第十六話~音の継承者
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@途中で一人称相手が変わります。
「アーテナ……」
砂埃の中から現れたアーテナ。
どれだけ多くの人を切ってきたのだろうか?
聖騎士の制服である白に金の装飾が施された鎧は返り血で赤黒く染まっている。
(盾も持って無い、か……)
王国紋章が描かれた騎士の誇りであるはずの盾が左手から無くなっていた。
そんな事を考えていると、アーテナが剣を両手で最上段に振りかぶる。
――高速で振り下ろす。
その剣の切っ先から放たれた凝縮された闇の魔力が一直線にシーナの元へ地面を抉りながら走ってくる。
(さっきの大きな黒い魔力と同じだ)
大通りにいた人達を一気に消し飛ばした攻撃を、今度は冷静に雷の身体強化を使って避ける。
しかし、避けられてもアーテナの表情に変化はない。
アーテナの怒りなどの感情を引き出すだけ引き出されて、体は魔王の魂に完全なまでに乗っ取られているのだろうか?
(それにこの波動は……)
攻撃によってひび割れた地面からは闇の他に火と水の魔力の波動を感じられた。
続いて剣を胸の前に持つ、明らかな突撃。
(受けだけじゃ駄目だ)
今度は雷と風の魔力の波動がする攻撃をシーナは辛くも宙に跳んで避けながら、アーテナの頭上から両手に持ったナイフを立て続けに四本投げつける。
その間にアーテナが来た方を見ると、五人の白い鎧を着た騎士が倒れていた。
(あぁ、聖騎士五人で抑えてるって言っていたね)
そして、シーナの着地を狙った再びの突進攻撃。
流石に避けることは叶わず、着地の瞬間に右脇腹への一突きをもらってしまう。
続く突きの連撃に、シーナはどこか見覚えがある攻撃のような気がしていた。
ズキズキと痛む腹部に回復薬をかけて、治療しながら避け続ける。
(どこで見たんだろう、ね!)
執拗に続く突きの連撃に、シーナはアーテナの腹を全力で蹴って、回転しながら後方へ下がった。
――大きな鉄の壁を蹴ったように痛む足。
――全力で蹴っても、全くグラつかないアーテナ。
頭の中に疑問が浮かび続けるシーナだったが、微かな魔力の気配は見当がつき始めていた。
魔法は火・水・雷・土・風・氷の基本六属性と、闇・光の特殊二属性からなっているが、身体強化は属性によって効果が異なっている。
火――自身の筋力強化。
水――魔法の威力増加。
雷――瞬間的な走力強化。
土――物体の硬度強化。
風――長期的な走力強化。
氷――思考や判断能力上昇。
闇――物体の気配を薄める。
光――物体の気配を強くする。
この時、物体の範囲は自分自身の他に身に着けている服も含む。
――それは練り上げた魔力の波動でさえも。
闇の身体強化で自分や魔力の気配を消して襲撃する――シーナも昔に使った技だった。
(もしかして、ボクの技を真似ているの……?)
シーナの心にありえないという思いから焦りが生じていた。
まるで焦りという津波に追い立てられているようだ。
アーテナの前で使ったことは一度もない。
それどころか、王国に来る前から人前では絶対に使わないと心に決めた技。
(どうしてアーテナがそんな暗技を知っているんだ!)
シーナは津波から逃れるように腰に仕込まれた二本の短刀へと知らず知らずのうちに手が伸びていた。
掌二つ分ほどの刃渡りしかない短刀だが、手入れはしっかりと行き届いていて、光の反射を抑える為の黒いコーティングによって、刃が鈍く薄暗く光る。
そして、全力の闇の身体強化で気配を消して、右側からアーテナの背後に回ると、右手で逆手に握った短刀で首筋を切り裂く。
――いや、切り裂こうとした。
シーナの一撃は後ろに回された剣でしっかりと受け止められていて、首を切ることはできなかった。
(防がれた!? なら……)
素早く後退して、アーテナの連続した刺突から逃れて体勢を立て直すと、詠唱を始めた。
「闇の精霊よ。我が魔力を糧とし、分身と成れ」
もはや、シーナにとっては周りに誰もいない以上、どんなに使っても構わないつもりになっていた。
それほどまでに津波が切迫していた。
生み出した五体の分身を隠れ蓑としてアーテナの突きを避けながら攻める。
時には短刀でアーテナの剣を円に包み込むように外へ誘い出して、もう一方の短刀で斬りかかった。
だが、それでもアーテナに傷をつけることはできなかった。
(せめて気絶させることができればいいのに……)
シーナの予定では、首筋に一発手刀を入れて気絶をさせて、公国の魔法使いに魔王の魂を取り除く方法を聞くはずだった。
「はぁはぁ……」
戦闘は三十分以上経過していて、既にシーナは精神的だけではなく、肉体的にも限界を迎えていた。
津波がシーナに襲い掛かる――。
――その直前で時が止まった。
聴こえてくる――魔王の封印に携わった有名な一曲。
波が静まり、シーナは落ち着きを取り戻していた。
ふと前方を見れば、アーテナが倒れて寝ている。
その近くに落ちていた結晶を拾い上げた。
(ありがとう)
その曲を演奏できる、ただ一人の幼い奏者にシーナは感謝した。
(これでよかったのかな?)
フロウは商業区の建物の屋上で疲れ切って座り込む。
『あなたの力が必要です』
『え?』
王城でシーナを待っていると、一人のおじさんが話しかけてきた。
『すみませんが、アーテナさんを救うために一曲演奏してください』
(アーテナをたすけるためなら……)
そう思って禁断の鎮魂歌――レクイエムを奏でた。
――それは自分の父親が魔王の体と魂を引き離すために命を削って奏でたと亡き母から教わった一曲。
フロウが命を削ることはなかったが、その代償として騎士から託された光の精霊が魔力を使い果たして消滅してしまった。
(ありがとう。精霊さん……)
今日一日で身近な三つもの死と向かい合うことになってしまった。
(うぅ、おかあさん……)
『フロウはお母さんの為にもレクイエムを奏でたんでしょ?』
ブルーからかけられる優しい声にフロウは頷いた。
『だったら、大丈夫。お母さんも静かに眠っているよ』
(うん)
だが、顔を伝う涙は留まることを知らなかった……。
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