<9>それぞれの心曲
校庭から賑やかな声がする。それは、運動部の掛け声だったり、声援だったり。風に乗って流れてくるそれらを無意識に捉えた聴覚を無視し、マユは半ばぼんやりと教科書を鞄に仕舞った。
化粧ポーチに、携帯に教科書とぎっしり詰め込んだ鞄を手にし、誰もいない教室に佇んでいた。
「本当の好き……かぁ」
昼間のユウとの会話を思い出す。マユだって本当の焦がれる好きはもしかしたら経験していないのかもしれない。しているとは思ってても、実はもっともっと大きい気持ちがあるのかな、と。
どんなだろう?
オレンジの暖色が差し込むこの教室の様に、暖かい気持ち?それとも、この暖色に混じる澄んだ冷たい空気の様に少し寂しい気持ち?
焦がれてしまえば、五感が麻痺してしまうのかもしれない程の――
それ程だったら、まだ未経験。
小さくくすりと笑みを漏らす。ユウの質問にはやっぱり答えて挙げられそうにないけれど、一緒に発見して行く事なら出来るかもしれないなと、少し嬉しく思った。
暖かい気持ちになったところで、帰ろうとマユは教室のドアを開けようとした途端。それは反対側から勢いに任せて開かれた。余りの勢いに圧倒されたマユは思わず立ちつくし言葉を失くしたが、目の前の人物は呆ける時間を与えてはくれなかった。
「マユ! ユウ知らない!?」
走ったのかな。
まず、思ったのはそんな事。
カイトの乱れた髪と、頬を上気させ上がった息を抑えようともしない様子を呆気に取られながらマユは思う。
「ユウならホームルーム終わってすぐ帰ったと思うけど。もう、結構前に教室を出たよ」
「それなら知ってる。さっき二階の渡り廊下で見掛けたから。て事は、教室には戻ってないのか」
苛立たしげに、乱暴に髪を掻き揚げた。しかめっ面さえ様になるなんて、ユウの弟ながら小憎たらしいなとマユは思う。悪意は篭ってなく、寧ろ親愛の意味合いで。
「あんた達さぁ、いつまで仲良しこよしよ? ユウだって一人で帰る時だってあるでしょうよ。いつも一緒にいるんだからたまには良いじゃない」
少し意地悪な発言。
いつもカイトはユウを独り占めしているんだから、たまにはいいかなと軽い気持ちで。だって、仲良しこよし依存の双子にはこんな小さな意地悪が、なんの意味をも持たないのを知っている筈だから。依存の双子の絆には敵わないけれども伊達に幼馴染しているわけじゃない。
「いや、そうじゃなくて。さっきサク先輩と一緒にいたから。しかも何か思い詰めた様な顔して見えたから。あ、マユ何か聞いてねぇ?」
ほら、やっぱり意味を持たない。
「今日の昼にサク先輩に誘われてたけど? でも、あたしが断ったんだけどな」
「そっか。サンキュウ。もう少し探してみるわ! マユも気を付けて帰れよ」
思案顔のマユを置いて、カイトは慌しくユウを探しに行ってしまった。登場も退場も慌しいやつ、とマユは呟やいた。
あんなに慌てて、息切らして、ユウの事を探して。
あれ以上にサク先輩はユウの事を想っているのだろうか。カイトが傍にいる限り、ユウに本当の好きは訪れないのではないかとふと思った。だって、あんな大きな依存の愛情に包まれていたらきっと居心地良くて、本当の好きは見落としてしまうかもしれない。
双子の依存と、本当の好きと、どちらの絆の方が強いのだろう。想いの大きさは量れないけれども――
でもそのどちらも、夕日の暖色と同じ様に暖かいのだろうな。きっと、暖かい筈。