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2014.02.24 細かい文章表現を訂正しています。

X年後


矢野葉子は役員秘書として都内の企業で働いていた。

あれから再就職は依頼人の斡旋による事務業からスタートし、働きながら秘書の資格が取れたので、その仕事ぶりと合わせて評価され今に至る。

恋愛も心機一転、いくつか経験したものの仕事を優先にして未だ独身である。

否、仕事を優先にというよりどうしてもあの"彼"と比べてしまい、"彼"以上の存在でないとその先の人生を共にする気がわいてこないのである。

"彼"よりもずっと年上でキャリアのある男性とも出会ったが、逆に"彼"の事を強く思い出してしまい上手くいくことはなかった。

どうしてなのかは分からない。

いつしか恋愛に冷めてしまったようなこんな自分は一生独りかもしれない。

そうして今日も葉子はオフィスにて、夕食はコンビニか弁当屋かを考えながらパソコンの画面を睨みつけるのであった。

先程まで西日がさすのでブラインドをしていたのに、もう外は暗くなっており周辺のビル群もネオンを放ち始めた。

もう12月も半ばだ。

葉子は上着をはおり買い出しへ行く前にふと思い出し3階のトイレへ寄ると、庶務の若い女性社員達が洗面台を陣取っていた。

「あー矢野さ~ん!早いです、ね…じゃないか、今日も残業ですかぁ?」

葉子は右手の財布を軽く上げて落胆の表情を見せた。

「そう~。四十肩が凝るわあ。」

「きゃはは!ねえ聞いて下さいよ今からエッコがネットで知り合った男と会うんですよ!」

エッコと呼ばれた派手めの女性社員は今アイラインを直している。

「ネット上だけの関わりで止めといた方がいいよって言いたいんだけどおせっかい?」

「いいえ、私は矢野さんに賛成~。」

庶務を敵にまわすと仕事が滞ってしまう事があるので努めて人間関係は良好だ。

とはいえ最近の若い子は何を考えているのかよく分からないので、実際は葉子のひとりよがりになってしまっているかもしれないが。

「じゃ、また明日ね。エッコちゃん怪しかったら上手く逃げるのよ。」

「もー!大丈夫ですよ!!」

「矢野さんお先で~す!」

この年度末の忙しいさ中、春から社運を賭けて立ち上げる新事業に備え葉子含め社員の何割かは毎日残業三昧である。

葉子はオフィスに戻ってからもデスクで夕食を取りながらパソコンに向き合っていた。

食べ終わってから数時間が経過した頃、秘書室のドアが開いた。

「ねえ葉子ー。」

上着を脱ぎながら話しかけてきたのは先輩秘書の直子さんである。

「え!?直子さん、直帰じゃなかったんですか?もうこんな時間。」

「うん。今回もスムーズに進んだしあとはこっちでやっとこうと思って~。朝一提出だから。」

「いえいえ、後処理いつものように送信してもらったらいま私ができますよ。直子さんはもう帰らないと旦那さんが泣きます。」

直子さんは先月挙式をすませたばかりなのに、こうして葉子と同じようにバリバリ働く姿は脱帽ものである。

マフラーをハンガーにかけ早速パソコンを立ち上げた直子さんは、葉子に向かって意味深な目つきをしている。

「それがね…葉子これから忙しくなるから。さっきね、おいしい情報拾って来たのよー。」

「どこのケーキですか?クリスマスケーキ発注するくらいなら一瞬で終わりますよ。」

直子さんは体をガクッと揺らした。

「甘味の事じゃないよ!さっきね、部長にこっそり教えてもらったんだ~電撃おいしーい情報をね!」

「電撃…?私に漏えいしてくださいます?そんなにおいしいなら。」

「うんうん。葉子はね春から副社長室勤務だよ。」

目をキラキラさせて爆弾を落としてくる先輩秘書に、葉子は目が点になった。

「…それ、本当なら人事の情報を思いっきり漏洩したことになります。たしかに電撃ですけど。私達、いま冗談話してますからね!」

「明日分かることなんだから、一日くらいいいわよ。それにあなた、ぺちゃくちゃ言いふらすタイプでもないんだし。っていうか明日まであと二時間もないし。」

「明日知らされるはずだったんですか。さっきまでそれすら私知りようがなかったです…。っていうか機密…。」

直子さんはさらに目を光らせ両手を広げた。

「副社長と二人っきりよ?」

反対に葉子は暗くなった。

「…嬉しいことですか?それ。」

40歳手前の副社長は敏腕で、彼の現秘書は直子さんと同期の崎山という女性がしっかりとサポートしている。

二人っきりではあるが、両隣の社長室とも廊下ともガラス張りになっているので、たとえ独身同士であろうと男女の噂が立ちそうで立たない。

葉子は崎山の立場が務まるかどうか非常に気がかりだ。

「あ、仕事の方で心配なのね。大丈夫よ。今やってる内容と大差ないし、副社長も変わるんだから、例え崎山ちゃんから引き継ぎを受けたってほとんど無意味。新しい副社長がどんな仕事の仕方するか読めないんだもの。」

「えっ、え!?副社長も代わるの!?もう漏らしすぎじゃないですか???」

「あと数十分で明日になるんだからいいのよ。」

「う~んあと100分はあります。」

「でね!もう言っていいかしら!!その新しい副社長がテライケメンなの!!」

この先輩秘書、仕事をしている時は要領良く淡々としているのに雑談になると取り乱す傾向がある。

そういう可愛げがあるからこそ、ただ一人の男性を射止める事ができるのだろうなとも思う。

「………テラ。」

「そう!テラ!」

葉子はガックリとパソコンのキーボードに突っ伏した。

話によると、そのテライケメンは在学中に会社を興し、MBA留学をした後は会社を譲りここの関連会社の要職に就いているそうで、春から副社長というところらしい。

要は、ちょっと違う世界のお方なのだ。

そんな話を聞かされてしまうと、言うだけ言ってさくさく仕事を進める直子さんに対し、どうも調子ののらない葉子であった。

そして二人は終電時刻が迫った頃秘書室をあとにし、エレベーターへ乗り込む。

すると、1階を待たずして途中の階で降下が止まった。

「あら?3階?庶務さんも頑張ってるのね。一宮さんかな?」

直子さんがそう口にした瞬間にドアが開く。

ドアが開いたその先には。

「―――!!」

葉子がどうしても頭の片隅から消し去りきれない"彼"の顔をしたスーツ姿の男性がいた。


「な、ごしくん…?」


一気に冬のお話。

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