第二話~精霊
大きな猪が走ってきたときは夢中だった。
何か、あの猪さんを鎮める方法はないのかな――と。
(音楽をきいて、おちついてくれてよかった)
「私はアーテナ。アーテナ=アイギス=ニーケだ」
兜を脱いで、解放された金色の長髪が風に舞うように揺れる。
こんな丁寧に礼をされたことがなかったので、どうすればいいのかわからなかったが――
(うわー、きれいな人ー)
――驚きよりも、アーテナの容姿に見惚れていた。
「フロウはフォルテ家の子なんだね?」
「は、はい!」
「そんなに緊張しなくてもいいよ?」
クスリと笑われて、少し恥ずかしくなってきた。
「それで……この楽器で演奏していたんだね?」
そう言って、持っていたオカリナを見てきた。
「そう、です」
「そっか。周りを見てごらん? フロウの演奏がいいから、みんなが集まって来てるよ?」
周りには、先ほどとは比べ物にならないぐらい多くの光球が舞っていた。
「この子たちはね、精霊と言うんだよ」
「せいれいさん?」
「そして、純粋な魔力や思いに引き寄せられるんだ」
「?」
「と言ってもわからないか……。精霊は、色によってそれぞれ得意なことが違うんだ」
フロウにとって、ここまで細かく教えてくれる人は久しぶりで、アーテナとの会話を楽しく感じていた。
「フロウの周りには青い光が多いみたいだね」
「そうなの?」
「青色の光は水の精霊。 主に癒しと心を鎮めることが得意な精霊なんだ。つまり……」
そこでアーテナは、一呼吸入れて
「フロウの猪の傷を癒したい、気持ちを落ち着かせたいという思いに惹かれてやってきたんだよ」
「へー」
「おっと、精霊がフロウに知ってもらえたことで喜んでいるみたいだ」
八つの色の光がフロウの周りで勢いよく回り出す。
(せいれいさん、きれい……)
「フフッ」
(うぅ……。この人笑ってもきれいだよー)
フロウの顔が朱く染まった。
「ねぇ、精霊と一緒に居たい?」
「うん!」
フロウにとって、それは当然の答えだった。
「じゃあ、お願いしてみようか?」
「おねがい?」
「一緒に来てくださいって願いを込めながら、笛で好きな音楽を演奏してみて?」
突然言われても、何を演奏していいのかわからなかったが、吹いてみた。
演奏したのは、子どもの猪のために吹いた曲。
精霊は、その曲に合わせてフロウの周りで踊る。
「うーん。心地よい演奏と魔力の波動だ」
アーテナが何かを言ったようだったが、演奏に集中していて聞こえなかった。
しばらくして、演奏が終わると精霊の踊り(エレメントダンス)も止まり、一つの精霊がフロウの肩の上に乗った。
「よかったね。フロウと一緒に居たいってさ」
そう言われて、肩に止まった精霊を見る。
「ありがとう。よろしくね?」
答えは精霊の青い光の瞬きで返された。
「魔力の波動が精霊と少し違う。これは……霊獣?」
「れいじゅう?」
「基本的には精霊と同じだよ。ただ、精霊より少し珍しいかもしれない」
「そうなんだー」
「精霊に姿を見せてって願ってみて」
(せいれいさん。すがたをみせてください。おねがいします)
すると、丸い形をしていた精霊が小鳥の姿になった。
(かわいい、ことりさんだー)
「やはり、私には光球にしか見えないな。どんな姿だった?」
「ことりさんです」
「そっか、良かったね」
「よろしくおねがいします。ことりさん」
「いや、姿は小鳥でも、中身は精霊なんだけど……」
そこへ、どこからか金色の光がやってきた。
「お、団員の契約精霊じゃないか」
精霊から何かを聞いているようだったが、フロウには聞こえない。
しかし、その金色の精霊が消えるころにはアーテナの表情がまるで変わっていた。
(うぅ、こわいよー)
『フロウ、笛を吹いて。落ち着かせてあげよう?』
肩に乗っている小鳥からそう言われた気がした。
(……うん)
初めて演奏する曲――その始まりを精霊に教って吹いていく。
「フロウ?」
びっくりしたようなアーテナの表情。
「落ち着いた?」
「あ、あぁ。そうだね。落ち着かなくては……。ありがとう」
完全に落ち着きを取り戻したようだった。
「よし、折角精霊がここまで集まっているのだから、少し力を借りようかな?」
アーテナは兜をかぶると、乗ってきた馬に近づく。
「風よ、我らの足となれ!」
そして、馬にヒラリと乗ると――
「本当は、国内まで送り届けたいのだけど、急用ができた。……霊獣を大切にね」
――そう言って、颯爽と去って行ってしまった。
(きれいで、かっこよかったなー)
フロウは、去って行った騎士に憧れに似た感情を抱くのだった。
その十二歳の女性騎士が、この後にどうなるかなど、思いもしないで……。
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