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2014.02.24 細かい文章表現を訂正しています。
教室へ入って自席に戻るまどかに気づいた何人かが、探るような視線をよこしてきた。
「西上さん、大丈夫か?早かったな。」
名越が、それらを代表するかのように聞いてくる。
「うん、大丈夫。」
「へえ!西上さんて強いなあ。」
まどかは最近、改めて10~20代の7年の差は大きいと痛感している。
実際に女子高生っぽく若作り演技をするのか、ボロが出ないように自然体でいるのか、とても悩んだ。
どこぞの連続ドラマとは違い年齢がバレては駄目で、この仕事を契約する時に厳しく注意を受けたからだ。
正体を疑われれば居づらくなりそれで冷静さを欠くと仕事の失敗にもつながるだろう。
演じ切る自信のないまどかは、自然体を心がけて語りかける。
「ううん!名越君が事前にちらっと教えてくれたから、心構えができたっていうか。」
すると名越は身体ごと後ろを向き背もたれを抱え込むような体勢になった。
結構顔が近いので、まどかは警戒して少し首を引いた。
まどかは童顔なのでおそらく顔でバレる事はないと思いたいがやはり肌の質は劣るので、例えば毛穴が目立っていないかとか、その、色々と不安は拭えない。
名越は興味津津といった様子で質問を続ける。
「いやいや、それでも沼田のあれは女子にとってキツイらしいって。内申に響くとイタイしさ。どうやって撃退したの?」
「え。撃退ってそんな…。ただ、予習で寝不足だった事を言っただけだよ。」
まどかが沼田に強く出れられたのも、この先の進路もなにもないからである。
この強みを活かして、校長先生やこの学園の中枢とつながっているであろう依頼人に沼田の件を進言してみようか。
「えーそれで沼田がこんなに早く返すかな~。あとさ、転入早々居眠りする?自慢してるわけじゃないけど、この学園に編入してくるの結構大変だよ。すでに授業内容を理解してるから寝るならともかく、分からないのに寝るって、度胸あるな。」
名越はそう言って首をかしげながら口角をニイと上げた。
おもしろいものを見つけた時のいたずらっ子のようなのに、非常に色っぽいというか艶やかで、そういえばアイドルのカレンダー写真でこういうのありそうだなあと、まどかはぼんやり黙りこくってしまった。
先程からずっとそうだがこうしてこのお坊ちゃまと会話している間も、女子達の注目が痛い。
前後の座席というこの近い距離で、さらに一体何を話しているのよ!と言わんばかりで羨んでいるのが、目に見えぬ周波数となって伝わってくる。
名越は生徒会長も務めているらしいので、もう漫画等でありがちな、ファンクラブや親衛隊が存在してもおかしくないくらいだ。
"仕事"がなければこんな学園アイドルに近付くものではない。
仕事を確実にこなすために、編入してすぐにでも、名越とこんな風にたくさん話をして関わっていくべきだったのだろうが…、まどかはまず自分がこの身この場所に慣れる事が先だと判断したのだった。
名越は不意に話題を変えた。
「ねえ、ゴールデンウィークの勉強合宿、西上さんは行くの?」
「あ、あれね…。そういうのってさ…夏休みあたりにやるものじゃない?」
「数年前から始めたらしいよ。で、夏休みにもちゃんとまた開催されるんだよなー。」
頭の良い人達は若い時から大変多忙でご苦労が多い。
どこでどんな情報が得られるか気が抜けない、とまどかは揺るぎなく答える。
「うん。行くよ。」
「だよね。行かなきゃやばいもんね西上さん。」
「返す言葉もございません。」
「フハッ!!なにそれ、どこの会社員だよ!」
名越はそう言いながら身を起こして笑った。
不出来っぷりを突っつかれて、まどかはとっさに素で返してしまったのだ。
「あの、ほら、最近何かのドラマで見てね、マネしてみたんだよ。うけたね!」
「ははっ!その割にはよく決まってた、すげー練習した?」
「…っまあね!」
いまだ朗らかな笑顔の名越は、まぶしいばかりなのでまどかであっても目が離せなかった。
とりあえず、この顔を見た女子はほぼ全員石になる勢いで惚れ落ちていくのだろう。
しかしさすがの生徒会長といったところか、人の事をよく見ていると思う。
まどかが名越から目をそらした時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り始める。
「俺も行くんだ、合宿。西上さんがいるなら楽しくなりそう。」
名越の、どちらかというと甘い印象の二重の目が、今はわくわくと光っている。
まどかは今、獲物をとらえるような視線を顔ひとつ分の至近距離で浴びていた。
これにはいままで静観していた女子達もざわつき始めていた。
女子の情報網は迅速だ。
名越に好意をよせる群衆や"彼女"からの、いわゆるお呼び出しか待ち伏せというやつがあるかもしれない。
まどかは面倒くさいと思いつつ、覚悟を決めた。
けれども、その日の昼休みや放課後は意外にもそういった事がなにもなかった。
あの程度のやりとりではお咎めなしなのだろうか?
まどかは放課後もそこそこに自宅へと帰り、夕食を作ろうと台所に立つ。
ピンポーン。
それは19時になる頃。
突然の来訪者は、戦い挑むようにしてインターフォン越しにこちらを睨みつけていた。
学園での一日の疲れを癒そうと制服も脱いで、葉子モードのこの時間は、丸腰そのもの。
完全に不意打ちである。
服装を正したり心の方の準備をする間もないのだ。
「…はい。」
「西上さんですよね?違うのかしら。私は早乙女 妃菜です。訪ねてこられた方に名前も名乗らないなんて失礼じゃない?」
「申しわ…すみません、西上です。いらっしゃいま、せ?」
どうも仕事で苦情を言われたような感覚になったので女子高生らしからぬ謝罪をしかけてしまった。
「…。」
早乙女も一瞬戸惑ったようだ。
「なんでもいいから開けてちょうだい。お話がありますの。」
議題はまちがいなく名越の事だろう。
潜入開始二週間でラスボスが単身こちらに乗り込んでくるなんて想定外である。
早乙女 妃菜。
学園の普通クラス2年2組に在籍。
依頼人の事前報告書によると名越の"彼女"である。
ラスボスのお出ましです。