ちょい待ち、もっかい言ってくれない?
話が長いこと長いこと。
空が割れて美少女が降って来ないかと考えながら歩いていたら、危く鳩のフンが顔に引っかかりそうになった。避けたけど。鳩め、頭空っぽなだけあって憎めない。あ奴、やりおるわ……。
「今日は厄日だな……」
家に帰っても母がいる。学校に行くと演劇部に来いと言われる。しかしまあ、一番安全な場所は学校なわけで、授業中無駄に指される以外に不幸は振りかからないだろう。心して授業に臨むとしよう。幸い、予習はばっちりだ。
……あと、関係ないけど背が伸びて欲しい。すれ違うセールスマンのおじさんを見ながらそう考えた。
場所も時間も変わって放課後の剣道場。演劇部の幽霊部あ員を目指す俺はひたすら誰もいない剣道場で竹刀を構えていた。この時間、普通は剣道部員がいる時間なのだが、今日は久し振りに晴れたので外で走り込みをしているそうだ。
俺はなにもない虚空を睨み続ける。かれこれ30分以上この状態でいる。剣道場、柔道場、空手道場とうちの学校には3つの同情がある。なぜか弓道部はあるのだが、弓道場が無い。近々建てるつもりらしいが。剣道場の周りは竹林となっており、外界の音を全て吸い込んでくれるので道場内は無音に近い状態である。
更に1時間が経った。後30分ほどで俺は帰る時間になるだろう。その前に剣道部が戻ってくれば、話はまた別なのだが。
ただひたすら無心で構えること2時間。とうとう俺は構えを解く。
「――ふっ」
目の前に立つ架空の相手の面を一瞬で打ちぬく。反撃が来る前に小手を両手に叩き込み、後退。ぴたりと剣先を相手の咽喉に付け、動いたら殺すという意思を明確に示す。
相手が動き出すと同時に継ぎ足で近づき、剣道場いっぱいに響くほどの音で相手の足を踏む。そのまま肩で胸に体当たりをしバランスを崩させ、止めの全力パンチ。相手がぶっ飛ぶ直前に身を翻し軸足を刈り取る。ぶっ倒れた衝撃でがら空きになった喉に向けて竹刀の剣先を一閃。
俺流剣道、名付けて喧嘩剣道。中学の頃は何を言われても剣道部では基本の事しかやってないから、試合経験なし。大会出場経験ももちろんなし。ただひたすら道場の端っこで竹刀を振ったり筋トレしたりしていただけだ。
因みに背が低く、しかも親がそこそこ金持ちなのでおされな俺をカモと思って絡んでくるチンピラがよくいた。なので、喧嘩はそこそこ強いというわけだ。背が低いとかうるせえよ。
手拭いで汗を拭きながら竹刀を籠にしまう。大丈夫だよな? ここまでは順調だぞ? 厄日って思ってたけど、今朝の鳩のフンだけだったか? 心配して損した。結局、杞憂だったというわけだ。
道着を脱ぎ、タオルで汗を拭きとる。ちゃっちゃと制服に着替え、道着は綺麗に畳み元の場所に戻しておく。
「ん……?」
鞄を肩に適当に引っ掛けながら更衣室から出ると、何故か空手部の皆さんがいた。校舎を挟んで向こう側にあるはずの空手道場と間違えるはずないし、道場破りでもしに来たのだろうか。それは困る。
「あの、なんか用っすか」
「ん? ああ、此処に今いる剣道部員は君だけか?」
「剣道部員なら今土手で走ってるはずですよ。夕日に向かって」
つまり帰ってきている途中という事。
「は?」
やけに馴れ馴れしい女の先輩が呆けた顔をする。どうしよう、知り合いの先輩、女性率が異常に高いぞ俺。
「あなたは空手道部の、そうっすね、副部長ですね。何か剣道部に用ですか?」
「いや、別段用と言う用は……」
「人がいないから入ってきたんなら、出てってください。空き巣ですかあなた」
周りの空手道部員が急に騒がしくなった。
「おい、お前。誰に向かって――」
「虎の威を借る狐は引っ込んでろ」
後ろから肩を掴んできた男子生徒を睨む。男子生徒は一瞬怯むが、すぐに負けじと俺を睨んできた。
「なんだと?」
「喧嘩するなら辞めた方が良いよ。退部させてあげるから」
具体的には俺が一方的に殴られたという形で。とりあえず目で殺す。
「くっ……!」
気圧されたようで、男子生徒は睨みを利かせながら退いて行く。違う、俺お前に負ける自信あるから。
「君、剣道部員ならここに1人でいる理由を教えてくれない?」
