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2014.02.24 細かい文章表現を訂正しています。

名越の彼女に出くわしたらどうするのかちゃんと考えておくべきだった。

そうまどかは後悔した。

これまで早乙女とは所属クラスが離れていて自然には会えなかった。

まだ名越との接触がない間は関わり合いがないだろうと見越していたので油断をしていたのだ。

決してこの予測は外れていたわけではない。

けれど、今日名越と初めてでしかもたった数分会話をしただけでこうも早くアクションがあるとは思ってもみなかった。

早乙女については書類上で把握しただけで、実際は一度遠くから見かけたくらいだろうか。

大きな二重の目とふっくらした唇が印象的で、背はあまり高くはないがモデルのようなプロポーションだ。

それにしても初動が肝心だというのに、まどかは何のシュミレーションもしていなかった。

戦々恐々としながらも「女子高生」「女子高生」と変身の呪文のように自分に言い聞かせ、何も知らないような顔をつくって鏡で確認したあと、ドアを開けた。

「こんばんは。よくうちが分かったね、びっくりしちゃった!」

「帰ろうとしたら、あなたの姿を見つけて。ちょうど言いたいことがありましてね。」

早乙女は口早にそう言いながら、ローファーを脱ぐと無遠慮に部屋へと入ってきた。

初対面の人物に尾行され自宅に上がりこまれて背筋が寒くなったのも束の間。

良家の娘なら脱いだ靴を揃えることくらい簡単な作法じゃないだろうか。

まどかはそう思って眉をひそめたが、急に自分が年寄りくさく感じたので思考を切り替える事にした。

早乙女の言いたいこととはおそらく名越関係であるが、今日のまどかとの会話は、人伝いに聞いたのか?それとも廊下から見られていたのだろうか?

「あの、せ、狭いし散らかっているから恥ずかしいんだけど、良かったらソファーにでもどうぞ。コーヒーか紅茶飲む?」

しかし早乙女は蔑視を包み隠さずにため息をつくと、自分の部屋がいかに広く美しく高級であるかを述べ始めた。

ストーカーのような粘着気質ではあるが、まさにお金持ちのお嬢様という振る舞いである。

暮らし始めてまだ一か月程度のこの部屋に愛着を持っていない為に、まどかは嫌味を言われても平然としていた。

そもそも一人暮らし用のこのマンションは依頼人からまどかに与えられた支給品なのだ。

ここは高級住宅街に近い1LDKで、矢野葉子の身分ではとてもじゃないけれど手が届かないし近辺に近寄りもしないので、詳しい事を聞かれても答えられない。

今日のところは喋るだけ喋らせて帰っていただく事にしようと、まどかは早乙女の自慢話に相槌を打ちひたすらに持ち上げていた。

「ちょっと西上さん、あなたプライドってものがないわけ?まあ私みたいに財閥トップの娘、とかじゃないようだから仕方がないけれど。」

「うん、大丈夫。早乙女さん、この時期はまだ日が暮れると冷えるから早く帰った方がいいよ。」

「下に迎えの車があるわ。まさか、こんな所からのこのこ歩いて帰るわけないじゃないの。」

「あ、そうだよね…ハハハ。」

財閥トップのお嬢様はその美しく手入れされた黒髪をふんわりと優雅にかきあげながら、ため息まじりで続けた。

「…そうね、本題にうつしましょう。編入したばかりのあなたは知らないんでしょうけど、名越条治はね私の彼氏なの。家柄も釣り合っているから、結婚する日もそんなに遠くはないわ。」

「そうなんだ。」

まどかはとりあえず、悔しそうで残念そうな表情をつくってみた。

それに対し優越感たっぷりに目を輝かせる早乙女は、情けを含んだ声色で語りかけてくる。

「条治は優しい人だから編入生を気遣っているだけ。勘違いしないことね。」

「そっか。結婚、かあ…。」

「そうよぉ。今から楽しみでしょうがないの!新居は目黒あたりがいいかしら~。」

早乙女さんって妄想気の早い夢見る乙女なんだなぁ…と、なんだかまどかは白けてきた。

「まさに、早、乙女、さんだよね。」

「え?何?」

「ううんなんでもないよ。楽しみなのは新居だけなの?もっとあるんでしょ?」

「あら。結婚式のことかしら?もう決めてあるの。本当は海外がよかったんだけど、来賓の方々がご多忙でねどうしても国内じゃないとってお父様が。リッツが妥当でしょうね。」

「リッツ?」

「…お菓子のじゃないわよ?」

「うん、大丈夫。そういう略し方、私初めて聞いたわ…。」

必要な情報まで遠くなるので、これ以上話を広げるのはやめよう。

まどかはどうやってこの場を切り上げようかと考えながら話を戻す。

「名越くんと早乙女さんが結婚かあ…。」

「なあに?あなた、条治の事狙ってるわけじゃないの?なあんだ。見られる価値だけじゃなくて見る目の方もないのねぇ。」

「それは言いすぎだわ貴女。」

まどかはつい腹の底から1オクターブほど低い声を出してしまった。

自身が失恋明けなもので、見る目がない等という発言にはいら立ちを隠せなかった。

早乙女がポカンとしているので、まどかは慌てて取り繕う。

「えーっと、他には、ほら、子供とか!何人?いつ頃?」

「ああ、そうね子供は、二人は欲しいわ!今すぐにでもね!」

まどかの目が光ったことはバレていないといい。

「今すぐ!?この年で一人目ができちゃったら、二人だけじゃすまなくなりそうだね~。」

「うふふふ、そうだわ。彼の子供なら何人でも良いわあ。」


子供は今すぐでも。


ただ、この彼女の意思をしめす確たる証拠は残せなかった。

依頼人から受け取った高性能な小型ボイスレコーダーは、外出先で使うとばかり思い込んでいたのでかばんの中だ。

妊娠は阻止しなければいけないが、もし身ごもってしまった場合でも、この証拠があれば女側の故意が多少認められると思う。

しかし早乙女が見ている目の前でボイスレコーダーを出すわけにいかず、段取りの悪さにまどかは自己嫌悪に陥る。

ただ、早乙女の月経周期について聞き出すことには成功した。

まどかはこの日偶然月経4日目であったので雑談装い生理痛の話を切り出すと、丁寧に教えてくれたのだ。

早乙女は先週終わったばかりで、周期は一定の間隔を保っているらしい。

後で計算して排卵時期を特定し、危険日を把握しておかなければならない。

あとは、妊娠の可能性が高い時期の性交を止めるよう名越に忠告するのだ。

問題は、性欲絶頂期のお年頃である名越が自制できるのか、これはあまり考えられないがそもそも子ができても構わないという考えを持っている場合。

困難を極めるだろうが、説教臭くならないように諭すにはどうすればいいのだろうか。

もちろん早乙女の方にも性教育が必要だ。

まだ将来の選択肢多いこの年齢で身ごもるのはもったいないと思う。

十代で妊娠出産したまどかの友人も、幸せだがやむを得ず大学を中退して未練が残ったと言っていた。

「偉そうなこと考えてるけど、私だって高校生の時将来の事なんて真剣に考えてなかったんだよね…。」

早乙女が帰った後しばらくリビングで佇んでいると、急に腹の虫が鳴った。

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