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2014.02.24 細かい文章表現を訂正しています。
学園の敷地内に足を踏み入れた時まどかの息は上がっていた。
仮住まいからさほどの距離がないとはいえ、まだ全力疾走を続けるにはもっと若さがなければ。
テスト前日の、全生徒が帰宅した学園内は人の気配がせず、名越を見つけるには時間の問題と思われたが、こうも広い敷地では体力の方が問題である。
まどかは先程佐々木から言われた若作りという言葉を思い出し、今さらムッと怒りを覚える。
「な、によ…。あんたこそ、リアルに、爺、じゃないのっ…」
早足で息を整えながら、まどかは着信履歴から佐々木に電話をかけた。
「佐々木君、着いたわよ。一体どういう状況なの?」
「ハー、ハー、とにかく、名越を探してくれっ、図書館体育館校庭にはいなかったっ」
「もう!リアル爺!」
まどかはひとまず通話を切り、訳の分からないまま名越を探すことにしたが、この学園に来て2ヶ月も満たない為に不慣れな場所へ行くと自分が迷ってしまいそうだ。
どこを探したらいいのか、名越はどこへ行きそうなのか、そもそも学園外に出た可能性はないのかとも考えながら南側の校舎に入ろうとしたところで、再びスマホが鳴った。
「本館の3階まで来てくれ。視聴覚室だ。俺は鍵を取ってくるから、お前は呼びかけてくれ、急げ。」
佐々木はそれだけを告げてまた一方的に通話を切る。
「…もうっ。ほんと何なの??」
本館、とはまどかの通っていた進学クラスの教室のある校舎だったので、迷わず向かうことができた。
エレベーターに乗りながら、こういう時はお金持ちの学園でありがたかったと痛感して息を整える。
指示通り視聴覚室に近付くと何故かカーテンが全て閉められドアも固く閉ざされており、中の様子を見る事はできないが人のいる気配は伝わってくる。
まどかが窓に耳を押し付けてみると、女の艶めかしい声と椅子か机かを動かすような音が時々混じって聞こえてきたのでまどかは反射的に窓から離れた。
「え、これって…」
佐々木がここを示すということは、中で勤しんでいるのは…!
「まどか…っ」
するとどういうわけか自分の名前を呼ぶ名越の声がした。
「えっ、名越君?」
まどかが動揺しながらも腹をくくりもう一度窓に耳を近づけると、まどかの声が思いのほかよく響いたのか、室内の気配が少し膠着しているように感じられた。
「名越君!いるの!?」
まどかが窓をたたきながら大声で呼びかけた。
「まどか…まどか?」
今まで呼ばれたことがない下の名前。
偽名ではあるけれど、色を含んだ名越の声で呼ばれるとドキリとする。
名越の後に、今度は聞き覚えのある女の声が続いた。
「ええ、そうよ?私よ?もう何もしゃべらないで…、私に集中して?」
それを聞いた瞬間、まどかの中でいくつかの謎が一気に噴き出した。
野原舞―。
「舞?名越君?開けて!あんたたち中で何してるの!?」
何をしているかなど聞かなくても想像はつく。
これではセフレを作らないという名越自身の決断が破られてしまうし、何よりも依頼人の危惧するいわゆる"間違い"が起きるかもしれない。
それ以前に名越から名前を呼ばれたことで、まどかはこの事態に積極的に介入する決心をつけた、というかまどかの心が、体が、勝手に動いてしまっていた。
「名越君!私だって情けない女だからあなたの事偉そうに説教できないけど、自分の意思は貫こうと思ってるわよ!!あなたはどう?いま舞とそういうことするのは名越条治の意思なわけ!?」
そう訴えながらまどかが窓を叩き続けると、中から机か椅子かを派手に蹴飛ばした音と同時に悲痛な女の叫び声がする。
「まっ、待って名越君!惑わされないでっ!!」
もう窓に耳を近づけなくても、舞が必死にすがりつく女の声を上げているのが聞こえる。
彼女はこんな声をしていたか?
彼女はこんな事をしでかすような人物だったのか?
それと、名越の様子がどうも不可解だ。
「西上!!」
そこへ佐々木が必死の形相でこちらへ全力疾走してきた。
こちらもこちらで今までの"爺"と呼ばれるような冷静沈着な高校生の様相がそこにはない。
「どうだ!?未遂か!?」
佐々木は汗を流しながら手にしたマスターキーを鍵穴に差し込んだ。
「わ、分からないわ。名越君おかしくなってるかも!」
「そりゃそうだ、あいつお前にしか目がないんだぞ!」
その発言に一瞬心臓をギュッと委縮させたまどかだったが、佐々木によって開け放されたドアの向こうに飛び込んでいく。
突如ドアから入ってきた光によって室内の様子が明らかとなる。
虚ろな目をした名越は胸元をはだけさせて、不規則に動かされた机にもたれかかり肩で息をしていた。
そしてもう一人。
野原舞は上下とも着衣を乱しており、驚愕の表情でまどかと佐々木を交互に睨んでいる。
想定はしていたが何とも衝撃的な光景にまどかは立ち尽くしてしまう。
しかし佐々木は素早く名越に駆け寄り制服のズボンをつかんだ。
「大丈夫か名越。俺が分かるか?まさか出してないだろうな?あれは西上ではないぞ。」
何を確認しているのかは言うまでもないが、どうやら未遂で済んだようだ。
「まさか薬を盛られるとは…。」
佐々木は名越の頬を軽く叩きシャツのボタンを閉めながら、手際よく身体を抱え舞から遠ざけて椅子に座らせようとしている。
「薬?」
「名越は薬を飲まされたと思う。どこまで精神に作用するような代物なのかは分からんが、興奮を高めたりする精力剤みたいなモンだとみえる。」
まどかの質問に佐々木は振り返らず答えた。
「え…」
その間、舞が近くに倒れていた別の椅子を蹴飛ばし、絶句するまどかの方に近づいた。
「もう少しだったのに…!!西上、まどか…!」
秋が短くなりましたね~。




