24
2014.02.24 細かい文章表現を訂正しています。
まるで別人のような舞の声には、地の底をはうような憎しみが込もっている。
まどかは後ずさりをしながら恐怖心にかられつつ問いかけた。
「あ、あの…舞?あなた、どうして?ほら、佐々木君のことが好きなんじゃなかった?ほっほら、私が佐々木君と話していた時だって気にしてたじゃない?」
舞は両の目を細めながらうっとりとした表情で答える。
「カモフラージュだよ。私はね、名越君と同じで、本気の相手には手が出せないんだよ。」
まどかは首をかしげた。
「色んな女と付き合う名越君は、ずっと本気の相手がいなかったんだよ。でも、2年になってから私の事が気になり始めたの。」
舞はまどかの反応を無視して語り続ける。
「私も同じなんだよ。お互いに声をかけられないまま進まないから私は違う男子を好きな事にしたの。するとね、名越君ったら嫉妬しちゃって。でも本気の相手だとどうしていいか分からないんだね。だからやっぱり次の遊び女…まどかちゃんに目をつけたんだよ。」
舞のその筋書きは正しかったのかもしれないが、それだと昨日の名越の告白は嘘になる。
ここまで聞いて、まどかはやっと舞が思い込みの激しい性格であることが分かりはしたが、その上で名越に想いをぶつけるのであれば違和感があった。
舞の前髪は、まどかのそれと同じ長さに整えられている。
舞の後ろ髪は、まどかの普段の高校生スタイルと同じようにふたつにまとめられている。
そして薬。
これが一体何を表すのか。
「それでね…」
調子よく妄想を繰り広げていた舞が、口を開けたまま一時停止したかのように静かになった。
「…?舞?」
「ところがそうではなかった。」
そこへ佐々木の横槍が入る。
「本気の相手は、次の遊び女であるはずの西上まどかだ。それに気がついたお前は現実に耐えられなかったんだろう。西上を排除しようとして、プロフを使ったりいかがわしいネット掲示板を使おうとしたんだ。」
まどかは佐々木の説明に傷つきながらも小さくうなずいた。
舞は崩れおちるように地面にへたり込むと、力なく息を吐きながら笑いを漏らした。
「ふふ…。今日、まどかちゃんはね、ひどい目にあうはずだったんだよ。なのに休みだなんて…ほんとに…運のいい女って、いいよね、どうして、私は私だけこんな何もかもうまくいかない…っ!」
涙をぬぐおうとしないまま、舞が勢いよく立ちあがって窓の方に駆け寄ろうとしたその時。
制服を着た何人かの男女が室内に飛び込んできて舞の動きを封じ込めた。
そのまま素早く着衣を整えられた舞は、左右を2人の見知らぬ女子生徒達に固められて視聴覚室を出て行かされる。
まどかはその一瞬の出来事にぽかんとしてしまった。
舞にまだ聞きたい事があったような気がしたが、何だったのか忘れてしまった。
もう舞に会う機会は二度とないだろう。
室内には同じく見知らぬ男子生徒2人が残り、舞と同じように左右から名越に肩を貸し立ちあがらせようとしていたので、まどかは金縛りが解けたように名越の元に駆け寄った。
「名越君、大丈夫!?」
名越はもう先程のような荒い呼吸はしておらず、焦点の定まらなかった目も少し正気に戻ったようだった。
「西上…。」
「うん、私だよ。」
「西上、明日も会えるよな?」
「…!!」
まどかが答えられないでいると、佐々木が間に入って名越の腹を探り、一点を小突く。
途端に名越は気を失った。
「ちょっ、佐々木君!」
「軽く失神させただけだ。」
名越はそのまま2人がかりで抱えられ室内を後にするようだ。
こんな体格の良い男子高校生を抱えるには相当な腕力が必要だが、その男子生徒達は造作なく廊下に出ていく。
先程の女子生徒達もそうだが、まどかや佐々木と同じように、この学園の制服を来ているだけの仕事人なのかもしれない。
いや、そんなことはどうでもいい。
明日も会えるかと聞いてきた名越の、自分を求める表情が脳裏にこびりついて、こんな形で別れることになるなんて拷問だ。
また会えたのに。
まどかは視聴覚室のドアの所に立ち、運ばれていく名越を胸が締め付けられる思いで見送る。
ところが、名越の姿が見えなくなってもそのまま立ち尽くす意気消沈のまどかに対して後ろから淡々と解説する人物がいた。
「野原舞に関しては依頼人から情報を得ていてマークはしていたんだ。お前はこの件知らないだろうが、今日野原はとあるネット掲示板に書き込みをし、下校途中暴漢にお前を襲わせる予定だったようだ。」
まどかは脱力の余りに驚くことはなく、ただため息をついた。
「けどタイミングよくお前は辞めて登校しなかった。実行不可能だと知った野原は断念したようだったから俺は安堵していたんだがな。今日中に計画を変えた事に気がつくのが少し遅れた。」
少しの間目を閉じ再びため息をついたまどかは、佐々木の話にのることにした。
なんだかこの佐々木という人物の前で物思いにふけたくはない。
「その変更した計画っていうのが、これ?」
「ああ。お前のフリをして、子種をしぼりとろうと。」
「もう…その言い方!それにしても、舞はただ単に私を消して名越君と両想いになりたかったんでしょう。私のフリして結ばれても嬉しくないだろうし、薬なんて大それたものを簡単に用意できるものなの?変に手が込んでない?。」
「野原の母親は見栄の張った生活をしていて父親も長年会社の金を使い込んでしまい、それが最近バレそうになっていたんだ。家庭仲が良いんだか悪いんだか、野原舞は家の窮地を救えて同時に自らの思いも遂げられる方法を思いついたんだろうな。薬はそのうち使うつもりで、日常的に持ち歩いていたのか一度自宅に取りに帰っていたのかは今後の調べで分かることだ。」
「うわぁ。まさに依頼人が心配してた事が起きそうだったなんてね。今さらだけど、こういう世界があるなんて。」
「忘れろ。お前は…、本名は知らんが、今日で縁が切れる。短い間だったがお疲れ様。」
ふいに労いの言葉をかけられ、まどかはむずがゆさを覚えつつも、佐々木の行く末がほんの少しだけ気になった。
「佐々木君…、本名知らないけど、いつまでここで若作り頑張るの?」
「あの坊ちゃんはまだ高校生だ。好きな女と親友が一度に消えたんじゃあキツイだろう。頃合いを見て異動させてもらう。」
「ふうん。一言、余計。好きな女とか、言わないで。」
佐々木は大げさに驚くような表情をした。
「まさか、お前も本気なのか?名越のお坊ちゃんに、真剣になったか?」
まどかは佐々木を一瞥すると軽く首を横に振った。
返答するつもりはない。
自分も佐々木も明日からは全く別の道を歩んでいくのだ。
ふと名越の「まどか」と呼ぶ声が聞こえたような気がする。
ごめんね、それ、私の名前じゃないんだ。
心の中で言い返した。
そうしてまどかはドアに手をついたまま廊下に出て無言でそのまま歩き始める。
「それがいい。早く忘れるんだぞ。」
そう後ろからかけられる声の主に、まどかが振り返ることはなかった。
2話連投します♪




