07
2014.02.24 細かい文章表現を訂正しています。
まどかが教室へとたどり着いたのは、朝のHRをしに来た先生とほぼ同時だった。
お嬢様として常に品行方正を心がけているであろう早乙女が、どんな風に名越に詰め寄ったのだろうか。
早乙女はたった今の今まで何事かをまくしたてていたのだろう、先生の姿に気がつくと襟を正して名越に背を向け、他の生徒が静まりかえる中それはそれは蝶のように廊下へとすり抜けて行った。
もうじきチャイムが鳴る。
普通クラスとは校舎が離れているので、きっと早乙女は間に合わないだろうなと思いつつ、まどかは彼女が出て行ったドアの方を見ながら席に着こうとした。
が、席には着かせてもらえなかった。
「おい西上。」
名越がにらみつけながらまどかの左腕をつかんできた。
「怒って…ますよねー」
「面倒なことしてくれたな。それにしてもやるじゃねえか俺に気づかれずにのぞき見とは。」
名越の口調の荒さに、浮気をしておきながら身勝手に当たり散らすなんてと呆れたまどかは素気なく答える。
「現場は見てないよ。昨日放課後帰る時にここで会ったでしょ。その時の顔を見てそんな気がしただけ。」
教室内はまるで2人しかいないかのように凍りついていた。
教壇に立った先生ですら黙っている。
「うっせえ。お前、マジめんどくせえ!」
「めんどくせえ?」
まどかはつかまれた腕も気にする事なく、名越の威嚇を受け流していた。
全く動じることのないまどかに対して名越は返す言葉に行き詰まりを覚えたのか、次の一言が出てこない。
キーンコーンカーンコーン…
意外にもおとなしく席に着く名越に、教室内の張りつめた空気は和らいでいった。
昼休み。
誰もいない屋上には名越とまどかが向かい合って立っている。
1時間目から4時間目の間にも休み時間というものはあるのだが、昼休みにまとめて話をつけてしまおうというまどかの提案に名越は一瞬ポカンとしたが、一時休戦という形で合意したのだ。
屋上では先に複数の生徒が過ごしていて、いつもは憩いの場であるはずなのに、二人のただならぬ雰囲気を察して、一人また一人と全員出て行ってしまった。
春うららかなそよ風は眠りそうなくらい心地が良いはずなのに、今はそれがうっとうしく思えた。
朝は感情をあらわにしていた名越は一時休戦中に程良く頭を冷やせたようだった。
しかし、何か言おうするもすんでの所で迷いが出たのか、まどかに背を向けてフェンスの方へ歩き始めた。
それに続き後ろをゆっくり歩きながらまどかが先手を打つ。
「名越君、と…どこかの可愛い子ちゃんはここで結ばれたの?」
現役時代のまどかが知る限り"屋上で致した"という実話はないのだが、作り話ではまああり得る話だ。
漫画だった小説だったか、はたまた実話集なるものだったかどうかは定かではないが。
名越がパッとまどかに振り返り呆気にとられる表情をしたので、まどかはたたみかけるように続けた。
「ちょっと、今さら何もしてないとかとぼけないでよね?まあ場所なんてどうでもいいわ。どこかの可愛い子ちゃんは誰なの?」
「お前…見てたんじゃないのか?」
「現場は見てないって朝言ったじゃん。放課後名越君の顔を見た時に勘が働いただけ。」
「屋上でとか、こんな吹きっさらしのとこでできるか。俺は他人に見られて喜ぶタイプじゃねえんだよ。」
「うん。それより誰?」
「それ知ってどうするんだよ…。」
名越はみるみるうちに戦意を喪失していく。
「私、名越君と早乙女さんを徹底的に応援することにしたから。第2の女は認められないの!」
依頼人からしたら早乙女とも縁切れることを望んでいるのだろうが、モテる健康男子が青春をずっとひとりで過ごせるはずがない。
避妊を万全に早乙女とだけ交わっていただくことで本人のガス抜きをしながら、他の女から確実に守るのがいい。
まどかはこんな妙案を我ながらよく思いついたものだと胸を張った。
一方、名越は本格的に残念な物を見るような目つきになった。
「お前、いままで俺の周りにいなかった人種だわ。どうしていいか分かんねえ。」
「で、一体その可愛い子ちゃんは誰?大丈夫、もめたりしないから!」
「めんどくせえ。もういい。」
名越は後ろのフェンスに体重を預け、ポカポカ陽気に両目を閉じてしまった。
まどかが何か話し始めても無視を決め込んでいるようだ。
これでは埒が明かないので、最低でも昨日の現場がどこであったかだけは聞きだし、早乙女の人脈を頼って情報をつかもうか。
しかしやはり手間をかけたくないので、できれば名越の口を割りたいところだ。
「まさか…言えない相手?例えば、音楽の中田先生とか?」
「違ぇよ!!いくつだと思ってんだ!40過ぎだぞ!」
「あ!やっと反応してくれたね!最近は熟女好きの男が流行ってんだから良いじゃん?」
「それは流行じゃねえよ!俺は違う!!」
「ほんとーーうにぃ?」
名越は、力なくため息をついてずるずると座り込んだ。
「お前。このままほっといたらその噂流しそうな勢いだな」
「だって、言えない相手なんでしょ。中田先生ってことでいい?」
「良くねえ!マジで良くねえから!!…もういい。普通クラス3組の望月だよ。」
名越は力なく消え失せそうな声で答えた。
「おっ望月さん、ね。ありがと!!」
まどかはやっと入手した情報に安堵していると、名越は眉根をひそめた。
「で?西上は俺と早乙女を応援するために望月をつぶすわけ?」
「そんな、つぶすなんてことはしないよ~!」
まどかは望月、という女子を知らない。
おそらく依頼人側もだ。
名越や依頼人にとって都合の悪い立場の人間なのだろうか。
この場を離れたらすぐに依頼人へ報告をしなければ。
望月さんとやらは、ただの恋心で体を開いたのか?
それとも依頼人が懸念しているような罠をしかけるためなのか?
まどかが本人に問うても正直に答えないに決まっている。
これは早乙女にも当てはまることだが、恋するフリをしていて実は罠であるのなら、相当な演技力だとまどかは思う。
「でさ名越くん、何で望月さんが良かったの?」
「何でって、そういうの聞いてどうするわけ。」
「早乙女さんに助言するため。望月さんが持つ魅力を早乙女さんにも身につけてもらわないとね!」
名越は頬をひきつらせた。
「は?そういうもんじゃないだろうが…。」
「どういうもんなの?浮気のメカニズムってどういうもんなの?」
身を乗り出して問い詰めてくるまどかに名越は沈黙した。
「浮気はだめ最低。早乙女さんが悲しむ。他の女子とも話したり遊びに行ったりするなとは言わないけど、百歩譲っても性交はだめ!」
持論を展開するまどかに、名越は少し思案した後立ち上がってニヤリと含み笑いを浮かべた。
「何だそれ。じゃ、例えばお前とキスくらいならいいってこと?」
「は?」
今度はまどかの方が素っ頓狂な声をあげた。
「百歩譲って、セックスまで行かなければOKなんだろ?」
そう言った名越は急にまどかへと近づいた。