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入部試験という名のじゃんけん大会

「おーい、連れてきたよー」

 胸の柔らかさを頭の中で例えていると体育館に連れてこられた。はっと我に返り、あたりを見回す。要注意人物がいないようだったので、密かに胸をなでおろす。よし、逃げ――。

「ほら、和泉くん、だっけ? そっちは何もないよ」

 メガネをかけたインテリ系の男の先輩に捕まった。腕章の色が赤だったので、2年生の先輩だろう。せぇたっけー。

「あ、はい……。唐木先輩が急にいなくなったもので」

「あはは、まあ、悪い人じゃないから恨まないであげてね」

「はあ……」

 平気で人の弱みを握る人なんだけど……。悪い奴、ではない、かな? 決して下心があるわけではない。胸が柔らかかったとか、そんなこと考えてない。

「おーい、ほら、こっちだよー」

「唐木先輩、どこでしょうね?」

「たぶん、舞台裏かな? 僕はトイレに寄るから先に行ってていいよ」

「えっ! 1人にしないで下さい! 何されるかわかりませんって!」

「ええ? そうは言われてもな……」

 名も知らぬ先輩は困ったように舞台袖を見やる。俺もつられて舞台袖を見ると、見知らぬ人がわさわさいた。

「皆、君が来るのを心待ちにしてたんだよ」

「どうしてそうなったんすか……」

「あっはは。詳しくは舞台袖で、ね?」

 メガネが悪戯っぽくウインクする。そして俺は悟った。

 ――ああ、そうか。この人も敵なのか。

「……先輩」

「ん? 何?」

「トイレ、行かないんすか?」

「あー、逃がさないよ?」


「わっ!」

「……ん、あ、うわー」

 予想以上に予想通りな方法で襲われてしまった。思った以上に棒読みで返事をしてしまい、なんだか唐木先輩を不満にさせてしまったようだ。

「何! アタシのパンツ見た時よりリアクション薄いじゃん!」

「そういう事大声で言わないで下さい! あとあれは不意打ちで驚いただけです!」

「何よ、今のは不意打ちじゃないって言うの!?」

「えっ、いや、まあ、そう……だと思います……」

 思わず言い淀んでしまう。しまったと思いながら先輩を見ると、目尻に涙を溜めていた。そんなことぐらいで泣かないでほしい。

「いや、って言うか、驚き過ぎて息するのも忘れてしまったというか、なんというか」

 しどろもどろに弁明する。

「…………」

「えっと、先輩?」

 目尻に涙を溜めたまま、俺の手を掴む。返事を待っていたので驚いて身を強張らせてしまった。唐木先輩は満面に笑みでこちらを向く。

「へへ、行こっ」

「そっすね」

 急に機嫌よくなりやがった……。いらっとしたのでちょっと歩幅を狭くしてゆっくりめに歩く。


「じゃーんけーん」

「なんすか急に」

「演劇部伝統のじゃんけん大会という名の入部試験だよ?」

 初めて聞いた。他の部員の顔を見ると皆微妙な顔をしながら頷く。なにか嫌な思い出でもあったのだろうかと身構える。

「ルール、いいっすか?」

「チャーリーよろしく!」

 唐木先輩はさっきのメガネの先輩を呼ぶ。チャーリーってなんだよ、チョコレート工場で働いてんじゃないの? どうなのよ?

 にこにこというよりにやにやと笑いながらチャーリー先輩が近づいてくる。なんだろう、一瞬負けた気がした。『チャーリー』恐るべし。

「まあ、ルールは簡単。5回勝負して、勝率を賭けて入部条件とその後の待遇を決めるんだよ」

「へえ、面倒ですね」

「まあね、エレナ……んん、唐木が初めてどんぴしゃだったのが最近の戦況だよ」

 それ今年違くない? 唐木先輩って2年だから去年だよね?

「因みに賭けが外れたら、今は留守してるけど部長の判断でその後の処遇が決められるシステムになってる」

「うわあ……」

 だから皆微妙な顔だったのか……。

「あと、じゃんけんする相手は毎回好きな人と出来るからね」

「そっすか……」

 できればさっさと終わらせて帰ってしまいたいので、1人の人と5回やった方がさっさと終わるだろう。

 と、言うわけで……。

「じゃあ、唐木先輩と5回勝負します」

「え? 指名? 照れるなー」

「顔見知りだからやりやすいってだけですよ」

 後ろの女子達、騒ぐな。ちげえよ。騒ぐなよ。

「よっしー、勝率は?」

 緑のドラゴンを思い起こすような掛け声はよしてほしい。

「5・0で俺のストレート負けで」

「ん? へんなの、3・2とかの方が良いんじゃない?」

「助言感謝します、が。変えませんよ」

 意味もなく、ちょっと不敵に笑ってみる。それを見た唐木先輩の目は猛禽類の眼光を帯びる。怖い、俺は小動物か。あのわきわき動いている両手に捕まるのか。

 ……落ちつけ、俺。

「うふふ、圧倒的に勝ってあげる」

「そりゃどうも」

 助かる。

 向かい合う俺達2人の横に、すっとチャーリー先輩が立つ。

「それでは、1回戦。用意……」

 まずは何を出そうか、などとは考えず、頭を真っ白にする。無言で右手を握り、唐木先輩を睨むように腰を低く構える。

 いつでもグーで殴れる体勢。

「ではっ! じゃーんけーん――」

 チャーリー先輩の掛け声に合わせ、俺と唐木先輩は手を振りかぶる。

「「ぽんっ!」」

 数分後、俺の運命を賭けたじゃんけん大会はあっけなく幕を閉じた……。

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