多分一騎打ちだと思う
副部長と対面。場所はなぜか3年1組。
「何も見てませんよ」
「まだ何も言ってないでしょ」
全くだ。いや、しっかりちゃっかり女子更衣室とか覗いちゃったけどね。
「……大丈夫だった?」
「不安の元ならつまみ出しましたよ。天井裏になんかいたんで」
「見てるし……」
なんのことでしょう?
「まあ、これからは顧問の先生や他の部活の人に迷惑――」
「あーはいはい」
「じゃ、話は済んだようなので」
笑顔で手を振り、踵を返して急いで教室からの脱出を図る。
がたがたっ!
外側からしか開け閉め出来ない鍵が付いている扉の鍵がかかっていた。
「っておい! 密室!」
「はいはい静かに。一応『みーてぃんぐ』ってことになってるんだから」
「俺とあなた以外誰もいない気が……」
殺されるのだろうか?
「あたしと一試合してくれない?」
「……あ、オーケーです」
「あらそう」
顔面殴ってやる。
「じゃ、防具そこに置いてあるから適当につけちゃって」
おいマジかよ、防具とかあんのかよ。副部長が指差す方向を見ると、新品同然の防具が置いてあった。
「それ、空手道部に入部したらあんたのだから」
「なん……だと……」
「いや、冗談じゃなくて」
前々から計画されていたのか? むしろこれを機に入部させてやろうってことだな?
おそらく、俺が勝っても負けても入部させられるだろう。
勝つと、その強さを是非うちの部で活かしてくれ、腐らせておくのはもったいないと。負けると、素質があるけどあと一歩足りない、うちに入ればもっと強くなれるよと。
おい、これっていわゆる前門の虎後門の狼じゃね?
意味間違ってるから。
「いや、剣道やってますし、演劇部にも入ってますし、もっと言っちゃうと部活見学の時に女テニと男バスと新聞部に勧誘されてて……」
しかもイケメンからサッカー部に練習しに来いと言われている。いいぜ、俺の神砂嵐を見せてやる……。バナナシュート関係ない。
「最後何故に新聞部!? っていうか女テニ!」
着替え終わった副部長がツッコミを入れる。ふむ、制服に空手の防具と言うのも中々……。スカートの中身が見えてもそれは事故だ。
つけ方がわからないが、紐の配置と勘でどうにか装備する。
おお、体の底から湧き出るパワー。これはもしや、闘気?
「しっ!」
先手必勝。何故かボクシングのステップを始めた俺は右ストレートを顔面に叩き込む。
この一撃にすべてを賭ける! うわぁお! 華麗に躱されちゃったぜ!
「ぐっはあ! やーらーれーたぁー……」
幸い、机は全て後ろに片付けられていたので床を滑り、顔面から床に激突した程度だった。しかし、魂からの一撃を躱されてしまった俺にもうパワーは残っていない。
帰るか?
「ほらほら、そんなもんなの?」
「試合中の私語は厳禁ですよっと」
勢いをつけて起き上がる。パワーでは駄目だ。スピードで勝負しよう。
だらりと両腕をぶら下げ、全身の力を隈なく抜く。その状態でふらふらと副部長に近づく。
「ふっ……」
殴るとき掛け声出すらしいけどどんなのか知らないのでとりあえず両腕でど素人全開ラッシュ。防ぐ手首を折る気で殴る。
……あ、俺インテリ系じゃん。趣味程度でしか体鍛えてないからそんな力なくない? まずったな、喧嘩剣道(素手)に切り替えるか? でも、それって相手の体を壊す前提だし、流石に拙いだろう。
どうしたもんかなー、と考えていると、完全下校を促すチャイムが鳴った。
「そこまでっ!」
副部長が叫ぶ。
「ふんっ!」
無意味に首を狙って上段回し蹴りを決める。ずばっ! と気持ちのいい音とともに防がれた。
無言のまま元の位置に立ち、お互いに礼をする。
「……なんで最後だけあんなに綺麗に……」
呆れた声を出しながら副部長は防具を外していく。
「上段回し蹴りだけは極めましたから」
失言その一。副部長の目が輝いた。
「いいね! 必殺技って大切だよね! あたしはただの突きだから迫力に欠けるんだよねー」
「うーん、ひとくくりで突きって言っても、ただの突きと必殺の間合いに入った突きなら、迫力も威力も全然違うと思いますよ」
失言その二。目つきが鋭くなった。
「お、言うねー」
「格闘技の試合はよく親についてって見てましたから」
「ん? 親も空手やってるの?」
