲みの小さなテーブルを示した。

 どうしようか迷っていると頭上でシグマの声がした。

「すっかりペールに気に入られたようだな」

 レオナが楽しそうに笑う。

「いっそペールのとこに入れてやろうか」

 それは楽しそうだ。期待をこめてレオナを見たが、隣に立っていたシグマがあっさりと首を横に振った。

「無理だと思うぞ」

「そうなの?」

 ちょこんと首をかしげるレオナ。

 本当にこの人が殺人人形とまで評される噂の騎士なんだろうか。最年少のはずのティトですら子供っぽいと思うような仕草を時々する。

「俺もお前の代理で会議に出てたからまだ見ちゃいないんだが、ティトは槍使いだそうだ。ああいうでかい得物は第四中隊とは相性が悪い」

「残念」

 レオナは肩をすくめた。

「まあそれでも、仲良くするに越したことはないよね。いっといで」

 背を押されてペールの元に行くと、挨拶よりも先に並々と穀物酒が注がれたジョッキを押し付けられた。

「歓迎の酒だ、行け」

 飲めという意味だろう。ティトは意を決して一気にあおった。

「ぐっ――ゲホッゲホッゲホッ!」

 予想以上の刺激がのどから鼻に駆け上がり、半分もあけないうちに激しく咽た。

「おいおい。大丈夫か?」

「もしかして下戸?」

 呼吸が止まるほどの咳でよくわからなかったが、誰かが背中をさすっているようだった。

「す、すみません……慣れていなくて」

 この国の法律に飲酒の年齢制限はないが、ティトの育った地域には慣習的な年齢制限があった。それゆえ、去年の誕生日に初めて酒を口にし、それからは両手で数えるくらいしか飲んでいない。それもこんな強い酒ではなく、度数の低い果実酒ばかり。

 なんとか咳が収まった頃には今度は耳と目の周りが熱くなってきた。

「顔、真っ赤だぞ」

「取り合えず横になるか?」

 断る間もなくベンチに転がされる。

「水取ってくるから待ってろ」

 誰かに肩を押さえ込まれている間に別の誰かがぱたぱたと去っていく足音が聞こえた。

「飲めねえなら飲めねえって言やあいいのに」

 呆れたように言ったのは昨日『決闘』をしていた赤い髪の人だった。

「飲めない訳じゃないんですが……果実酒3杯くらいで倒れます」

「それを飲めねえって言うんだよ」

「でも10分もすれば素面に戻ってまた飲めるし二日酔いも無いので」

「……強いのか弱いのかはっきりしろ」

 ぐしゃぐしゃと髪をかき回された。

「レオ、ほどほどにしてやれよ。頭動かしたら吐くかもしれないぜ」

 そういってジョッキに入った水を差し出したのはペールだった。

 なんとか半身を起こしてそれを受け取ると、今度はゆっくり口に流し込んだ。 

 水はぬるかったが、舌の周りにまとわりついていた苦味が洗い流されて少しマシな気分になった。

「しばらくそこに座ってな。誰かに飲まされそうになったら『シュナップ飲んでます』って言え」

「しゅなっぷ」

「水みたいな色した酒の名前だ」

 ティトが握ったままの水の入ったジョッキを指して言う。なるほど、これを見せて誤魔化せという事か。

「そんな量のシュナップ飲んだら俺でも倒れるけどな」

 レオと呼ばれた赤い髪の男が腹を抱えて笑った。

 

*作中の国(イーカル王国)の法律には飲酒に年齢制限はありません。

*日本の法律では飲酒は二十歳を超えてからです。法律は遵守しましょう。

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