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2014.02.24 細かい文章表現を訂正しています。

この学園の学食メニューは値段が高く資金の無駄遣いにもなるので、まどかは今日も自席でお弁当を広げていた。

やけによくお腹がすいて、より美味しく感じるのは、昼休み直前の授業が体育だったからだ。

太陽の下でバスケットボールを追いかけてそのあとお弁当を食べるなんて、素晴らしく健康的!

まどかはこの感動を誰かに言いたかった。

けれど高校生なりの友達の作り方がいまいち分からず、無意識に壁を作ってしまいひとりポツンと過ごしている。

朝は社会人だと、所定の室内に入れば誰彼かまわず大きめの声であいさつをして、近くにいる人や遠くても視界に入ればあいさつを返してくれる。

それが高校の教室となるとそういうのはクラスの人気者じゃないとできない雰囲気がある。

一緒にランチをするなら、仕事の進歩状況や近い位置にいてタイミングの合う人を誘うか、営業職がゆえにひとりで適当にすませてしまう場合も多かった。

それが高校生の場合だと昼食は全員同じタイミングであるし、1年生から出来上がっている仲良しグループですぐ固まってしまう。

この学年の進学クラスは、先ほど体育を一緒に行ったA組とB組の2クラスのみである。

1年生から繰り上がりでクラス替えがないので余計にガッチガチだ。

ひとりランチは平気な性分のまどかでも、どことなく視線を感じるような気がして落ち着かない。

いつまでも怖気づいていれば仕事もはかどらないとは思うが、この通り名越と絡んでしまったので、さらにその壁は分厚いものになった。

お弁当を食べ終わればすることがなくなるので、まどかはお弁当箱の端っこをつっついていた。

「なに必死になってんの?」

その声にまどかが顔をあげると前の席に名越が座っていた。

「必死ってわけじゃないよ。ブロッコリーのこの黄色い部分って何なんだろって。」

「知らん。」

「枯れてるのかな?」

「知らん。」

名越の返答を特に気に留めず、まどかは黙って最後の一口であるそのブロッコリーを食べた。

「ブロッコリー苦手なんだろ?残すんじゃないの?」

「え?苦手なら入れないよ。」

さも当然といった様子のまどかに、名越は少し驚く。

「それ西上さんが作ったの?」

まどかはハッとする。

お金持ち学園の進学クラスの高校生が自炊の弁当を持ってくるだろか。

教室内の弁当持ちはお母様かそれとも爺や婆やが用意しているものと思われる。

「まあ、これはあの、趣味だから。毎日じゃないよ。」

まどかは明るくそう切り捨ててサッとお弁当箱をカバンに突っ込み、身振り手振りを交えて話をそらした。

「たまには勉強以外の事もしとかないとさ。あ、名越君て生徒会長だったよね!めちゃくちゃ忙しそう。」

すると名越は意外にも素っ気ない。

「ん?特には。会長って基本名前だけなんだよ。実際やるのはセンセ。」

「えええっ?ほんとに?じゃあ例えば、あの集会でのあいさつの内容は?名越君が考えたんじゃ、ないの?」

あれは年度初めの登校日だ。

朝の集会で、全校生徒の前であいさつをしていた名越をまどかは思い出した。

よく晴れた日だったのでグラウンドで行われ、桜の花びらが風に舞う中、栗色の髪がサラサラとそよいでその甘いマスクは遠くからでも良く分かり、生徒会長として堂々と申し分のない立ち振る舞いだった。

まどかはその時、正直、こんな素敵な高校生が現実にいるんだとタイプではないものの一瞬見惚れてしまったものだ。

「ああ。あれ先生の作文を丸暗記してそれらしく言っただけ。」

「えええ…。」

「進学クラスにそんな余裕ないって。だいたい普通クラスの奴にやらせたらいいのによ、理事長の息子の俺じゃないとパッとしないとか他にふさわしいのがいないとかで無理矢理やらされたんだぜ。」

未だ衝撃から立ち直れないでいるまどかを名越は続けて一蹴した。

名越は打診があった時の事を頭に思い浮かべたのか、うんざりしていた。

まどかは名越に抱きつつあった、編入生も気遣える誉れ高い生徒会長のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。

まさかあの覇王のような風格は演技で、名ばかり生徒会長だったとは思いもしなかった。

この学園の先生たちはそれでいいのだろうか?

まどかはどうにも納得がいかず、かすかにうなずく。

「確かに、そんなんじゃ普通クラスの人にやってもらった方がマシよね。」

「まーだけどな、実際他にできそうな奴いないだろ?あっそうか、西上さんは編入したばっかなんだからよく分からないよね。」

名越の中に、他を見下すような素振りが見えた。

「うん。見た目は名越君がベストだろうね。見た目は。」

まどかの挑発的な発言に名越は目を細めて口をつぐみ、その雰囲気が険悪なものになる。

「見た目の事を言われるのは嫌?だったらごめん。私なにも知らないくせにね。」

「チッ」

名越は目をそらし黙りこくった。

「ごめん。私も、生徒会長の仕事押し付けられたら思いっきり先生に頼るだろうから、偉そうなこと言えないよね。」

「…」

まどかはクラス委員のような役割は嫌いではないが、責任の重い生徒会に立候補なんてしなかった。

そんなまどかがこれ以上何か言う資格はないし名越に失望するのも身勝手な話かもしれない。

それでも、少なからず名越に対して生徒会長として好感触を持っていたのでこの落差にどうしても幻滅してしまう。

そんな中、名越は何も言わず席を立った。

まどかはここでもう一回謝るのも何だか違う気がしたが代わりに何と声をかければいいのか分からず、教室から出て行く名越の後姿を、ただ見送った。


そのまま昼休みは終わり、5時間目と6時間目の授業が始まっても、名越は一度も戻らなかった。

まどかの発言は名越にとってそれほどまでに重かったのだろうか?

数名の女子が名越の行方を聞いてきた時はどうも罪悪感を感じてしまった。

これは、名越が席に戻るまで今日は教室から出られない。

手持ちぶさたになったまどかはケータイ、いやスマホをいじり始めた。

依頼人から仕事期間中にと支給されたものだ。

まどか、いや矢野葉子のプライベートはスマホではなく携帯電話なので、手渡された時から苦戦している。

今も操作に手間取り歯がゆい思いをしながらも、この学園の学校裏サイトなるものを、暇を見つけては探していた。

依頼人も何か名越にまつわる情報がないものかと調査をしているようだが、この学園のものは存在しないらしい。

けどどこかで名越への想いを盲目的に募らせている女子が、もし何か書きこんでいれば。

少し年はくっているが女子の立場ならではキャッチできる情報が、たとえ断片的でも成果を得られるとまどかは考えていた。

まどかは現役時代、好きになった先輩への思いをポエムにしてプロフに書き込んだ事があった。

今となっては赤面の青春だ。

現在このまどかという偽名で、大手のSNSから中堅のプロフまで登録をしている。

皆はどこのサイトを利用しているのだろうか。

サイトではなくやはりあの無料通信アプリなのだろうか。

「…直接聞くのが一番なんだけど、"友達"いないんだよね私。」

いつの間にか教室にはまどかだけが取り残されていて、窓から運動部の掛け声や吹奏楽の練習が聞こえてきた。

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