「自主練です。許可とって1人でやってました。とりあえず、出てってくれます? 俺、基礎練習終わったんで次は筋トレしたいんです」
「なら、そこの隅でやってても良いんじゃないのかい? 私たちはここで練習しているから」
あ結局聞こうと思って聞いてなかった。よかった、先輩のおかげで思い出せた。
「なんでここで練習する必要があるんです? あ、なんなら俺が空手道場に――」
「駄目だ!」
急に空手道部の副部長が叫ぶ。お、いいぞ。
「そっすか、じゃあ俺はこれで失礼しますね~」
「――え? あ、いやっ! 待て! 待ちなさい!」
皆青ざめた表情になる。
「帰るだけなんで気にしないで下さいね~」
へっへっへ、俺の鼻が『事件の臭いだ!』とうるさいぜ。おい、俺の鼻に何があった。
「ちっ、捕まえろ!」
お前らどこの悪の結社? みたいな統制の良さで俺を捕まえようとするが、残念ながら俺は一対多数でのシュミレーションで300回は伊達に死んでいない。死に過ぎだ。
「捕まえっ!?」
「ごめんなー」
最初に襲い掛かって女子の唇に人差し指を当てる。一瞬の戸惑いを利用して、親父から受け継いだ無我の境地という中二くさい技を使う。頭を空っぽにして逃げに徹する。
えっへっへ、逃げ足だけは早いのよ、あっし。
颯爽と逃げきった俺は雅人にメールで『今日は用事が出来て一緒に帰れなくなった。悪い』とだけ伝えておく。
「さて、と」
ピッキングで鍵を開け、道場内に侵入する。こそこそと中を覗き込む。
「ん? なにもいないじゃん」
しかも割と綺麗だし。とりあえず女子更衣室、女子トイレも含め隅々まで道場内を調べるが、何も見つからない。女子トイレが臭くて汚かったぐらいだ。
「うし、最後はやっぱり天井裏かな」
目の前にある謎のはしごを意気揚々とのぼる。
ひょこっ、と顔を出してみると、埃とカビ臭さが出迎えてくれた。あんまり嬉しくない。天井裏は狭く、そのうえ薄暗い。とりあえず、空手道部の悪い噂を思い出す努力を俺は始める。
「不純性行為。喧嘩。万引き。ブログの炎上……」
どこの部活も同じ感じだし、これは関係ない。スマホを取りだし、学校裏サイトへ飛ぶ。
「ん? 不当に占拠された?」
理由はわからないが、過去に何度も占拠され、柔道部や剣道部のほかに体育館を使う部活が迷惑しているようだ。理由として嫌がらせだとか顧問間の仲が悪いとかあるが、空手道場に行くことを止められたし、顧問の仲は良好で、むしろ空手道部の顧問がいない時に限って行われているようだ。
謎は深まるばかりだ……。
「ん、騒がしくなってきた」
しかし残念。鍵を開けても押して開けるタイプの扉だったから、つっかえ棒を立ててしまえがどうにでもなる。
「――――!」
奥の方でなにか音がした。かさりっていうか、すすっていうか、布を引きずる音がした。妖怪だろうか? とワクワクしながら鞄から細めのシャーペンを取りだし音の方へ向かっていく。
「もしもーし?」
「…………」
呼吸音が聞こえてきた。おそらく妖怪なら、見られている感覚に恐怖した部員たちが逃げるために、もし虐めなら、ここに閉じ込め独りにするため、それ以外ならなんかこう、アレな感じだ。要するにわからないってこと。
「大丈夫か? 生きてる、か。腹減ってる?」
さっきまでスマホの画面を見ていたので輪郭がわからなかったが、どうやら小ささから見て妖怪の類らしい。おいマジかよ! 飼うか。
「日本語分かる?」
無言でうなずいたように見えた。暗がりになれた目で見てみると、割と可愛い顔をしていた。よし、これでオスだったら捨てよう。
「じゃ、こっち来てくれ。皆迷惑してるみたいだから、ね? 君も怖いのは嫌だろ?」
そう言って手を差し出すと、おずおずと言った感じでこっちに寄ってくる。ちっちぇー、親指姫よりは大きいけど。
「名前は?」
「…………」
何言ってるかわからないので耳を近づける。
「……ようこ」
そうかそうか、ようこと言う名前なのか。可愛らしい名前だ。
いや待てよ。
「わり、確認のためにもっかいよろしく」
「……ようこ」
そうか、妖狐か。俺は化かされていたというわけだな。
とりあえず狸ではないので鞄に突っ込んでおく。
狸寝入りとか駄目ですよ。