三日後のこと
三日前、彼女が出来た。うん、まあいいとしよう。
三日前、空手道部に入部することになった。まあ、いいかな?
三日前、帰りが遅くなった。うん、これが駄目だったかな。
三日前、交通事故に遭った。
そんなわけで国立病院なう。T字路を通りがかったところで居眠り運転の車に襲われ、危く左のブロック塀と右の暴走自動車に挟まれてお陀仏してしまうところだった。華麗なステップで跳んだおかげで車に撥ねられただけで済んだが、右脚にヒビが入ってしまい、入院二週間、通院二週間の計一ヶ月で完治するらしい。
サッカーが出来なくなってしまった上に、4週間後ってテストじゃなかったっけ? いくら記憶力と理解力が人並み以上と自負する俺でも、これはきつい。仕方がないからゲームしよう、ゲーム。
ゲームをしていると、扉の外からやかましい音が聞こえてきた。多分病気がちな子供達だろう、妙に騒がしいがたぶんそうだ。区切りのいいところまでレベル上げが出来たのでセーブポイントに向かう。その道すがらもレベル上げ。
「ふっ、巨人どもめ……」
そんな薄い装備で俺のサリエル様に勝てると思うなよ。て言うか即死出来るし、敵じゃないな。
高い攻撃力? 当たらなければいいのだよ!
「……はぁ」
なんで平日の昼間からゲームしてんだろ。記録し終わったので携帯ゲーム機の電源を切る。
暇なので外に出てみようと思い、ベッドから這い出て車椅子に座る。さて、中庭へ。いや、屋上かな? ……屋上、嫌な思い出があるからいいや。
そんなわけで中庭。特に何もないので車椅子から下りてベンチに座る。
病院の中庭は直径50メートルほどの円形になっており、その中央には大きな噴水がある。噴水の周りにはいくつかのベンチがあり、その間を縫うように平らな道が放射状に伸びている。緑も豊富で、広葉樹が何本も植えられておりいくつも日陰を作っている。
俺が怪我ではなく病気で入院していたら絶対木陰で寝ていた。綺麗に整備された芝生だ、寝やすいに決まっている。
くそ、車の運転手め、なんて名前だったっけ、まあいい、謝って済むと思っていたようだが大間違いだ。金で全てどうにかなると勘違いしていられるのも今のうちだ。
一ヶ月もすればあんたは俺の事をすっかり忘れ、それは俺も同じだろう。 だが。
だが、今の俺はあんたを許さない。小鳥遊式の呪術で一生不幸な目に遭わせてやる。小雪さん流石だぜ!
俺からあの木陰でのお昼寝タイムを奪ったんだ、それぐらいしてやらなくちゃ気が収まらない。
「あの……」
頭の中で病室の見取り図を描いていると、後ろから声をかけられた。
「……なんすか?」
振り返ると、中性的な顔立ちの少年が立っていた。……男の娘にすれば美味しいかも? おい、何の話だ。
少年が俺の右脚を指差しながら尋ねた。
「脚、怪我してるの?」
見りゃわかるだろ。大丈夫か?
「まあな。三日前、車に撥ねられてひびが入ったみたいだ」
「大変だね」
「……眠いのか?」
どうして? という様に少年が首を傾げる。
「いや、表情とか、雰囲気とか、語調とか」
「ああ、普段からこうなんだ。妹にもよく言われる」
妹がいるらしい。見た目からして幼いし、多分双子か年子だろう。
「いつもなんて言われてるんだ?」
「『言いたいことがあるならハッキリ言いなさい』って」
『言いたいことがあるならハッキリ言いなさい』。何処かで言われたことのある言葉だ。おい、まさかだよな?
「なんか、厳しい妹だな」
「うん。でも優しい」
あいつは優しくない。杞憂だったようだ。
「で、何の用だ?」
「脚、痛そうだなって」
「それ程ではないよ。安静にしていれば治るって言われてるし」
不味い飯食ってれば治るかどうかは知らないけど。
「脚、治してあげようか?」
……ふう、前言撤回。こいつ小雪の兄貴らしい。魔女の家系じゃねえかよ、洒落になんねえよ。よく見たら肌の色とか小雪に似て白く、髪も同じ栗色の毛だった。
「いや、今後の人生、あと何回病院に行くかわからないし、老後に備えて病院の環境にも慣れておかないとだから遠慮しておくよ」
「…………? 驚かないの?」
「なにがだ?」
「脚、治すよって」
「ああ、それ。まあ、驚いてる、ね。うん」
超驚いた。
「嘘言ってる」
「へ……?」
やべえ、魔女って気付いたことを悟られた? 小雪とか出て来たら自殺するぜ、俺。
「絶対本気にしてない」
「うん、子供の妄想だと思ってる」
命拾いした。
「子供じゃないもん……」
そう呟くと、小雪の兄貴であろう少年は走り去って行った。
「…………」
なんだありゃ?
俺は小雪に遭遇するのが怖いので自分の病室に戻ることにした。