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2014.02.24 細かい文章表現を訂正しています。

それからの数日は何事もなかったかのように平和だった。

名越がまどかにいたずらに近寄ろうとせず、いちクラスメートとして扱うようになったのだ。

あの時、年甲斐もなく感情的になってしまった手前気恥ずしさがあり、まどかの方からも話しかけようとは思わないので、名越の心境は分からない。

こんな状況なので生徒達の間で憶測が飛び交い、まどかが屋上で名越に振られてしまったという噂話が瞬時に広がった。

それをうけまた早乙女が接触してきたので真相をかいつまんで話した。

すると、名越君と西上さんは大ゲンカをして仲たがいをして、その大ゲンカの内容は、西上さんが早乙女さんに代わって名越の浮気を戒めたとのことで話が完結したようだ。

間違ってはいない。

そして名越と話をしなくなったまどかに気をよくした他の女子達がだんだん話しかけてくれるようになった。

そしてちゃっかり、この学園の女子達ご愛顧のプロフサイトを教えてもらい、情報網がグンと広がった。

名越に罠を仕掛けたのかもしれない例の"望月さん"は、急成長を続けるIT企業幹部の長女だそうだ。

依頼人からは、しっかり事前に防ぐようにと釘を刺されてしまったが、それでもよく相手の女の名前を聞き出せたものだという評価はしてもらえた。

確かに、情事の相手の事を父親から問いただされても答えたくないだろう。

そんな名越に対し、ああいう形ではあったものの避妊について強く言えたので少しでも心に響いてくれていたら良い。

しかし、接する機会のない望月サイドはどうしたものかと考えあぐねていたところ、依頼人がすぐに片付けると告げてきた。

その直後、望月のプロフに変化があった。

最近通っている学習塾にイケメン男子が入ってきてすぐ恋に発展した云々の日記が記され始めたのだ。

望月が名越との子を妊娠しそうかどうなのか判断するにはまだ時間が足りないが、塾イケメン出現後は名越へのアプローチをしなくなった様子なので、望月も罠ではなかったと思いたい。

