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2014.02.24 細かい文章表現を訂正しています。
「課長、結構飲んでましたね。私が運転しますよ。」
「冗談言うな。愛車を傷つけられてたまるか。」
「失礼ですね!免許取って2年は経ってます!終電逃したし、タクシーなんて高すぎて無理。はい、会社に戻って愛車とってきましょう、意識ある今のうちにキーください。」
「車にたどりつく前に俺が意識を手放したらどうするんだ。」
「とりあえず財布をパクッと。」
「逮捕だ逮捕。」
「逃げます。」
「いいや絶対捕まるさ。」
「ハー。警察に捕まるのは嫌ですね。」
「何言ってる。警察より、俺が先に捕まえるだろ。お前が行きそうな場所くらい見当がつく。」
「…。」
「…どうした?」
「じゃあ、早く捕まえてください。」
『西上まどか!!!』
「…!?」
西上まどかと呼ばれた女子生徒が目を開けると、そこは教室だった。
数学の授業中だった模様で、恐る恐る立ち上がったまどかはクラスメイトの注目を一斉に浴びた。
沼田という先生がその中途半端に伸ばしたヒゲさすりながら、まくしたてる。
「西上。やっと起きましたかぁ。こんなに大声で呼んでも起きない子は初めてですねぇ…。ひひひ…編入してまだ2週間とはいえ、この学園で学ぶとはどういうことなのかをみっちり教えてあげませんとねぇ。このあとの休み時間、第三進路指導室に来なさいねぇ。来なければそれなりのペナルティを与えますからねぇ。」
教室内の温度がいくらか下がったように感じたのはまどかの気のせいだろうか。
そんな沼田が、その時代遅れなメガネを神経質に押し上げながら授業を再開しても、まどかはまだどこか上の空であった。
「西上さん。」
まどかに声をかけてきたのは前の席に座っている名越条治だ。
教室では生徒達の大半が立ち歩いており、談笑したり廊下を出入りする姿も見られる。
「あ、休み時間。」
「そうそう。いつの間にか休み時間。第三進路指導室だよ。忘れるとヤバいよ?」
名越は心配しているのか気遣っているのか、はたまた珍獣を覗き込むかのようなよく分からない態度でまどかを見ていた。
二人はあいさつをするくらいで、まともに会話をしたのはこれが初めてである。
名越は王子様系のイケメンであり体格は細すぎず太すぎずで爽やかな風貌なので、女子生徒の人気は圧倒的だが、あいにくまどかのタイプではなかった。
「あ!ホントだ行かなきゃ。」
まどかは、他の女子のように目を輝かせることなく臆する事もない様子で答えると、慌てて立ち上がった。
そんなまどかを見て何か思う事があるのか、名越は心配そうな表情になり、知るわけないよなとつぶやいた。
「え?なに?」
「沼田先生ってね女子の敵って噂があるんだ。それと…第三進路指導室の場所も知らないんなら俺が案内しようか?」
ありがたい申し出にまどかは一瞬足を止めるも、いま学園の人気者と二人で歩く度胸は持ち合わせていないので丁重にお断りした。
名越がほのめかしていたように、沼田は少々お下劣であった。
第三進路指導室に入ってきたまどかを足もとから舐めるように観察し始めたので、まどかは正面から見返してやり、よく通る声ですらすらと反省の弁を述べた。
くどいが沼田のメガネは明治時代に流行っていそうなデザインをしており、このメガネさえ見ていれば何も怖くないと思える。
しかし17歳の女子高校生なら、入室した時点で卑猥な表情をして近づこうとする沼田に悪寒がしてしまい、声を上げる事なんてできないだろう。
ここは全国でも文武両道、と名高い金持ち私立なので、学園側はそういった不祥事を公にはできないのかもしれない。
だが…
とある目的のために、元会社員の成人を極秘で送り込む事は可能らしい。
いま沼田が運悪く餌食にしようとしている目の前の女子高生は、まさに、"西上まどか"という偽名を使い、年齢も経歴も偽って潜入しているその人物であった。
24歳の矢野葉子は一般企業で女営業をやっていたが失恋を機に退職した。
先程の居眠りで見た夢の続きはウエディングドレスで、いまごろ新婚生活をおくっていたかもしれないというのに。
そうしてヤケクソで怪しげな求人に応募してみたら見事採用されることになった。
何の冗談かこの春から"高校2年生の西上まどか"として、編入という形でこの学園にやってきて、進学クラスに在籍することとなった。
過去それなりに難関な高校と大学を出ていたのだが、この学園には及ばなかったようで授業についていくのが思いのほか難しく、課題に小テストにと必死に追われるその様子は現役の高校生に映っているはず、だ。
肝心の仕事内容は、かの王子様・名越条治という男子生徒をハニートラップから守る事。
依頼人は大手企業の社長で、現在会社が大事な局面を迎えておりあらゆる方面での抗争に備えているらしく、条治お坊ちゃまの女性問題もその一つだとか。
まどかは、さすがに息子の周辺に女を派遣して妊娠させスキャンダルにするなんて事はないでしょ、と首をひねったが、当時どうかしていたとはいえ破格の待遇と給料につられてやってきた身なので黙っておく。
一方の沼田は、自分の歪んだ視線に対して平然としているまどかに尻込みしながらも、先手を打たれた屈辱をはらすべく、反撃に出た。
「寝不足なのかねぇ?女子高生も忙しいようで。起きてからの授業態度あれはなんですかねぇ?うっとりしてだらしなくお口が開いておりましたよぉ。どんな夢を見ていたんでしょうかねぇ~?」
まどかは不愉快隠さず肩に置かれた沼田の手をもぎ取り言い放った。
「先生のお忙しさの比ではありませんから捨て置いてください。大変申し訳ありませんでした失礼します。」
初小説です。