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2014.02.24 細かい文章表現を訂正しています。
スマホ片手に教室で暇を持て余すそんな放課後のひととき。
ついに名越が姿を現した。
「西上?まだいたのか。何やってんだよ?」
誰もいなくなった頃を見計らって戻ってきたのだろう、名越はいったんドアの所で足を止めてから不愉快そうにつぶやき、早歩きでこちらへ向かってきた。
「あー、スマホいじってたらいつの間にか皆帰っちゃったわ。」
「どんだけ集中してんだよ。」
昼休みの気まずさが尾を引いて無視されるかもしれなかったが、意外と会話がスムーズだったのでまどかはホッとした。
ただ、名越が今まで何をしていたのかは探りを入れる必要がある。
まどかの前の席へカバンを取りにきた名越のシャツからちらりと胸元がのぞくと、少し汗ばんでいるように見えた。
それは、体育等でかいた汗とは違う類のものだという直感が働き、まどかは冷汗が流れた。
「名越君。授業はわりとサボるの?」
「うっせ。」
「…別に説教たれるつもりわないよ。ただサボれるような憩いの場所があるなら聞きたいなあって。」
名越は気だるそうにカバンを肩にかけ、面倒くさそうに息を吐いた。
それは、性交後の雄の気配に似ている。
「名越君、艶っぽいよ?」
「はあ?お前さっきから何言ってんの?早く帰れよ。じゃーな。」
まどかが艶っぽいと言ってからの名越の行動は早かった。
名越が去って行ったドアの方を呆然と眺めていたまどかは慌てて立ち上がった。
「サボってる間にどこかで致したっていうの!?」
まどかの脳裏にパッと浮かぶのは早乙女の、夢見る乙女のような顔だった。
子供はいますぐでもいいと言っていた。
早乙女と対峙した時に、初対面なんて構わず性教育を施すべきだったかもしれない。
まどかは即座に早乙女の元へ走った。
ここ進学クラス2年A組は本館2階、早乙女のいる普通クラス2年2組は南側校舎2階だ。
もしすでに帰ってしまってても明日訪ねればいいだけのことだが、いてもたってもいられないので駆け足で急いだ。
教室に飛び込むと女子が2~3人で談笑していた。
早乙女の行方を聞くと、もう帰ってしまったようだ。
確か依頼人の情報によると、早乙女は習い事を複数持っている。
追いかけて学園を出ても、見つからないだろう。
まどかは息を整えながら廊下に出ると、おもむろに窓の外を見て、肩を落とした。
この校内のどこにそんな、致せるような、スポットがあるのだろうか。
いや、実際は何も致していなかったかもしれない。
まどかは自分の予測が外れていることを強く願いながら学園を後にすると、今夜はビールじゃなくて焼酎だ焼酎!と意気込んだ。
そういえば最近アルコールを手にしていない。
まどかはそう思いながらコンビニに入って、ドリンクコーナーの近くの鏡張りで自分の制服姿が目に映ると、合点がついた。
よほど気が立っていたらしい。
おとうさんのお遣いだと言って買うのもアリだが、どこで誰が見ているか分からない。
実家暮らしならまだしも一人暮らしでそれをやるには少々無理があるので、まどかはまた肩を落とし、おとなしくミルクティーを買うことにした。
翌朝、まどかは自身の教室ではなく、早乙女のいる普通クラスの2組にいた。
「あら!西上さん!ちょうど良かった私もあなたの元に行こうかと思ってましたのよ。相変わらず条治に優しく接してもらってるようですからね。バスケットボールの相手をしてもらってたようだけど
「それどころじゃなくて、
まどかは無理矢理割り込んで続けた。
「あのさ、早乙女さん昨日5時間目誰と何してた?」
あと数分で朝のホームルームの時間だ。
時間がないから早く聞き出したいが内容が内容だし周りの目もあるので、ストレートに問うのは避けた。
しかし、まどかが投げた会話のボールは違う方向へと向かった。
「なあに?まるで私が授業を抜け出したかのような言い方ね?馬鹿にしないでちょうだい。普通クラスが進学より劣るというのは格下の学校よ。ここの普通クラスはね、進学よりもハイレベルな教養や文化を学べるの。だから言ってるの私は!"普通"クラスなんて名前だから軽視されてしまうのよ!!」
このお嬢様は口を開くと話のコシがボキボキに折れてしまうようだ。
まどかに少し警戒心を解いたのか以前よりも饒舌なので、まどかはそのペースに巻き込まれそうになった。
「ち、違う違う、軽視してないって!そういう話じゃなくてね、ほんとに?5時間目抜けてないの!?」
「当たり前でしょう。昨日の5時間目は美術でしたわ!社交界で大変役に立つ授業なの。ダ・ヴィンチについて真剣に考える事なんてあなたにはないでしょうよ。」
「ああ、うん。そうだね。発音なんてダビンチで十分。っていうか、じゃあ会ってないのね!?」
「何なの?何をそんなあわててっ
早乙女が言いかけたところでまどかは距離をつめると、口元を手で隠して小声で一気に言い放つ。
「昨日の昼休みから放課後までの間、名越君が授業をサボったのよ。この事を早乙女さんがもし知らないなら…
「なんですって?」
今度は早乙女がまどかを遮った。
「知りませんわ私。昨日は茶道のお稽古だったから条治とは一緒に下校できなくて。でも、具合が悪いとか特に連絡は。」
「…。」
まどかは早乙女の言葉を待った。
「まさか、またなの?今度は誰よ……っ」
そう言った早乙女は般若のごとくその整った顔を歪め、スマホを取り出した。
「西上さん、知らせて、くれて、感謝…するわ。」
おそらく烈火のように渦巻く激情を押し殺しているのだろう。
早乙女は早口でまどかに謝辞を述べると、スマホを耳にあてながら素早く教室を出て行った。
あの様子からすると、名越が授業をサボった理由はまどかの勘が示す通り。
そして情事の相手は彼女である早乙女ではない―。
いや、まだ情事があったとは断定できないが。
依頼人からも、女は早乙女一筋ではないとの情報を得てはいたが、それが誰かまではつかめていないそうだ。
「それって危なくない?むしろ、そっちの女の方が怪しいんじゃないの?」
あのルックスで御曹司というステータスだ。
いくらでも群がってくる中で好みの女がいれば、名越は真っ盛りの男子がゆえに受け入れるだろう。
まどかは今後とも新しい女子が現れる度に性教育を施さないといけないのだ。
しかもまだ早乙女にすらできていない。
けれどもそもそも名越の方が自制していれば、いくら数々の女子が危険日に迫ってきても行為は行われないのだから、とにかく名越には自覚してもらわねばならない。
「ああ、依頼人も試みて効果がないことを、他人の私なんかができるのかな…。ああ、他人だからできるかもしれないと求人出したんだよね…。」
一気に肩の荷が重くなったまどかは。そんな堂々めぐりの思考に悩まされながらも足取り重く、いまごろは修羅場であろう自分の教室へと向かった。
次回はバトルです♪