怒れる将軍
怒鳴り声で全員が動きを止める中、第一中隊長ガルドーだけがぺこぺこと頭を下げている。
隊員達からは「爺さん」という渾名で呼ばれるガルドーは、第二連隊一の古株にして前連隊長。訓練用の軍服を着ている事が多いが、実は騎士位も有している実力者だ。
だが、数年前に足の怪我が原因で連隊長の役を辞して以来「第一線は退いた」と明言している。普段騎士服を纏わないのも、現連隊長のやり方に口を挟まないという姿勢をあらわすためであるようだ。しかし連隊長時代に築いた信頼と顔の広さから、現連隊長と副連隊長が留守の時には率先して対外交渉をする人物でもある。
そのガルドーの前で腕を組んでイライラと足をゆすっているのは、騎士の制服と似ているがいかにも偉そうな飾りの付いた服を着た男。
ティトが入隊してからのこの数ヶ月で一度も見たことがない顔だ。
「とにかく! すぐに! 連隊長を俺の部屋に連れて来い!!」
演習場に響き渡るほどの大声でそう告げた後、男は肩を怒らせながら出て行った。
「――あれ、誰」
土嚢を運んでいたティトは同じ作業をする仲間にこっそりと聞いた。
「知らないのか。将軍だよ。うちの軍で一番偉い人」
「へえ……」
「御自らいらっしゃるなんて相当の事態だな」
廊下の向こうでも頭を下げ続けたガルドーは、室内に戻るとすぐにその場に居る全員を集めた。
「レオナの行方を知ってる者はいないな」
ティト自身は朝の伝達以来顔を見ていない。
全員が首を横に振った。
その内、一人がぽつりと呟いた。
「昼ごろにシグマと図書棟に行くっつってたけど」
「そのシグマも居ないな」
「シグマなら一人で町の方に出てくのを見たぜ?」
「雨なのに?」
シグマは雨の日には敷地の外に一歩も出ないというのは有名な話だ。
かといって雨嫌いではないらしく、雨の屋外演習は嫌がる素振りを見せない。第二連隊七不思議のひとつだとペールが笑っていた。
「レオナもここには居ないようだし――外を探すほかないな」
ガルドーはそこに居るものを見回した。
二十人ほどだろうか。日暮れも近く、もう片付けを担当する者しか残っていなかった。
「俺は王宮へ行く。陛下の所にいる可能性もあるからな。
ディノは十人くらい連れて西町を探せ。どこかで飲んでいるかもしれない。
ペールは残った者を適当に分けて軍の中を。
レオナが無理なら、最悪シグマでもいい。将軍の所に行かせるんだ」
ガルドーの指示で真っ先にディノが同じ中隊の数名を引き連れて部屋を出て行った。それを見送り、残った者と共にティトもペールについて行こうとした所をガルドーが呼び止めた。
「ティト。お前が一番足が速いな。テート家の屋敷を知ってるか?」
「一度行きました」
砂嵐の日に、レオナに連れられて逃げ込んだ。貴族の屋敷が集まる高級住宅地のちょうど真ん中あたりだ。
「まず、テート家に行ってレオナが戻っていないか確認しろ。
そこに居なかったら、屋敷の前の道をまっすぐ水路通りに向かって、神殿広場に出る1ブロック手前だ。門柱に『ブラント剣術学校』って看板が掛かってるから、そこで聞いてみてくれ」
「ブラント剣術学校?」
聞き覚えが無かった。そもそもレオナ以下ほぼ全員が辺境育ちという第二連隊において、王都の剣術学校など縁があるはずもない。
「そこはホルスト・ファル・ブラント剣術指南役の屋敷だ。レオナはご息女のルティア・ファル・ブラント嬢と懇意にしているから、もしかしたらそこにいるかもしれない」
ティトはそこで初めて、噂の彼女の名前を知った。