「いや、カメラマンです。なんでも取りますよ」
この前は川の流れを撮った写真をお土産にくれた。おい、神だろ俺の親父。
「へー、じゃあさ、もしかするとあたしの試合も知ってるかもってこと?」
「今はもう流石に……」
「んー、残念」
しかし、見てみたいかもしれない。この人、俺がこんなに汗をかいているというのに、全く汗をかいている様子がない。さっきの試合も終始余裕そうだった。
「カッコいいですよね、格闘技やってる女性って」
防具を片付け終わったので、そのまま床に倒れるようにして横になる。パンツ見えねーかなー。
「あたしもそう思う。あたしの叔母さんが空手やっててさ、それを見て空手をやり始めたんだよね」
群馬県民なら「~~始めたんさー」と言っていただろう。さーってなんだよ。群馬の友人の方便が気になりすぎてしょうがなかった。
「楽しかったですか?」
「うーん、びみょ」
「え?」
「なんかさ、怒鳴られてばっかだし、やめちゃおうかなー、なんて思った時が何度もあったんだよね。通ってた道場、おっさんが師範だし」
「あー、セクハラとかされそうですよね」
下心満載。痴漢対策のために空手を始める女子もいると言うが、習いに行って痴漢をうけていては本末転倒である。ならばぜひ剣道を。
あとパンツが見えない。
「そうそう、ほら、あたしって胸大きいじゃん? 中学の頃からちょっとおっさんの目があれだったから、親に言ってちょっと遠い道場に変えてもらったんだよね」
「流石……。惚れちまう位カッコいいぜ……」
「あっはは! 褒めてもなんも出ないよー」
おっと、独り言が聞こえてしまっていたようだ。ところでいつパンツが見えるのだろうか。
「ところでさ、空手道部入る気ない?」
「え? えー……」
「ほらほらー、入っちゃえよ、さっき由紀といい感じだったじゃん」
ゆき……だと? 小雪さん? いや、たぶんあの人だと思う。俺の彼女みたいな人。
「それは、まあ、ねえ?」
「あ、ああ、うん」
「あれですから」
「従姉だったり?」
なぜそうなる。
「違いますよ……」
「じゃあやっぱり付き合ってるんだ。いつから?」
「ついさっきです」
副部長の頭の上に疑問符が浮かぶ。俺の頭の上にも疑問符が浮かぶ。
「いや、なんであんたも首傾げてんのよ」
「いや、流れで付き合っちゃって、俺ちょっとよくわかんないっす」
「えっと、なにそれ。今まで付き合ったことあるの?」
「1回だけ。勝手に告白されて勝手に付き合うことになって勝手に振られました」
「なにその微妙な関係……」
しかもそうぜつ。想像を絶すると書いてそうぜつ。
「まあ、俺もそいつの事を好きになってたし、ちょっと傷付きましたけど、その程度です」
今でもふとした拍子に探してしまう自分がいるのは否定できない。
「はあ……。由紀もなんであんたなんかを……」
「カッコ良かったからじゃないすか?」
「真顔で言うな」
くっそ惜しい、パンツ……。スカート短めだが極端に短いというわけでもなく、むしろ注視するべきは胸、というわけか。胸なんて妹の見ればよくね? 小雪さんならなおグッド。
「ねむー。疲れたー。先輩負ぶって―」
「男子が何を言うかっ」
先輩じゃ駄目か……。なら、お母さん?
「姉ちゃーん」
「あたし一人っ子だし、妹が欲しいかなー?」
「ほら、ここ、ここ! ひょっとするとボーイッシュな女子に見えますよ!」
「自分で言うな」
どう見てもボーイッシュなボーイです。
パンツも見えないので諦めて立ち上がる。
「じゃ、試合にだけ出る方針で」
「チョイ待ち、基本はどうした」
「先輩と同じ道場通うことにします」
「えー……」
露骨に嫌そうな顔をされた。
「近くに道場あるよ? 例のおっさんの」
「嫌でしょ! どうせ気持ち悪い顔して実の無い練習させられて金だけ搾り取られるのがオチですから!」
「うん、大体あってる」
ガチャリと内側にしかついていない鍵を開けながら副部長は苦笑いする。
「あのおっさん、普通じゃないからね……」
「それに、知ってる人がいると継続できそうですしね」
「あはは、由紀も一緒の道場だから、あんまり羽目を外さないようにね」
「大丈夫です。貧乳にしか興味ないんで」
「うぐっ!」
ゆらりと副部長が揺れる。
「貧乳……」
乳デカいと空手に不利ですからねー。偏見。