やれやれひと安心…と息をつくまどかだったが、早乙女とも別れさせるように、と依頼人は二本目の釘を忘れてはいなかった。

しかし、名越を完全フリーにしてしまう方が危険度が増す、というのがまどかの持論なので、この一点については平行線だ。

最終的に、名越がパパにならなければ仕事は成功となるのだ。


「まどかちゃん、はいこれ美味しいよ。」

そう横から呼びかけられたので、まどかは回想をやめて顔を上げた。

「ありがと。このチョコ私も好きー。」

今日はゴールデンウイーク2日目で噂の勉強合宿初日である。

進学クラス二年生はわざわざ郊外の観光地である箱根まで行き、一泊二日旅館に閉じこもって勉強するとのことで、朝早く家を出て学園へ集合したらすぐ大型バスに乗せられた。

まどかは真ん中あたり窓側の座席で、隣に座っているのは清楚なお嬢様タイプの野原舞だ。

もともと出席番号がまどかのすぐ後ろということで教室でも後ろに座っているので、物を落として拾いあったり接する機会があった。

名越が離れてからは一人で過ごすようになったまどかに、友達の山下希美を伴って恐る恐る話しかけてくれるようになった。

あの名越に真正面から話せる女子だからこわいイメージがあったのだそうだ。

まどかの横で舞はふんわりとほほ笑んだ。

「ホント?良かった~。着いたらこういうの食べられないから今のうちだよね。」

ちまちまお菓子をつまむのは年齢問わずもはや女の習性である。

まどかは自然と頬をゆるめて談笑を楽しんでいた。

「そうだね。勉強の合間に必要なのは甘味なのにね!特に数学には必須なんだけどなぁ~。」

「ああっ!舞もまどかも何食べてんの?あたしにもちょうだいよ!」

その声を耳にして舞と共に後ろを振り返ると、希美が身を乗り出していた。

「あれ?希美、席そこだっけ?」

「変わってもらった!いい匂いがしたから!!」

「うふふっ、希美ちゃんもチョコ大好きだもんね~。はいどうぞ。」

「あっはーんありがと舞ー!!うはっ幸せぇ」

まどかはそんな希美に笑いかけた。

「希美立ってると危ないよ、ここら辺のカーブは特に急だよ。」

名前で呼びあうような女友達ができたのも情報が得やすくなったのも、名越が離れてくれたおかげなのだ。

そして、他人の恋愛沙汰が大好きな女子達によると名越はいま本当にフリーなので、学園の七不思議か何かだと騒がれているようだ。

次にお相手となるのは誰か、という予想でおおいに盛り上がっているらしい。

どうか名越がきちんと避妊をしてくれますように、どうか浮気も節度を持って行ってくれますようにと、途中下車した箱根神社でまどかは真剣に祈ったものだ。

「ああぁ!」

突然希美が奇声をあげながら体をグラつかせペットボトルのジュースを少しこぼしてしまった。

舞はともかく、希美のその明るさは進学クラスのイメージを良い意味で変えてくれた。

名前で呼び合おうと提案してくれたのもこの希美だ。

「ほら言ったじゃない。はい、ティッシュ使って。」

「希美ちゃんだいじょうぶ?」

「まどかありがと!マジでカーブ来るとはっ…。」

バスは続いて反対側に傾斜し、またも揺れた。

「わぁ…、ホントに急なカーブが続くね~。まどかちゃん詳しいんだ。箱根にはよく来るの?」

「え?ああ、そうそう。わりと!」

まどかはギクリとした顔を隠せたかどうか自信がなかった。

なぜなら箱根には、あの人とあの人の運転する車でよく行ったからだ。

「へー!まどかも別荘で?まあ都内から結構近いもんね。うちなんて八丈島に建てるもんだから遠っ!いつ行くのさ!」

お金持ちの通う学園で本当によかった。

ホッとしたまどかはここぞと話にのることにした。

「あーあそこは時間かかりそうだよね。夏休みとかじゃないと。」

「そうそう!最後に行ったのは小学3年の時!兄貴が部活に燃え始めてさ~、家族の休みがそろわなくなってね。いつの間にかもう家族旅行ではしゃぐような年齢じゃなくなったし別にいいんだけど!まどかは?」

私にいたっては家族旅行なんて昔話、とまどかは続けようとしたが、年齢に関わる話は墓穴を掘るのでやめておいた。

正直いつが最後だったかなんてもうあやふやで、おまけに本当の実家は一般家庭なので別荘なんてない。

まどかは当たり障りのない返答を心がけた。

「うん。もう家族とより友達同士で行った方が楽しいよね。」

「あー!まさに今日なんてゴールデンウイークなんだし、みんなで遊んで舞の家でお泊り会したかったな!」

「そうだけど、私は旅館に泊まり込みで勉強とかしたことないから今わりと楽しんでるよ?」

勉強をしに行くとはいえ、到着するまでの間のこういう移動時間はちょっとした遠足気分が味わえる。

それに娯楽や療養以外に旅館を利用するなんてまるで作家みたいだ、とまどかが新鮮に感じていると、希美は途端にテンションを下げて舞と顔を見合わせた。

「ああ…そっか。まどかは去年いなかったから。」

「ホントだぁ。去年の私たちもすごく期待してたのよね~。」

「えっ?あんまり楽しくないの?」

「着いたら分かるよ。旅館の周りなーんにもないから!もうね勉強以外のやることを全部取り上げましたーーー!って感じ。実際ほらスケジュールにも書いてあるでしょ?勉強以外の予定はゼロ。」

「んー。まあね…。でもさ温泉は?さすがに温泉街なんだから」

まどかがそう言い返した時、車内でかかっていたBGMの趣が変わった。

今までは高校生の間で流行しているらしいJ-POPが流れていたのだが、R&Bになったので生徒達がそれぞれに反応して、変えたのは誰だという話になる。

バスの中では映画等のDVDやブルーレイはダメだけど携帯音楽プレイヤーは聞いても良いという許しが出ていて、それなら誰かの音源を代わる代わるバスの中で流してしまおうという事だった。

もちろんそれが気に入らなければイヤホンをして自分のプレイヤーで聞けば良い。

「え!?これ佐々木の!?オシャレ!!」

一人が声を上げ、他の生徒達も続いた。

「わーさすが爺。大人だねえ!」

「佐々木お前その顔でこれはない!ネタだろ?」

「リズムアンドブルース!!」

多方面からのツッコミに佐々木と呼ばれた生徒が、

「何か問題でも?」

と涼しい顔で応じれば、爆笑が車内に充満する。

佐々木といえば、体育のバスケで名越をパス練習に誘いにきた生徒だった事をまどかは思い出した。

よく名越の隣にいるようだが、確かに、名越に負けず劣らず高校生離れした大人っぽさがあるように思える。

しかしそのルックスに派手さはなく、また隣が隣なので地味な印象だ。

「けど、「爺」は言いすぎじゃない?」

まどかがポツリとつぶやけば、希美がニヤニヤしながら舞を小突いた。

「んもう!希美ちゃんやめて!」

舞は慌てて口元に人差し指を添えた。

「いいじゃん~、まどかは王子派なんだから。」

「え?何どういうこと?」

まどかは首をかしげた。

「舞は数少ない爺…執事派なの。で、まどかは王子派だから、ライバルにはなりえないでしょ?」

「それでも!もう違う話にしようよ!」

舞は真っ赤になりながら涙目で訴えかけている。

まどかはハッとして聞いた。

「執事に王子って、まさか?」

希美は楽しそうにうなずく。

「まどか、あれだけ噂になったんだから、好意はあるんでしょ?仲直りしてそれからあの王子を略奪してよ、あのお嬢様から!私たち応援してるよ!ね、舞!」

「…。」

舞は黙って下を向き、さらに顔を背けている。

「舞も執事とくっつけば、ダブルデートができるじゃない!私パパラッチしちゃうわぁ!」

「あのさ二人とも。違うから。名越君が王子なら、私は姫じゃなくて王妃だよ。王子の母です。」

「ええええ」

希美が仰天し、舞も思わず顔を上げまどかを凝視した。

「あ!顔も中身もまるごと王に似たんだからね!私は平民出身だということくらい分かってるよ。その辺はわきまえてるんだから。」

「ええええ。母設定なのー?それじゃつまんない。けどじゃあ王は誰よ?」

「あはは…誰でもいいよ。」

まどかはどうでもよくなってバッグからジンジャーエールを取り出し、フタを開けようと手を添える。

すると、R&Bに詳しくはないが女性歌手のビブラートが耳に響いたので少し聞き入っていた。

その時、視界に一瞬名越の姿が入った。

目が合ったような気がして、まどかの胸はなぜか騒いだ。

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